第27話
その頃王都の教会では、加護があるという偽りの証明書を発行する事で得た財で高官の懐が実に重く、暖かくなっていた。
原因究明をしているといえば王家からも支援金が出たし、寄付も届く。
しかし彼らは原因究明なんてしていなかった。
今までも加護を失ったと教会へ駆け込んできた人間はいた。しかし彼らはだからと言って不幸になったわけでも、呪い殺されてもいない。
何も問題ないのなら、問題はない。
原因を探すなんて面倒な事をする必要性を感じないし、原因を究明していると言うだけで金が入ってくるのだ。
こんなに“うまい話”はないだろう。
そもそも加護がなくなったかどうかなんて、自己申告。あるかないかを調べる事は今の教会にある道具では出来ない。そんな道具があるのすら教会は把握していない。
だから教会は調べたふりで「失っている」と相談者の背中を押してやり、失っていないと言う偽の証明書を発行している。
加護を失うと他の人間に告白する事は「私は欠陥人間です」と言っている様なもの。自分から冗談で「失った」と言う人間はこの国にいない。
だからふりでいい。自ら「欠陥」を告白するほどに、加護を失い困っている人間が相手なのだから。
加護なしが呪われているといえば“加護がないもの”、つまり“加護を失ったもの”さえ呪われている事になりかねないと思うだろうと言う考えから、大々的に呪われていると言ったのだ。
そこにきてハイルは実に良い宣伝になった。実際に加護がないものが生まれたのだから。
これを逃すまいと教会はエングブロム公爵家の事を利用し、
──────加護を与えられなかったものは、呪われた悪魔の子である。
──────しかし殺せば悪魔に呪い殺され、国が破滅するであろう。
教会と通じている貴族も多い。国王を頷かせる方法はいくつもある。だから王家も同意しているとも聞こえるように発表したのだ。
教会は別にハイルが加護なしだから呪われているとも思っていない。
ただ宣伝に使ったのだ。
これによって今まで以上に“加護を失った”人間は怯える様になった。
加護を失った人間も、加護なしと同じで加護がない事に変わりはない。
加護を失った人間はますますひっそりと教会に訪れ相談する様になった。
教会はそれを秘密にする代わりに口止め料を受け取り、こうやって言うのだ。
「加護がないと疑われた時は、教会がきちんとそれを封じる様に手助けしましょう」
万が一加護がないのではないかと言われた時、万が一加護を付与出来ないのかと指摘された時、そういう“加護なし”と疑われた時、教会が出ていき彼らが加護を使えないわけではないと多くがなるほどと思う様に言いくるめるのだ。
その度にまた口止め料も入る。
実に美味しいビジネスであった。
そのビジネスがいままさに“掻き入れ時”。
逃す手はないと、内部がすっかり腐敗した教会はこれに乗じて金を稼いだ。
どうせ誰にも気が付かれないとたかを括って。
同じ様に王家もこれに乗ったのには理由がある。
教会に取り込まれていた貴族の後押しがあったからだけで、教会に同調したからではない。そうしたフリをしただけだった。
やろうと思えば教会の頭をすげ替える事だって、やれない話ではない。実行し恐怖の元であったとしてもそれをやりきるのが今の王家だ。
しかし放置しているのはそれも都合がいいと王家が思っていたからにすぎない。こと、ハイルが生まれてからは。
実は王家は──────いや、今の国王はエングブロム公爵家に王家の人間を送り込む機会を狙っていたのだ。
ここの長男は侯爵家の一人娘と懇意で、異例ながらそこへ婿入りが決まっていた。
次男はそれよりも早くに別の侯爵家と婚約をし、婿入りが決まっている。
長女が第二王子に惚れ込んでいるのは知っていた。とにかく頭が軽くて馬鹿な長女だ。
この馬鹿な長女と第二王子が婚姻し、王家がこのエングブロム公爵家の舵を取ろうと言う狙いが生まれた。
御誂え向きに三男は加護なし。
呪われた子だと教会に合わせて発表すれば、この三男が公爵家を継ぐ事もなくなる。
第二王子もこれに乗り気で、うるさく馬鹿な長女は上手にお飾りに、お気に入りを愛人にするのだと家族のいる前では得意げに語っているほどだ。
さて、教会、王族、とくればエングブロム公爵家もだろう。
呪われたと言われた途端、ハイルを虐待し続けたこの一家だ。
ハイルを捨ててから時期を見て、ハイルが死んだと発表した。
これは王家も噛んでいる。
そもそも、第二王子をはじめ王族も、そしてきっと教会も。ハイルが虐待されていた事も、他の人間にハイルだと紹介したのが替え玉であった事も知っていた。
エングブロム公爵家の名声を高めるためにハイルには生きてもらわなければいけない。けれど呪われた子を大切にする気持ちはない。
そこで替え玉を用意し、彼をハイルだと偽った。
ハイルを殺して呪われるとは思っていなかった彼らだが、エングブロム前公爵がそう言う事を非常に信じる方で殺す事を決して許さなかったのだ。
これがなければハイルはとっくに死んでいただろう。
いまだに社交界に影響力があるエングブロム前公爵の意見を無視するには、今の公爵は頭が足りなすぎた。
だから嫌々ながら生かし、生かすならとサンドバッグにしたのだ。
そしてようやく目の上のたんこぶ──────エングブロム前公爵が死に、ハイルを捨てるという流れになった。
最後まで“有効活用”するために、ハイルの死を嘆き悲しむふりをし領地に引き篭もり平民からの評価も上げる。
王家もその家族愛に心打たれたと言う建前と、よりバカで頭に花の咲いたような長女を第二王子に依存させるべく、その“芝居”に乗った。
全員が全員、ハイルという人間を使いに使い倒し、金を儲け、名声を高め。野心を叶えるダシにしたのだ。
シュピーラドはここまでを知っても何もしない。
自分のせいでもあると深く後悔し傷ついているから。
けれども愛し子をこんなくだらない理由で傷つけられたと知った精霊は違う。
彼らはシュピーラドのように理性的に行動しようなんて、決して思わなかった。
ある日、王都の一番の教会の前に、ひとつの死体が落ちた。
時間は礼拝を終えた貴族が教会から帰路に着く一番多い時間。教会の扉と、馬車が止まっている間の開けたところだ。
死体の彼の顔はまるで生きているかの様に美しくそのままで、ブロンドの髪が風に靡いている。
目は恐ろしいものを見たかの様に見開かれており、その真っ青な目が光を浴びていた。
けれど首から下はまるで、炎に焼かれ凍傷で一部を欠損し何かに貫かれた様に穴も空いており、直視出来ないあり様だ。
通りに出ていた平民もこの恐ろしい死体を目撃し、悲鳴が広がる。
そして同時に“彼”の名前がさざなみの様に広がっていった。
誰かが言ったのだ。
この死体は、彼は、エングブロム公爵家ハイル・ロルフ・アスペル、呪われたエングブロム公爵家の三男だ。と。
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