第12話 忍者の愛の証明 (シノブ8)

 マチョに指差されるシノブは走馬灯の景色を思い出している最中。約19年間の記憶が回転する灯となって流れていくなかで一際大きな走馬灯にはあの日の出来事があった。


『お前たちが俺の影の護衛となるものか。よろしく頼んだぞ』

 はじめてお目見えした時の忘れられない王子の美しいお姿がそこにあり、自分の忠義の先がそこにあり、つまりは私の愛の先がそこにあり……それからすぐ頭の中で怒号が響いた。ついこの間の兄の声が甦る。


『影の護衛であるお前が王妃候補の受験をしたいだと! 何を言っておるのだ!』

 正論であってもしかし兄は間違えているとシノブは思う。自分ぐらい王子に忠義を尽した女はいない、だったら私ぐらい王子を愛した女はいないの。兄にはそのことだけを告げた。それ以外の言葉はないのだから。たとえ実家との関係がぎくしゃくしようとも勘当寸前であろうとも。


 そう、他の女には絶対に渡さない。この私の使命も想いも。


「跪きなさい。もう勝負はつきました。こちらはほぼ無傷であなたは瀕死。もうこれ以上は戦うこともありません」

 マチョの言葉によってシノブの意識は再び現実へと戻る。


「言葉はいりません。ただそこに膝を屈すればそれでよろしいのです。妾の意識が整う前までにそうなさい」

 跪くことはそのままこの女を王妃と認めること。陰謀をも含めて容認する……そんなことを、私はそんなことを。


「……できません、ですか」

 シノブは忍者の構えで以て答えた。息も絶え絶え意識朦朧とした中であって忍者を立たせるもの、それはつまり。


「王子への愛の為、戦うということですわね」

 忠義の極致へ愛の極北へ忍者はシノブはその断崖絶壁の頂に立つ。


「ならその愛に殉じさせてあげますわ」

 意識が整ったマチョは攻撃態勢に入るべく重心を前にした。もはや待ち構えるのは無益。一気に攻め上げ即座に決着をつける。駆け出すために足に力を入れた瞬間、身体が動かない。


「むっこれはさっきの影縫いの術ですわね。この期に及んで悪あがきを」

 マチョは影に刺さったクナイを見ながら鼻で笑い金剛体の術を使う。一度破られた手を性懲りもなく使うだなんて芸のないことを、そう思いながら前を見る、すると忍者はクナイを投げずに術を唱えながら右腕に青白い光を発していた。


「あれはさっきの術の光! そんな! 術の重ね掛けはできるものなのですか!?」

 マチョの驚きも道理であり通常は不可能である。それはいわば左脚蹴りと右手突きを同時に行うようなもの。あるいは右手に炎の術を左手に氷の術を行うようなもの。反自然的かつ有り得ないものである。もしくは意識が気が乱れどちらも半端なものとなることは必至。


 だがそれを完全に両立させ行うことが可能な存在がいる。それが天才である。

 忍者シノブ。その稀有な才能は複数の術を使えるところにある。


 普通の忍者は一つの術を完全に会得するためにその生涯の大半を費やす。

 一つでも使えたら一流の忍者であり生涯にわたり技を磨き続ける、そういったものなのである。


 影縫い・鎧外し・身代わりの術、今の戦いだけでもシノブは三つの術を使い、このほかにはまだまだ使える術はある。

 まるで無尽蔵な体力というよりも、その身体にはいくつもの魂を有しているかのような忍力である気力。それがシノブを天才たらしめている。


『術は同時に使ってはならん!』

 忍びの頭目及びに兄の声がシノブの脳裏を過る。


『それは固く禁じられておる』

 教えが甦り己の身体からやめろという抵抗感がこみ上げてくる。


『かつて一人だけそれを行えたものがおったがその者は早々に命を落としてしまった。術の重ね掛けは人の身体に耐えられるものではない。決して使ってはならぬ!』


「でもそうしないと勝てない。そうしないと守れない」

 力の消費によって気が著しく遠くなっていく意識の中、ますます透き通っていく心の中でシノブは青い光を身にまとわせながら思う。このまま、やつに飛び込む。そう思うよりも早くすでに体は動きだしていた。


 刀でその胸を貫く……その意思よりも前にその手には刀が握られている。ちぐはぐで混乱しているなとシノブは思う。自分は壊れていっているのだと。これは禁術によるものなのかそれともダメージによるものなのか?


 いやそんなものはどうでもいい。私の全ての意思はこの一つの命はもう捧げている。

 この王子に捧げる一撃に私の全部を、注ぐ。これが私の愛の証明。


 駆けるシノブはもう何も考えていない。マチョはもがくも、身動き一つ取れない。術の力があまりにも強い。そのため迫りくる刃を見るしかできない。守る手段は何も無く、無防備状態であるため初めて死の意識が生まれてきた。

 妾は、死ぬ……口が開く、出るのは叫び、いや悲鳴。


「いやあああああああ!」

 妾は死ぬのだとマチョは思い、私は死ぬというシノブの思い。

 二つの想いが刃によって結ばれようとしたその最後の瞬間、二人の間に輝く風が過り、挟まる。


「止すのだ!」

 王子がそこにいた。マチョの前に立ち、その身体に刃を吸い込ませる。


 顔に返り血を浴びるシノブは王子の瞳を見る。

 愛する男の苦痛に満ちた瞳の色を見ながら、シノブは世界の崩壊をまたは滅びを同時に見た。


 そうであるから瞬く間に意識を失った。

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