第10話 筋肉は圧倒する (シノブ7)

 闇夜を照らす月明かりの下で対峙する二人。

 試合開始の声は無くノーモーションで以ってシノブがクナイを投げた瞬間に戦いは始まった。

 クナイとはナイフ的な手裏剣の一種であり「苦無」という名の通り主に暗殺用に投じられる。


 これをマチョは反射的に顔を動かしかわしたものの頬に血が流れるのを肌で感じた。

 速い! これが忍者の投射かと頬を流れる血を拭おうとするもマチョは自分の手が動かないことに気付いた。いやそれどころか全身が動かない。


「影縫い」

 シノブは小声でそう言いながら指を差す。マチョはかろうじて動く眼球でその指さす方をみると床にクナイが刺さっているのが見えた。いや床ではない。刺さった先は自分の影であると。


「一発目は目くらましで本命はそっちね。これであなたはちょっとの間は動けない。だからその間に、こうよ」

 そのシノブの腕が動いたのをマチョが見ると同時に自身の胸に危険が迫り来る戦慄が背筋を走った。


「これが忍者の戦い方。よってあなたはこれでおしまい」

 いつも通りの戦い方だけどこれでいいのよとシノブは鼻で笑った。所詮はこの程度で敗れる相手に過ぎない。さぁ胸にクナイが突き刺さる音を聞かせてと耳を澄ますと、そんな音はしなかった。


「金剛体!」

 マチョの叫び声と同時にクナイが弾かれる音がシノブに耳に入った。そんな馬鹿な! なんだその術は!


「ふぅ驚きましたわ。これは素晴らしいハメ技もとい暗殺術ですわね。二手でトドメを刺せるだなんて、これぞ忍者って感じで」

 シノブは唖然とする。マチョのその皮膚の色が鋼色に輝き月の光を反射させている。


「驚きのようで結構です。これが我が鬼の一族に伝わる術、鋼の肉体術でございます。御覧のように筋肉を硬質化させ敵の攻撃を無効化致します。今は咄嗟のことでしたからそれほど強くはできませんでしたが、これで十分でしたわね。あなたのひ弱な攻撃に対しては」

「言ってくれるわね。だけどそんなもの!」

 シノブは駆けながら跳んだ。神速の脚力にその跳躍力で一気に間合いを詰める。


「無駄よ。あなたの攻撃なんてこの鋼化した筋肉に対しては」

「だがそれは無効だ!」

 構えるマチョにそう返したシノブが掌を開くと光が放たれた。


「これは!」

 眩しさの中でマチョが思うとその光の効果がすぐに分かった。そうかこれは。

「鎧外し!」


「術の無効化ということですわね」

 その名の通りこの忍術は相手の鎧の防御力を無にし、また強化系の術を強制解除させるものである。

 これによって鋼色をしていたマチョの身体の色が元に戻る。


「間髪入れず背まで貫く」

 瞬時にシノブは腰刀を抜きマチョの腹目掛けて突き刺そうとするも、回避される。なんだこの素早さは! とシノブは驚きと共に見上げるとはたしてマチョは高く跳んでいた。


「もしかしてあなた? 自分はこの妾よりも俊敏に動けるとでもお思いで?」

 言いながらマチョは回転し壁を蹴りそのままシノブに向かって飛び込んで来た!


「術抜きの妾のスピードはあなた以上ですわよ。それを証明してみせてあげますわ」

 シノブはカウンターを狙うもマチョの蹴りに避けるのが精一杯、速い! そう認識すると次は正拳突き廻し蹴り踵下ろしと連続技が続く。


「やはり素晴らしいですわあなた。妾の攻撃をかわし続けられるなんて!」

 刀を鞘に納め避けに専念しけながらシノブは思う。これはフェイントであると。一撃一撃は重いものの打撃でこちらを制圧しようとはしていないことをシノブは察した。


 全ては掴むため。そうあのユニフォームなら掴み主体の格闘術に決まっている。

 打撃は牽制及びダミーでありこちらの焦りや疲れから来るミスや隙を伺っている。


 それにしても確かな技の組み立てだとシノブは唸る。疲れきった相手ならどんな技でもかけられる。その一撃で敵を沈められるのなら、それでよい。だが甘いなと避けながらシノブはマチョに対して思う。お前が相手にしているのはそんな手に引っ掛る女じゃないんだよと


 ならその逆を突く。長期戦が不利なら打撃主体のいま、速攻で勝負に掛ける。

 次の一撃で、とその時にやや大振り気味な裏拳が来たそのタイミングでシノブはかわしながらマチョの懐に入った。


「今の一撃はミスったね」

 シノブは刀を抜こうとしながらマチョの目を見るとそこには驚きや焦りの色はなくむしろ愉悦の色を浮かべていた。


「いいえあなたならこうしてくれると期待していましたわ」

 罠! シノブが悟るよりも早くマチョはそのまま回転し始めた。

 逃げようとするもシノブはマチョの高速回転に引きずり込まれ、その手が掴まれた。

 吸い込まれ喰われるかのようなその握力及び吸引力にシノブの脳裏にあの一字が浮かび上がる。


 死、が。


「いきますわよ!」


 回転はますます増しながら上昇しシノブは回りながら完全に身体の自由を奪われ、次々と手足腕脚腹首が抑えつけられていく。

 死ぬ、とシノブはそれ以外のことを考えられない。死の予感と共に回転がゆっくりになっているとシノブには感じられた。

 もしかしてこれは……するとその回転する風景が過去の記憶に走馬灯が駆け出した!

 つまり本当に私は!


「きゃああああ!」

 シノブは悲鳴を上げた。

「ホホホッ早めですがまさに断末魔! だが妾にはウィディングベルの音色に聞こえますわ!」

 回転し続けるうちにホールドが完全となったその状態のまま、石畳の床へとシノブは真っ逆さま状態で落下しだし!


「これぞ王妃選手権優勝決定スペシャルホールド! 妾こそが王妃パイルドライバーですわよ!」

 一片の慈悲もなく容赦無用にシノブの頭頂部は大音響と共に地面に強かに打ちつけられ、反動でマチョはその場から少し遠くまで転がった。


「すこし、回り過ぎましたわね。おお頭がくらくらする。この技は映えて好きなのですが、いかんせん反動が強くて……それでそちらはお加減はお如何で?」

 マチョが尋ねるも立ってはいるが荒々しく呼吸をするだけが限界のシノブは何も答えられない。


「どうやらまた術をお使いになられましたわね」

 その通り! シノブは走馬灯と悲鳴の中で身代わりの術を無意識に用いた。これは忍者が生涯に一度という時にしか使えないといわれる術。自らの痛みを人形に肩代わりさせる起死回生の術。しかしそうであっても。


「完全に全てのダメージを人形に代わらせることはできないようですわね」

 シノブの足元に落ちている千切れきった人形を見ながらマチョは言った。


「ダメージの要領を超えたら本人に返ってくる。それがいまの半死半生のあなたというところで。そうでもなかったらいま目を回して隙だらけにふらついている妾に襲い掛かってきますものね」

 そうよ……とシノブは痛みが引かない頭と全身でそう思った。どうやって勝てばいい……どうやって……まだ立ち尽くすシノブに対し、マチョは告げた。


「もうおやめなさい鶏ガラさん。あなたの、負けよ」

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