第13話

「よくユスティが『ハイルの目はキラキラしてて夜空の星みたい』と言っているが……でいいのだろうか?」

「それです、いや、それよりは輝いているかもしれないが……こう、キラキラと目が……見ない事には。上手く説明をする自信がない」

「ええ。確かにハイル様の目の色は濃紺、けれどなんとも言えない虹彩だとは思っておりましたが、キラキラ輝く部分は理解が出来ないままでおりました。それにユスティ様が『ハイルの目が』と言っておりましたが確認も出来ませんでしたし……。けれど今日、あの瞬間『これは確かに輝いている』と」

ドンとエディトが力強く肯定する。

全員がどういう事かと思案し、黙っているその時、グスタフの発言に皆「ああ」と口を開いた。


「そうなると……ユスティ様はキラキラしていると思われたのでしょうか?」



翌日、朝一番でヴェヒテの執務室へ呼ばれたユスティは、昨日の訓練での何かを注意されたりするのだろうか、と身構えていた。

ユスティは常に真面目に訓練を受けているが、自分の身をも守り戦ってほしいと思うヴェヒテから訓練の翌日は何かと言われている。

ユスティとリネーの訓練を毎回毎回ヴェヒテは見ているわけではない。指導にあたった教師役の騎士や兵士から口頭での報告と報告書を受け取り、じっくり読んだ翌日にという形である。

だから訓練翌日の朝呼び出されれば「昨日のことか……」とユスティが思ってもなんら不思議はないのだ。

が、部屋に入ってそうそうユスティは聞かれた。

「お前が言う『ハイルの目はキラキラしてて夜空の星みたい』とはどう言う事だ?」

突然なんだ、と思うユスティの前には執務の椅子に座る父ヴェヒテ、そして応接用のソファに座った祖父ドンだ。

この執務室は王都のタウンハウスよりも大きく、ソファは二人掛けが二つ。テーブルを挟んで一つずつ置かれている。

ユスティは扉の前で立ったまま、返事を待つ二人の視線に縫いとめられていた。

「え、え、と。うん?言葉のまま、です?」

困惑したユスティは疑問形になってしまったが、それに構わずドンが聞く。

「それは何かの時だけ?いつもなのかい?」

今度のユスティの返事は早かった。

「ほとんどいつもかな?うーん、ちょっと違うかな。普通の時もあるし、キラキラしてる時もあるんだ。こう、なんていうのかな、とにかくほら、キラキラ輝いているよ」

「いつも?例えば今朝も?」

ユスティは朝一番でハイルに「おはよう」の挨拶に行く。その時の事だろう。

「はい。そうです。やっぱり疑ってるんだ!お爺さま、ハイルの目は本当にキラキラしてますからね!そうだなぁ、マーサに治癒魔法を受けてる時はかなあ」

「加護つきの?」

ヴェヒテが早口で問いかけた。

「いえ。普通の、だと思います?」

またしてもユスティは疑問で返してしまったが、ヴェヒテもドンもやはり一切気にしていない。

「じゃあ、治癒魔法を受けた時にはもっと輝くが、普段から輝いていると言う事か?」

「そうですって、いつもそう言ってますよね?父上は疑り深いな……」

不服な顔のユスティにドンは真面目な顔で言い含めた。

「しばらくの間、ハイルの事を知っている人間の前で以外は、ハイルの目が輝いている話は決して言わない様に。ハイルのためだ。頼んだよ」

「何かあるってこと?ハイルが悲しむ様なこと?」

「いや、まだ分からない」

「そっか……。わかった。言わない。でも、ハイル、輝いているって言われると嬉しそうなんだ。だから知ってる人たちの前で、ハイルの部屋の中だけにする」

まかせて、と胸を叩く息子にヴェヒテは言った。

「言わない選択肢ないんだな」

「だって言わないと、よ。ハイルを喜ばさなきゃダメでしょ?喜ばすところだもん」


ユスティが出ていった後、ドンは自分の中を整理する様に口に出す。

「つまり、私やエディト女史は『加護付き治癒魔法』で初めて『ハイルの輝く瞳』が見れた。ユスティはなぜかいつも輝いているといい、『加護なし治癒魔法』でもっと、『加護付き』ではそれ以上に輝いて見える」

ヴェヒテも続いた。

「お義父上が見た輝きと、ユスティがいつも見れている普段の輝きの違いを比較する術がないのですが……あの子の言う『輝いている』は比喩ではなかったんですね」

「我々……いや、見たのは二人だが、我々と仮定して……我々がそれを確認するには加護付き魔法が必要で、ユスティには普段から見えている。年齢かと一瞬は思ったが……リネーは特に何も言っていない。性別でもないわけだから……一体……」

