第11話 世界の滅びとハードボイルド中年メシア (アカイ4)

 辺りを見渡すと乾いた風が草をなびかせており、それはあたかも前世から引きずってきた罪深く薄汚れていた俺の臭いを流してくれているようであった。


 ああ浄化される気分だ、愛しい。

 転移したが俺は生まれ変わった。ここに宣言する。この世界を愛する。前世よsine!


「だってここには恋人がいるんだからさ。ハハッまた同じことを言ってるぞ俺!」


 何だかよく分からない『おおいなるもの』が言ったがここは試練の場である。

 苦難が待ち構えているわけだがそれでも俺は嬉しさが止まらない。

 いますぐどこかに動きだしたい気持ちで一杯。


 まずはあっちだな! と遠くに見える街を目指して駆け出した。

 あれ? 身体が軽い? 妙に走りやすいぞ! もしかして俺って若返っているとか?

 それともちょっと痩せた? 膝の痛みも腰の痛みも、ない!


 マジで生まれ変わったとか? まさか顔も変わったとしたら……ブサイクでなくなったら……17歳ごろのカッコいい主人公顔だったら!


 ちょっ待てよお前……顔が変わった自分を愛してくれる女ってお前好きか?

 それって仮面みたいなもんだよな。丸ごと整形したやつじゃん。それは俺の顔じゃないし。

 自分のことが好きならそれでいいが、俺はそんな気持ち悪いナルシスト気味な男でもないからなぁ。

 そもそも17歳の男とか馬鹿で猿だしあんまり戻りたくもない。


 じゃあ反対に聞くけどお前なんかが元の顔のままで愛されるとかご都合主義的じゃね?

 イケメンがモテるのも嫌だけどブサイクがモテるのもなんだか引っ掛ってムカつく。

自分と同じブサイクが調子に乗っているものほどイラつかせてくれるものもない。なんでお前だけそれってなんかズルくない? 自信満々が癇に障るよな? どうしてこんな俺がな感じで申し訳なさそうにしろ! 罪悪感を覚えろ! 分かっているだろうが男同士の会話で彼女を褒めるな! 自分がわがままな彼女に対して如何に苦労して虐げられているかだけを語ってお前という存在で傷ついている俺の心を慰撫しろ! 人の気持ちを考えろよ! シカトされたり敵になっても良いのか! 頭を冷やせタコ! マムシのガキが図に乗るな! まぁだから世の中のモテる男は彼女自慢とか妻自慢とかしないんだよな。俺みたいな男の嫉妬を喰らうからさ。これも税金みたいなものだから諦めろ。どうせ彼女に癒して貰っているんだからいいだろ? 


 というかこの手の顔が好きな独特の感性を持つ女の子よりも普通の感性の女の子から好かれたいよなぁ。

 まぁやっぱり人間は内面で愛されたいものだ、いやお前馬鹿だろ弁えろ。

 お前は内面だって褒めたものが無いだろ。俺は他の男と違ってこうやって客観的に自分が見られるから偉いよな。


 だいたい嫌だぞ! 何を言ってもやってもすごーいと褒められてにやけてしまうだなんて。

 そんなのキャバクラで金の代わりに心にもない褒め言葉を真に受けてヘラヘラしている馬鹿なおっさんじゃないか! この俺はそんなおっさんとは違うんだ! 俺はそこまでの惨めな恥知らずとは違うんだよ! 俺は絶対にああにはなりたくはない!


 この俺は真実の愛を求める普通の男だ。ならば何を以て俺は愛されるんだ?

 外見も内面も悪く自分からも愛されているとは言い難いしあんまり好きでもないし。

 まるで市場の片隅で隠れるようにして自信無さげにしょぼい物を売っているみたいだ。

 これじゃ美少女は近づかないし愛さない。というから近寄ってきたらむしろ怖い。

 お前はいったい何を企んでいるんだ? 


 しからば果たしてどうすればいい? 試練的に考えて……うむ、じゃあこれは?

 この世界を救ったらその仕事の功績が認められて俺は愛されるってのはどうだ?


 ここが妥協点だな。そうだな、うん。いや妥協点どころか百点満点だ。

 嗚呼ッ一度は取りたかった百点満点。花丸二重丸。


 やっぱり男は仕事で認められてこそなんぼ。これなら全てが悪い俺だって胸を張れるぜ。腕のいい職人みたいなものだ。

 本気で頑張れる仕事についたら俺だってやれば出来るんだ。いまがその時なんだ。


 そうだよ顔が良いとか魂が輝いているなんてまったく俺の感性に響かない。

 そんなの俺自身が信じていないからね。褒められたって疑いが先に走って嬉しかない。

 俺は顔が悪くて魂が濁っていると弁えている。よって欠片ほどの自信が無くだから女に愛されないんだってね。


 キャバクラとかで若い女に褒められたいのだってある程度は自分に自信があるからだしさ。

 言って貰いたい言葉があるんだ。それをお金で買っている。

 それは俺には分からない感性であるが、こちらはこうだ。


 世界を救った暁に俺は運命の女に愛される。

 

 課題である心の底から愛される、正にこれが答えだ。


 世界を救った実績で以ってあなたは世界一カッコいいとか、魂が輝いているとか言われたらそら嬉しいよ。

 だってそうじゃん。救世主とか魂が輝き世界一の男だもんな。愛されて当然。愛を素直に受け入れられて当然。

 だからさぁ、この世よ。


「乱れよ」


 おいおい肯定されたり否定されたりで大変だな世界よ、と俺は苦笑いしながら思う。

 でもまぁ俺が言わずともこの世界は乱れているはずだ。俺の活躍が期待されているところだもの平和なはずがない。

 もしくは俺はこの世に火を投じに来たものかもしれない。まだこの地上は炎によって燃えていないのかもしれない。


 転生した救世主たる俺がやってきた異世界。うっすい地獄に近い場所みたいだがそれもまたやむなし。

 俺みたいな男が女から愛されるのだから、それはもう絶妙にきっつい世界であることは目に見えている。


 だが俺は受け入れるよ。愛があるなら試練にも耐えられる。世界も救おう。


「俺は救世主だからな!」


 無駄にポーズを決め草原の途中で振り返って指をさすと誰かがいた。

 馬車に乗った老夫婦が二人、お婆さんの方は目を丸くしてこちらを見ており、お爺さんの方は口を開けながら指をこちらにさしている。


 俺の指とあっちの指が一直線上に指し合い一本の線となっている。

 距離はあれどそれはもう一つと言っても過言ではないだろう。


 しかしどういうことだ? こちらは無意味なポーズの都合上この指差しとなったがそちらの指差しは?


 なにかの告発的な……ああそうか俺の変な独り言を聞いてしまったんだな。

 やだなぁ恥ずかしいなぁ痛いなぁ。いやいや俺っていつもこんなことしないっすよ。

 そうやって自嘲しているとお爺さんは叫んだ。


「君、裸じゃないか!」


 こうして俺は牢屋に送られることとなった。

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