第31話

牢に閉じ込められたままのハイルは、まだ暴力を振るわれてはいない。

すぐにに戻ると思っていた身としては、拍子抜けするほどである。

食事は一食、硬いパンと水の様なスープだけ。出されるとも思っていなかったからハイルはにも随分驚いていた。

今日もその食事をとり、スープの皿を牢の檻の隙間から向こうに押し出す。

丁度皿が通る高さに檻の端に隙間が開いているので、そこから食事が押し込まれる。ハイルはそれに倣い、同じ様に食器を返却していた。


一体、いつまでここにいればいいのだろうか。

いつ死ぬんだろうか。

辺境地は大丈夫だろうか。


何も分からないから、疑問だけが溜まっていく。

牢の隅で、ほぼ地面に寝ている様な薄い布団の上で小さくなっていると、コツコツと階段を上がってくる足音が聞こえてきた。

ハイルがじっとここに通じる扉を見ていると、几帳面が服を着ていたらこんな男だろうと思う風貌の男が入ってきた。

ハイルの感想としては“容姿が整っている真面目そうな人”である。

男は牢の檻の前で立ち止まり、ハイルをジッと見て

「お前がハイル・ロルフ・アスペルを殺したのか?」

と聞いてきた。ハイルは何を言ってもきっと無駄だろうと、過去──────虐待ばかりの人生だったあの頃を思い出して無言になる。

男はまた聞く。

「他人が信じるかどうかはどうでもいい。どうなんだ」

ハイルは男の睨みつける目に、久しぶりの感じたにゾッとして思わず口を開く。

こういう視線には逆らってはいけない、と彼はこれまでの人生でずっと感じていたのだ。

「いえ、それはぼくだとおもいます。ぼくがそのハイル・ロルフ・アスペルです」

「加護なしのハイル・ロルフ・アスペルがお前だと?」

「加護なしではありません。加護はあります。判別できないだけだそうです」

ハイルの言葉に男はハッと鼻で笑う。

全く信じていない様だし、馬鹿にもしていた。

「お前がどちらでも構わないが、死ぬ時はそう言って喚くと丁度いい。不満がお前にぶつかって良さそうだ」

満足した男はハイルに背を向け扉の向こうに消えていく。

扉の向こうにどうやら人がいた様で、その人物が男を「王太子殿下」と呼んでいるのを耳にし、王子様かとハイルは至った。

そういえば姉と言われる人の婚約者に少し似ていた様な気がする、とも。

ちゃんと見た事はないが、この牢よりもひどいに閉じ込められていた時、機嫌のいい声が聞こえた事がよくあった。その声に反応しそっと壁に開いた小さな穴から外を見た時、姉が今の男に似た顔の男と庭を歩いていたのだ。


翌日、エングブロム公爵家の愛されているハイル・ロルフ・アスペルを殺しこの国を混乱に陥れたとして、“捕らえたハイル”を数日中に処刑されると兵士がハイルに告げにきた。

どこか同情している様な兵士は、ハイルに「何か言いたいことはあるか」と聞く。

あの時の団員だとハイルは気がついた。

「ヴァールストレーム辺境伯爵のみなさまは、無事ですか?」

ハイルの言葉に兵士は大きく頷いた。

これでハイルには思い残す事はない。あの幸せな場所を、大切なユスティの場所を守れたのだから。



王都では大々的に『エングブロム公爵家の愛されているハイル・ロルフ・アスペルを殺しこの国を混乱に陥れた罪人である“ハイル”の公開処刑が決まった。日取りは追って知らせる』と発表がされた。

議会でエングブロム公爵が「ハイルが加護なしと言われた時に教会が『殺せば悪魔に呪い殺され、国が破滅するであろう』と発表した通りの事が起きている」と言った事もあり『罪人のハイルが死ねば加護を失う事はなくなる』と“”も“”もつかない形で一気に広まった。

貴賤関係なく早く殺せという声が大きくなっている。

国王は息子の王太子から「偽物のハイルなんか目じゃないくらい美しい子供だった。あんな子供に、“守られている貴族の息子”が殺せるはずがないだろ」と言われ、エングブロム公爵を王宮へ呼んだ。

そして二人でひっそり話し合う。

このまま処刑台にあげると“幼く美しい子供”という姿が目立ち、同情が集まる可能性や、本当にあれが犯人かと思われる可能性があるのではないかと。

エングブロム公爵もそれには同意した。同情が集まるかどうかは別として、塔へ連れていかれる姿を見た時のあのあまりに幼い姿に自分自身だって「あれが殺人を犯したと思えるか?」と疑問に思ったのだ。

王都ではエングブロム公爵家の愛されているハイル・ロルフ・アスペルは“健康体で16歳の貴族らしい体つき”であると、教会に落ちてきた一件もあって広まってしまっている。


加護なしで悪魔とも言われた子供を家族皆が愛している。という話が広がった時、けれどもどんな人間がハイルなのかほとんどの人が知らないままだった。

ハイルに会えた人間の話が広がれば広がるほど、人の興味だけが大きくなる。

どんな子供なのか、どんな顔をしているのか、どんな性格でどんなふうに暮らしているのか。と。

少しそれらが──────人の興味と関心が薄れていたところで、ハイルが死に、また人の興味を誘った。

実はハイルが死んだと発表された時に「放置していたから衰弱死したんじゃないか?どうせ愛してるなんて嘘だったんだろ」というも広がっていたのだ。だから余計に大きく、爆発的に人は再びハイルに興味を持ったのである。

そんな様々な憶測も広がる中で、今度は教会の前に遺体が落ちてきた。

死体を見た人間に、それを見ていない人間は聞くだろう。怖いもの見たさの様な、そんな感じで。

虐待されていたようだったか?本当に綺麗だったのか?男だったかどうかなんていうのを聞いた人間もいたほどだ。

見た人間は見たままを言う。だからエングブロム公爵や王家が思っていたよりものだ。

エングブロム公爵家の愛されているハイル・ロルフ・アスペルは、16であるのだと。

その健康な16歳を殺したのが到底そうとは見えない幼い子供だなんて、魔法を使ったのだろうとかそんな事を考える前に「無理じゃないか?」と思われかねない。


王家とエングブロム公爵はここで初めて、教会と手を組んだ。

教会も、その方が金儲けに都合がいいと踏んで喜んで手を取った。

ハイルには大人をも簡単に殺せる加護を持っている事、その悪魔の様な加護で愛されているハイルを殺したのだと。加護の判定は教会がしたと王都に触れを出し、同時にその加護が危険である事も書き示しておいた。

教会の下級聖職者を数人、普通の人間なら一瞬でも見れない様な惨たらしい方法で殺した。それを彼らの家族に見せ、罪人のハイルの加護に立ち向かった英雄だと、彼らのおかげで罪人の加護を封じる事が出来たと、教会の幹部たちがそろって涙を流し遺族に尊い犠牲だと教会を上げて頭を下げる。

そうしておけば遺族はいくだろう。

最後は、罪人のハイルを“抵抗をしながらも加護を封じられた罪人”に見えるようにすればいい。

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