第23話

ハイルは全てを聞いても誰も恨まなかった。怒りもしなかった。彼の中にその感情がなかったからだ。

責める事もしないハイルに、シュピーラドは何度震える声ですまないと言っただろう。

ハイルが保護されるまでに持っていた感情は、痛いと怖い、悲しい。恨みや怒りを知る前に、それらでハイルは満たされてしまったのだ。

だから責められる事もないままのシュピーラドは気持ちのやり場に悩み、自分のせいで迫害されたのだと謝るシュピーラドにハイルは「しあわせってすごくキラキラしてるの。シュピーラドさまの髪の毛みたい。シュピーラドさまは幸せがたくさんあるんだね」なんて言って、精霊王に涙を流させた。

保護されてから知った幸せ、喜び、感動、安堵、幼い頃に感じて覚えていくだろうそれらをくれた人がたくさんいる。と説明し、「ぼくはだいじょぶ」と笑う姿にマーサも涙を堪えた。

シュピーラドから「愛し子は自分の子供の様なもの。慈しみ愛し、守り育てるのだと、これからそうさせてほしい」と、“懇願”されたハイルは満面の笑みで嬉しいと偽りない顔で言う。

絵本で見た様な、父親、兄。シュピーラドと自分はそういう家族だとハイルは受け取ったし、ハイル自身の魂がとハイルに訴えたからだった。

二日間、二人でじっくり、マーサが時々二人の間を助けながらゆっくりゆっくり時間をかけて、二日とは思えない時を過ごし二人の間には確かに、人が言う慈しみ愛し守る親とそれを受け取り成長する子供というような、そんな絆が出来上がっていた。

──────愛し子と自分は人が言うがある。

まさにその通り。けれど後悔をしているシュピーラドはその“そういうもの”を凌駕する愛情でハイルを包んでいる。

このままでは仮にユスティが愛し子の唯一でも『お前にはやれん!』と言い出しそうだと、誰もが思うほどであった。


“家族からの無償の愛”を受け取り送る二人。

ユスティもそこそこ嫉妬しつつある二人は、今までを埋める様に過ごしている。

決して邪魔してはならない。しないほうがいいと本能が言うほどに、邪魔してはいけないと思う空気があるのだ。

それがあるからヴェヒテは急いだほうがいいだろうが、昼食後にと決めたのである。

精霊は人とはところがあるという事を、もう十分理解していた。

邪魔をしようものなら、それが仮に人が「それで怒るなんて理不尽だ」と言っても怒るだろうし何を言い出すか、か分からない。

短い時間でシュピーラドと対峙した人間──といっても、いまだに現状維持の人間しかハイルの存在も知らないのだけれど──は理解していた。

精霊はである、と。


「シュピーラドさま。みてみて、氷がたくさん」

「よいよい。ハイルは精霊をうまくな。実にいい。さすがわたしの愛し子、わたしの子だ」

エディトの授業中にも休み時間はある。

ずっと勉強をしていても効率が悪い。やるのであれば効率がいい勉強の方が大切だろう。

その休み時間は全て“精霊と戯れる時間”と化した。

その時間にハイルだけが精霊と戯れているだけなんて事はしていない。

シュピーラドはハイルを慈しんだ人間にもである。

だからユスティに精霊魔法の手解きもしてやった──、というのが精霊らしいのだが──し、精霊と縁がない国で生まれたエディトの知識欲を満たすとして彼女に精霊を──つまり契約の仲介だ──してやったりもしていた。

これに金額を提示したら国庫が底をつくどころではないだろう、全くもって破格の対応である。

今日はシュピーラド曰く『精霊を』、人間としては『精霊魔法を使』という格好で“精霊と戯れる時間”が作られ、今ハイルは氷の粒を部屋に降らしている──正確に言えば降らしてもらっている、かもしれないが──ところだった。

シュピーラドの話からすると、精霊は愛し子であるハイルに世話を焼きたがる──これもシュピーラドの表現だから、実際のところは不明だが──らしいので、精霊魔法を使用していると言うよりも、人の意識からすると精霊を使役しているというような、そんな形なのではないだろうか。

「すごい氷の粒だ……」

ユスティの言う様に、小さい氷はとにかくよく降った。けれどもそれは部屋に落ちる前にシュピーラドによって消えるから、床や家具が濡れる心配はない。

最初同じような事をして部屋の中を濡らした時に「精霊王様、これではハイル様が転ぶとも限りません」とマーサに言われ「そうか……人の子供はであるな」と納得したシュピーラドが以来床を綺麗に保っている。

こうした時の氷だけではなく、塵一つもないように掃除不要の綺麗さをしもべたちを使い保たせている。

まあこれはつまり、精霊の無駄遣い、と言っていいだろうか。

「ハイルはキラキラしてるのが好きだなあ」

そう言うのは氷の粒に魔法で作った光を当てるユスティである。

ユスティもハイルにますますべったりになってきていた。つまりシュピーラドと共にいる時間も多い。

そしてユスティはシュピーラドにハイルのためにと精霊魔法についてよく質問をするようになった。その、ハイルが望む──望む、という事も含む──なら、なんでも覚える姿勢が好ましいとはシュピーラドの弁だ。

「だって感動も幸せも、嬉しいも、みんなキラキラしてるんだよ!すごいんだよ、ユスティさま」

きゃっきゃ、とはしゃぐ様になったのはシュピーラドの存在が大きい。

“家族がいる”と言うのはハイルの心にゆとりを作った。

そのゆとりはハイルの心を育て、彼がきっと愛されていたら本来あったであろう性格を形作っていく。

をシュピーラドがしたと言う事に対してムッとしているユスティだけれど、自分とハイルは精霊王シュピーラドとその愛し子という関係とは違うものだろうから無理なんだろうな、とも認めていた。認めているけれど、そう、諦めてはいない。


「人は難しい生き物であるなあ?」

「王様に言われると妙にムッとするけど、でもいいよ。ハイルが幸せそうで、いつも笑ってるからね」

「健気よのう」

「王様もね。でも、王様はなんだろう、親バカのお父さんかな?なんでも『よいよい』からなあ」


マーサに「もうそろそろいい加減、ハイル様を甘やかすだけではよろしくありませんよ」と言われそうだよね。とユスティが笑うと、床を乾かす精霊王は「そなたもな」とやはり笑った。

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