「お義父上、エディト先生、もしくはグスタフに魔法を使用させてみてはいかがでしょうか?なんでも構いません」

「なるほど。したらばエディト女史に『魔法について』という勉強だと言って何かしてもらうと言う形でどうだろう」

二人は頷き合い、今日の授業の支度をしているだろうエディトの部屋に使用人をやった。

キチッとした詰襟の、モノトーンで統一されたシンプルなドレスに綺麗にまとめ上げた髪の毛の──────つまり、いつものエディトが執務室に来たのは思いのほか早かった。

「御用があると伺いました」

部屋に入り頭を下げすぐに聞いてきたエディトにヴェヒテが頼む。

「昨日の事を考えるために、さまざまな状況で試したい」

「では、わたくしがハイル様に魔法をという事で問題はありませんでしょうか?」

さすがエディト。ハイルにかけるのではなく、見せると言ったところにドンは彼女に微笑んだ。彼女の様な人が助手であれば、と言う気持ちだろう。

「それでは、わたくしには加護はありませんが一通り使えますので。確認はマーサ、それとユスティ様で」

「ありがたい。マーサには昨日私から話してある」

かしこまりました、と頭を下げたエディトが退室し、ヴェヒテとドンが「これで何か分かればいいが」と互いの顔を見てつぶやいた。


「ハイル様、本日は『魔法』について学びましょう」

授業内容の変更にユスティは嬉しそうだ。彼は本当に座学が苦手。成績はいいが、じっと座っているのが“不向き”なのである。

しかし今日のユスティには授業が変わった事に喜ぶよりも大切な使命があった。本人も自覚しているはず──────であるが、この調子だと怪しい。

行儀よく着席しているハイル、その隣にはユスティ。

ハイルが普段過ごしているあの部屋の階にある一室を、教室として使っている。

ユスティがいない時はハイルの部屋で勉強をする事にしているが、二人では手狭になるのでここを使う。

ここも警備上都合がいい部屋の一つで、ハイルの事を知る人間がいないと言ってもいい今、この階へ出入り出来る人間は限られていた。

教室として使っているこの部屋の大きな窓からはさんさんと光が入り、部屋の中を満たす。

大きな机が中央に、そこにハイルとユスティが二人並んで座る。その正面にエディトが座り、マーサは窓際の椅子に腰掛けるのが定位置だ。

「魔法?マーサがぼくを治してくれる様なやつだよね?」

「ええ、そうです。魔法にはマーサが使う『治癒』以外にも色々とあるんですよ。今、いくつかお見せしましょうね」

マーサはさっと立ち上がると机の上のものを近くのワゴンの上に乗せ、代わりに別のワゴンから空のガラスカップを置いた。

「では、わたくしがまず『水』の魔法を使いますね」

ハイルの目がカップに釘付けになる。その目はキラキラと期待で輝いているが、これは比喩表現であるためユスティの言う『キラキラ』ではない。

口の中で詠唱したエディトがカップに手をかざすと、カップの底からコポコポと水が湧き出た。

7分目まで入ったところでエディトが手をカップから離し、そこで水も止まる。

「すごい……これ飲んでもいいの?だいじょうぶ?」

「ええ、もちろんです。ですがこれからもう少し使いますからお待ちくださいね」

言うとまた口の中で詠唱したエディトが今度はカップを両手で包んだ。

見た目には何も変わっていないが、エディトはそれをハイルに触ってみる様にと言う。

素直にカップに触れたハイルは驚いた顔でユスティをみ、カップをユスティに差し出す。

「あ、あったかくなってる。ハイル、今のは火の魔法だよ」

「すごい!絵本で見た……火はいろんな事に使うって」

「そうだよ。部屋を暖かくしたり、ご飯を作ったり、いろいろね」

得意げなユスティに感心しきりのハイル。マーサは微笑ましいと目を細めている。

「では、これから、これを熱湯にしてみましょう」

「……ねっとう」

カップから椅子に座ったままの状態で出来るだけ距離を取るハイルに、ユスティは「大丈夫だよ」と手を握り

「熱湯もが使うと使えるんだよ」

「そうなの?」

「うん。マーサが紅茶を淹れてくれるでしょう?あれにも熱湯が必要なんだよ」

「そっか……ん?じゃあ、やっぱり、マーサも頭がいいんだね」

ハイルにとって『頭がいい』は今は半ば安心と安全と同義語の様なもの。大役を任されたユスティはこの辺りも聞いて覚えている。

「じゃあ、してみましょう」

マーサはカップに入っていた水を陶器のボウルに移した。

短い詠唱を終えたエディトが指をボウルに向け、一拍の間のあと、ムワッとボウルから湯気が立つ。

白い湯気をで見たのも、ちゃんと理解したのも初めてだったのだろうハイルは、恐る恐る立ち昇る湯気の中に手を入れ「熱湯みたいにあつくない」とエディトに楽しそうに報告した。

「今度は、これを冷やしてみましょう」

ハイルの目の前であっという間に湯気が消える。ボウルの周りに水滴が生まれた。

次々に変わっていく変化に、ハイルの表情は分かりやすく変化する。

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