第24話

辺境地に春がきた。

寒い冬を越えると、ここは驚くほどの色で溢れる。

城下や領地の街は冬が来る前に花の種を植えるのが、このあたりの雪が降る前の一大行事。

随分と昔、殺風景な土地を明るくしようとした教会の働きかけが今も続き、今では「我が街が一番美しい」と言わんばかりに城下は当然領地の各街各村で競う様に“冬支度”をし、あちこちで花が咲き誇る。

その花は種をつけ、風が街をつなぐ道にも種を運ぶ。

だからこの時期、ヴァールストレーム辺境伯爵が治める辺境地は色鮮やかに春の訪れを告げるのだ。

夏に近づくにつれ新緑の緑が優勢になりその色も美しくそれはそれで見事なのだけれど、やはりこの鮮やかな春を告げる景色は人の心を弾ませる。


初めて温かい冬を迎え、そして春を目と耳と鼻でも感じたハイルもその一人であった。


秋から冬、短いけれどそうともいえない濃密な時間を過ごしたハイルはすっかり健康体。

年のわりに小柄なのは、成長に必要な栄養をその時に得られなかったからだろう。今から大きくなれるかどうかは分からないところだが、シュピーラドは「このでも愛いのう」とデロデロだ。

大きさ、と言う表現がなんともいえないが、きっと精霊的な何かなのだろうとエディトは正しい表現を伝えるのをやめた。


強く逞しいものでなければ生きられなかった辺境地の人間は、その傾向が強い体格だ。

だからどうしてもハイルはか弱く見える。


冬になり、雪が降り始めた頃、ヴェヒテは城内の人間にハイルを紹介した。

エングブロム公爵家の三男ハイル・ロルフ・アスペルとは言わず、大切な客人のハイルであると。

シュピーラドには、精霊王だと知る人間以外の前には出ないでくれと言い、彼の存在を秘匿する予定だったのだが

──────愛し子と離れなければらなぬ様な提案を受け入れるつもりはない。十数年間の愛を張り付いて与えるのだ。

などと言い決して首を縦に降らない。

シュピーラドの存在、そしてハイルが愛し子である事を知り腰を抜かした司祭が「訳あって言えないが彼は高貴なお方で、ハイル様のチュータ後継人である」と言って事なき事を得た。だろう、多分。事なき事を得た、と誰もがいる。

また精霊王の名前を口に出すのはハイルだけなので、ハイルには人前では『ラド様』と呼ぶ様にと徹底的に教えた。シュピーラドはこれ不満でしばらくイライラしていたようだが、ハイルが危険な目に遭うかもしれないと言う説得に応じ、渋々諦めた様だ。

ともかく、箝口令はしいていないので、『ラド様と言う高貴なお方がチューターを務めるハイル様』と城内の人間に知れ渡れば、後は城下に勝手に浸透していく。

ハイルが死んだとされている『エングブロム公爵家の三男ハイル・ロルフ・アスペル』だと判明し危険な目に遭わないかとユスティがこの辺りで猛反対したが、そこはさすが精霊王。

──────人間の様なか弱い有象無象、わたしが消せぬと申すか?

この恐ろしい一言でユスティの口は閉じた。

しかしユスティは恐ろしいと言いながらも「なんだ。じゃあハイルは安全だね。最高の護衛がいるんだもんなあ。俺も頑張ろう」なんて言うものだから、周りはユスティの考えも怖いよと思った様だ。


ユスティとハイルに変化はない。

けれど一番そばにいるマーサは以前とは少し違う様な、と感じる様になった。

ユスティのハイルに対する態度は一見変わっていないが、あからさまに「好き」という行為が見える時が増えている。

ハイルもハイルでユスティがそばにいると体の力の抜け方が違う。

シュピーラドによると、本来であればお互い一目惚れの様に惹かれ合いお互いを愛する様になるはずの愛し子と唯一。けれどお互いが『愛し子』と『唯一』と理解するには愛し子が愛で満たされていることが大切で、それがない限り『唯一』はなぜこんなに惹かれているのだろうかという感情のまま、心の中で愛し子への愛をせっせと育てていくのだとか。

これは精霊王が“そういうもの”として知識の上で知っている事で、実際そうなった二人がどうなるか、誰も知らないのだとも言った。

一度だけ精霊界へ戻って調べたそうだが、ハイルの様に迫害された愛し子はこれまで一人もいなかったため、参考になる様な前例が一つもない。

愛し子への愛を、自分が愛し子の唯一だと知らないまま気持ちを大きくしたユスティがどんな行動に出るのか。それは自分には分からないとシュピーラドは正直にユスティ以外の“関係者”──────つまり、シュピーラドの存在とハイルが愛し子であると知っている人間に告げている。

精霊だからなのか、それとも彼の性格か。不安になった関係者を見渡し

「案ずるな。ユスティが暴走したら数年寝かせておけば良かろう」

と言い、余計に不安を煽ったのだが、今のところその様な事になる雰囲気はない。


そして城内を自由に動ける様になったハイルは毎日、神殿の掃除をするという日課が生まれた。

毎日掃除をし、庭師から譲り受けた花や、その辺りで咲き誇る綺麗な野花を積んできては王座に添える。

もちろん、ユスティはハイルについて回るので掃除の時の重労働は全て彼の仕事だ。

正直言って、ハイルは花を添えるくらいの事しかしていないと言ってもいい。

ユスティが先回り先回りで掃除をしてしまうし、過保護シュピーラドはしもべたちに手伝わせる。

そもそもシュピーラドの僕がハイルに掃除なんてさせないだろうから、ユスティがいなくてもシュピーラドがいなくてもハイルの仕事は花を添えるだけだろうけれども。


雪解け、鮮やかに花誇る春。

ハイルは自分の生を楽しむ余裕が生まれた中、辺境地の春を満喫している。

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