第19話
男の容姿は美しすぎた。
わずかにピンクが入ったプラチナの長髪が風になびき、天窓の光を反射させ輝く。ヴェヒテを見るその目は今は睨んでいるからなのか鋭く、色はブロンド。
王座に座っているが手足の長さで、その長さに見合う長身である事も分かる。
服は白一色。布を幾重にも重ねた様な服で、ヴェヒテの見た事もない服であった。
誰かも分からない得体の知れない男だが、けれどもヴェヒテは慌てて男に近寄りその足元に跪く。
ヴェヒテの本能が言っているのだ。
この男は、そうして然るべきの男であると。
じっと跪き顔を下げているヴェヒテに、王座に座る男の声が降り注いだ。
「して、お前はわたしの愛し子をなんとしている?お前が私の愛し子に手を上げたのではあるまいな?」
「愛し子……とは?」
ヴェヒテの顔は下がったまま、彼の背中にはツッと冷や汗が流れる。
「わたしの愛し子はひとり、かわいいかわいい愛おしゅうてしかたがない、ハイル、ただひとりである」
「ハイル……あの子が?あの子が、愛し子?」
「そうだ。わたしの唯一である。このわたし、精霊王の愛し子である」
じわじわと理解したヴェヒテはバッと顔を上げ、睨む様に見下ろす男をそのままの姿勢で見上げた。
ヴェヒテの目にも、男に負けないほどの怒りが隠っている。
「でしたらなぜ、あの子が苦境に立たされ、一人苦しみ、虐待をされていた時、救ってやらなかったのです!偶然私が彼を見つけなければ、今頃彼は死んでいました!愛し子だの、唯一だのと言うのなら、なぜ守ってやらないのですか!!」
男の顔が歪む。グッと言葉に詰まり、ヴェヒテに立つ様に手で促した。
「愛し子が生まれるのは、あるかないかの奇跡。いつ生まれるかもわからぬ奇跡……。生まれたと知りハイルと言う名を受け取った赤子を見たのち、わたしは眠りについた。愛し子が愛し子の唯一を見つけるまで、わたしは寝ていようと。何、人の時間はあっという間だと思った。あまり早くから愛し子の生活に介入すべきではないと、わたしの祖父がわたしたちへ言い含めていたのもある。それに愛し子の存在はわたしの祖父にあたる精霊王がこの国の教会に示したというから、安心してな。わたしも耄碌した部分もあっただろう。ハイルのこれまでを思うと、時の流れが違う事を、人というものに対して甘く見ていたのも、わたしの間違いであっただろう。
立ち上がったヴェヒテは苦悩する男──────彼は精霊王だったのだが、の言い分に驚きと怒りを覚えた。
「つまり、ハイルがあの様な目に遭っていたのは、教会のせいでもあると同時に、精霊王様のせいでもあるという事でしょうか」
「そうなるな。わたしにも問題はあったが、わたしは人を許さぬ」
精霊の感覚と人間の感覚は違うというからヴェヒテはこれ以上は何も言うまいと治めたが、教会も教会だがこの男だって男だ。
けれど精霊に対する怒りは治めるしかないという理不尽さに、ヴェヒテは何度も深呼吸し自分を落ち着かせる。
「人であればお前の様にわたしにも怒りを向けるのだろう。しかしわたしにその気持ちはわからん」
「ハイルを思うのであれば、人の思いにも心を傾けていただきたく」
「……そうであろうな。だがあの子はわたしの愛し子。言われなくとも愛し子へは心を向け、慈しむ。案ずる事はない」
どうしても信憑性に欠けると言うか、信頼性に欠けるというか、そんな気持ちにしかならないがそれもなんとかヴェヒテは飲み込んだ。
精霊を研究していた義理の父からも「精霊は人と感覚はもちろんだが考えも全く違う」とは言われていたし、「精霊は良くも悪くも自分勝手なところがある」とも言われた。その言葉を理解していたが、現実に出会い話すと理解ではなく聞いただけだったのだとヴェヒテは実感した。これは“あんまりな違い”である、と。
しかし、彼に今のヴェヒテの怒りをそのままむけて理解してもらおうなんて、無理なのだ。相手は何せ、自分勝手なところがある精霊なのだから。
「お前たちはわたしの名は知っているのだろうな?」
「はい、もちろんです」
「なぜハイルはわたしを呼ばなかったのであろうか……愛し子が呼べばわたしはすぐに助けにいけたのに……」
「ハイルが王の名前を知らなかったからでしょう。あの子は何も知らぬまま、虐げられ生きてきましたから」
お前のせいでもあるんだぞ、と言葉に込めた。それが伝わっているのかいないのか、男の顔からは分からない。
「わたしはしばらくここに、この椅子に座って僕たちからの言葉を聞くとする。その前に聞きたい事があれば聞くがいい。教えられる範囲で教えてやろう」
ヴェヒテは頭を下げる事をせず
「でしたら。どうして精霊は王の愛し子と知りつつ、あの子を助ける様にとあなたに談判しなかったのですか?」
「……愛し子を精霊たちが知るのはわたしが僕たちに言い含めるか、『愛し子から精霊に触れた時』初めて知るのだ。わたしは愛し子の生活に介入しても問題ないだろう時になるまで、それを言わずにいると決めていた。精霊は愛し子に左右されすぎるところがある、そのところを不安に思ってだ。だからそうだ……きっと何かの精霊を、それと知らず使役したのだろう。精霊を呼び出すような、そのような何かを使った可能性が高いだろうな」
水の魔法の時か、とヴェヒテは当たりをつけた。
「では。どうして愛し子なのに、加護を得られないのですか?」
「加護?ハイルへの加護はすでにあろう?精霊王の愛し子には、わたしの加護がついている。人にはわからぬのか?」
「王の加護を得ていると、他の精霊は加護を与えられないと言う事ですか?王の加護を得ていると、他の精霊は気がつけるのですか?」
「わたしの加護は誰よりも大きく重い。わたしの愛し子への愛情と同じである。それを上書きし加護を与えられる様な僕はおらぬ。わたしの息子でも叶わぬ事。そしてもう一つの質問だな……わたしの僕たちは無意識に愛し子への加護を避ける。それは人の言う本能だ。お前も危ないと分かっていてむやみやたらに手を出すまい?だが無意識に避けるだろう?僕が愛し子だと確信するのは、先の通りだ。これは精霊の理……今ほどそれを恨んだことはない」
「つまり、ハイルは精霊王が『大丈夫』だと、今の教会の内部を知らずに楽観視していたためにあの様な思いをし、精霊たちは理のせいでハイルの事を知らないから報告出来なかったと」
「……そうであるな」
男の顔がまた歪む。
苦しんでいるのだろうとヴェヒテにも伝わるが、だからなんだという気持ち以外に芽生えなかった。
ヴェヒテは、正直に言ってハイルの代わりに目の前の男を罵倒したいところを抑えているのだ。
敬うべき精霊王だとも理解し、跪きもしたが、その気持ちは徐々に減ってきている。きっと目の前の男にもそれは伝わっているだろう。
だからなのか、男はヴェヒテに、ヴェヒテも驚き言葉を失う様な事を言った。
「お前……いや、この地を、この“神殿”をも守るヴァールストレーム辺境伯爵ヴェヒテ・イーヴァル・レンナルトソン、貴殿に感謝する。わたしの愛し子を保護し愛しんだそなたにわたしのくちからわたしの名を告げよう。我が名はシュピーラド。精霊王である」
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