第26話

春を待って王都から帰ってきた二人の諜報員は、それまでにまとめてきた事を書類としてヴェヒテに渡す。ヴェヒテはそれを受け取ると共に長期休暇と特別手当を受け取らせた。

彼らは王都で活動している中でまた行かなければならなくなると感じていたし、蜻蛉返りする算段もつけていた。

しかしヴェヒテは事が大きくなる可能性があるからこそ今は休んでほしいと言い、彼らを下がらせたのである。

報告書は膨大。

で手分けをして読み始めたのはその日の夜。

司祭も駆けつけてくれ、教会の部分は彼の手元に回った。

教会はこの“婚約破棄事件”──────つまりにより加護を喪失した貴族からの相談を受ける代わりに金品を受け取り、またそれに応じて『加護を失っていない』とを発行していると言う。

前代未聞の事件にあちこちで噂が流れている様だが、その一つが『エングブロム公爵家の三男ハイル・ロルフ・アスペルが死んだ』事が原因だと言うものがあるようだ。報告書にもその事が多く記載されていた。

この件に対し公爵家は「呪われていると言われていた我が子を、我々は他の子同様に慈しんで育ててきた。悪魔と言われていた子が死んで精霊が喜ぶ事があっても、このような事をするとは思えない」と“毅然とした”態度で言っていると報告書には書いてある。

これには長女の婚約者第二王子だけではなく王族も足並みを揃えており、それもそうだと同調している貴族平民も多く、彼らからの支持は問題なく得ている様だ。

エングブロム公爵家と王族の意見に対し教会は沈黙を守っている様で、この辺りで何か起きるのではないかと報告書に書かれていた。


本当の原因を知る関係者だが、真実を告げる事は難しいとやはり静観の構えで意見は一致している。

今真実を告げれば間違いなく『エングブロム公爵家の三男』から『エングブロム公爵家の三男』になり、ある意味今までよりも酷い目にあうだろう。

愛し子のハイルを、今の国王が見守るなんてヴェヒテは到底考えない。確実に利用する。

金のなる木だ。他国への牽制くらいならばまだまし。ハイルを人質に精霊王と取引するくらいはやりかねない。それが今の国王たる男だ。

しかしこのまま混乱が起きれば辺境地は平和のままでいられない事もヴェヒテは感じていた。

シュピーラドがのアクションを起こす基準は基本的にハイルの存在だろう。しかし彼はそれでも精霊王。精霊にとって、と頭に着いたとしても彼は国王である。だから“理性”で行動をするとヴェヒテは信じている。

しかし精霊たちはそうではない。愛し子が虐げられたと憤り、加護を取り止めているのだ。彼らを精霊王が止めないというのであれば、きっとまだは続く。

王都から徐々にこの事件は広がっていくだろう。

だが、愛し子を保護し愛情を持って接した、ハイルが好きだと言う辺境地。シュピーラドが愛するハイルがいる辺境地はどうだろう。

──────ここ辺境地はきっと“加護喪失事件”の被害を受ける事がない。

これは誰も言わなかったが、辺境地のたる誰もがそう確信に近い様なもので感じている。

それが事実になり、この国をその情報が駆け巡ったら。きっとここには他の領地の領民が押し寄せる。もしかしたら難癖をふっかけ他の貴族が辺境地を取り上げようとするかもしれない。

いや、国王直々にここを取り上げる可能性だって生まれるのだ。


戦になっても負ける事はない。それだけ兵士を騎士を、そして領民を鍛えたと言う自負がある。

だがそうではない領民が来たらどうしたらいいだろうか。

ヴェヒテは痛む頭をそっと撫でた。



随分前、新しく街を作ろうと言う計画があったが領民の人数を思い棚上げしていた。

ヴェヒテはその計画を再開する事に決めた。

家臣のひとりがこれに熱心で、豊富な資源があり魔獣討伐で素材を得て稼いだり採掘系の依頼をこなすハンターの多くが通るという開けた場所に街を作りたいと、しっかりとした計画書を持ってきていたのだ。

主だった家臣との会議の結果、この計画は進めてみるべきではと一時はなったのだが、この話が出た当時──とはいえ、それほど昔の事ではないのだけれど──は辺境地の領民の人数に対してそこに街を作るべきなのかと言う疑問もあり結局お蔵入りしていた。そういう計画だ。

計画をしていた家臣は、ギルドや宿、飲食店、ギルドが買い取った素材を使用して道具等を作る工房を誘致しようという事であった。

家臣の男は、ヴァールストレーム辺境伯爵領は医療体制に優れている事がハンターたちの「ここを拠点にして活動したい」という評価に直結していると言い、だからこそハンターが怪我をした際に優秀な医師から治療を受けられるとあれば必ず集まるだろうと思っていた。その上街の治安を守るために兵士を派遣し彼らの意識向上──自分達が守るべきものが、ここの領民であると言うそれを再認識させたいのだと言う──、工房が大きくなれば優秀な職人が増え領地も豊かになり人も増える。

これを計画した男はこれらを実現するだけの能力はあった。少しだけ押しが強すぎるというのがたまにキズだが、それを抜きにしても良い統治者になるだろう。


ヴェヒテは万一の事態を想定し、男を呼んだ。

突然呼ばれた家臣の彼は計画を再開すると言われ驚き、綿密に練り直し、関係各所と話を詰め、確実に出来る様に進める様にと言われ喜んだ。

彼に補佐官として人当たりが柔らかくフォローに長けた人間を二人ほどつけた上で、彼らに任せた。

これで多少の間はなんとかなるだろう。あとは街を作るための労働者を募る前に、他の領地から領民がここへ押し寄せない事を祈るだけだ。

他の領地から領民が押し寄せてきたら、彼らが街を作る労働者になる。だからこそそれまでは押し寄せないでほしいと、ヴェヒテは思っている。

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