第15話

ヴェヒテが「リネーとユスティへ領地の課題や問題を教えてやってくれませんか」と言い司祭を城へ招く様になった。

辺境へ帰ってきたニコライは、ドンの手足となって働く時間が多い。

ヘレナとカルロッテはハイルの勉強している部屋に時々現れて、エディトと共に彼の勉強を見る様になった。

マーサは相変わらず、ハイルの事を第一に考え支えている。

ユスティはハイルを守るには学力も必要だと思った様で、勉強をする様になった。



「ぼくも、ユスティさまみたいに魔法を使ってみたいな」

突然ハイルがそう言い出した。

ユスティは珍しく口籠ったが、エディトは「そうですね」と前向きだ。


ハイルの健康状態はずっとずっと良くなった。

栄養失調どころかミイラもいいところだった体は、痩せ気味、のところまで回復した。

食事、ポーション、そしてマーサの治癒魔法、リハビリ、これらの相乗効果だろう。

食事だけでの回復が難しくハイルにはポーションも必要だと知ったリネーが『甘くて美味しい』ポーションを作ったので、ハイルも飲んでいる。

これはハイルの回復を大いに助けた。

普通、ポーションの類いは基本的に「まずくもないけど、美味しいとは思わない」味。こればかりは仕方がない。だから。この「まずくもないけど、美味しいとは思わない」だってポーションが開発された頃を思えば格段になのだ。

しかしリネーは学園在籍中に「薬の大嫌いな弟が飲める風邪薬」を研究課題とし、薬草学の単位を取った。

その際彼が使用したのが『逓増ていぞう』という加護だ。

“大変苦い風邪薬”をほんのり甘い、というところまでに改善したリネーは、甘味を足すところで『逓増』の加護を使いそれを混ぜ製成する事に成功。

これにより『甘さを感じる事が出来る子供用風邪薬』が完成した。

『逓増』ではなくても『累増』の加護があれば十分、また『倍加』でもそれなりに『甘さを感じる事が出来る子供用風邪薬』が生成出来るので、彼はに対して無料でレシピを公開。今では辺境の子供用薬は「飲みやすい」と評判である。

と、まあそんなリネーがいるので『体のために頑張って飲む』ポーションよりも『美味しいから飲みたい』ポーションの方が、健康になるにも楽しみがあるだろうと『甘くて美味しいポーション』を作ったのだ。

ハイルが美味しい美味しいと飲むので、近々城下の薬師そして評判が良ければ領地で働く全ての薬師にこのレシピを無償公開する予定である。


リネーの甘いポーションのおかげで健康体を取り戻しているハイル。しかしあのミイラのようなハイルを知るユスティは不安だ。

精霊魔法だろうが、そうではない魔法を使うのであっても、そこにはがつきまとう。

もちろん魔法の威力によってその程度に差はあるが、魔力が足りない時に魔法を使うと、体力を魔力へ変換する。これは自分でそうするのではなく“そうなってしまう”ものだ。

体力のないハイルが魔法なんて使ったら、体力がごっそり削られて死ぬのではないかとユスティは心配しているのである。

加護については判定する方法があるのに、魔力の量については判定する方法がない。

魔法を使いだした時から、使いながら「自分はだな」と覚えていくもの。それがこの自身の魔力の量だ。

時には体力をごっそり削られながら。それこそ『身をもって知る』ものでもある。

成長と共に増える魔力量だが、一度魔力切れを起こせばなんとなく「あ、これ以上使うと危険」と体が覚えるため、一度は限界を知る必要があると言われていた。


それを知るからこそ絶対にハイルに魔法を教えないでほしい、と全身から伝えるユスティにエディトは微笑み、二人の使っている長机の、二人のちょうど間くらいに2本の瓶を置いた。

一つはピンク、もう一つはよく晴れた青空の様な色だ。

「あ!美味しいポーションだ」

「なにそれ?」

「リネーさまがぼくが元気になる様にって、美味しいポーションをつくってくれたの」

え、ずるい。という言葉をユスティはなんとか飲み込んだ。言ったと知れたらどうなるか。

リネー特製“ユスティ用”ポーションはである。恐ろしくマズイのである。

ポーションが必要になる様むちゃな事をした時の“お仕置き用”として生成されている、のポーション。

リネーが「効き目もいいが、仕置き用にも抜群の効果が期待される」と太鼓判を押したそれは、先の通り当初はユスティ用であったが今は辺境地のここ城下でも販売されている。

効き目は太鼓判を押した様にとてもいいので冒険者にもその“効き目”は好評であるが、やはり一度飲んだら二度と飲みたくないものの一つとして数えられていた。

(あれ以上マズくなったら飲める気がしない)

ユスティはそう思って口を閉じる。リネーが「ずるいというならユスティのも“改良”しないといけないな」なんて言うだろう事は、そっと胸の内に秘めておくに限るのだ。

「もう一つの方は、魔力回復用ポーションですよ。こちらの青い方ですね。『カレンジュース味』なんですって」

「あ、ぼくが今好きな果物の味だ!」

「……なにそれ、格差社会?」

「かくさしゃかい?」

「ううん、なんでもないよ。兄上はハイルを可愛がってるんだなって思っただけ」

なぜ実の弟なのに、と思うがきっとこれも口に出すべきではないと過去の事からユスティは勘づいている。

確かに言ったら「その、実弟が、こうしたものを必要とする時はお説教が必要な無茶をした時だからだな」とにこやかに言うのだ。

そして次の味はもっとひどくなる。悪循環しかない。

時には沈黙が身を守るのである。


「というわけで、ハイル様も簡単な魔法から使ってみましょう」

「はい」

嬉しそうに体を揺らすハイルを見て、格差について少し切なくなったユスティの気持ちがちょっと上がった。

嬉しいと体を揺らしてまで言うハイルが可愛くて仕方がない。

この単純さが、ハイルといる時のユスティである。

「ハイル様は以前お渡しした『まほうと』の絵本は読まれましたね?」

「はい!読みました。マーサに大丈夫って言ってもらっています」

「でしたら、気をつけないといけない事、自分の体に異変を感じたらどうするか、ちゃんと覚えていますね?」

「はい」

『まほうと』という絵本は、絵本の主人公のつもりになって考えながら読み進める絵本。

魔法について分かりやすく書いてあるもので、考えた事を大人と答え合わせしながら正しい知識に触れるきっかけ、そして魔法に触れる前に覚えておかないといけない事を覚える、まさにこれから魔法に触れ始めると言う子供に必要な入門書の様な役割がある。

文字が読める様になった子供の多くが触れる可能性がある本だが、実際触れる事が出来るのは『本を買う、もしくは借りる』余裕がある家だけだ。

この領地では、領地内の教会には必ず置いてあるので、勉強にくる子供には読ませている。


「簡単な魔法から使っていきましょう。初めから出来る人はいませんから、失敗しても、出来なくても大丈夫ですよ」

エディトの優しい声に大きく頷いているハイルだが、顔がこわばっている。

緊張してガチガチになっている姿は初心者そのもの。悪い意味の緊張や恐怖を感じていない様でユスティはホッとした。

「では、まず魔力を指先に集中させるところから始めましょう。これが一番難しい事です」

「え?」

不安しかない、とハイルの表情に書いてある。素直なハイルの表情にユスティの顔がだらしなくなった。

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