第5話

この式は開場時間と開始時間が決まっているだけで、爵位がどうのなんだという事もなく、学園の“学ぶ姿勢は誰もが平等であるべき”というそれに従って、開始時間までに会場入りしていれば問題がない。

ノアたちはアンジェリカの提案で、ある程度人が入り、賑やかになってきてからにしようとなった。

それに従ってエルランドが様子を見に行き、この程度でいいのではないかという頃合いで行く事にしている。


「ノア様。アンジェリカ様。そろそろ問題ないかと」

エルランドの言葉に頷き、ノアはアンジェリカに手を差し出した。

「久しぶりにになるんじゃないかしら?」

くすくすと笑うアンジェリカにノアは頷く。

「ぼくが唯一エスコート出来る女性である母も妹も、よっぽどの事がない限り父が『両手に花だぞ!』って連れて行ってしまうから」

「ミューバリ公爵様は自慢げにシャルロット様とマリーをエスコートされるものね。気持ちは解るわ。だってあんなに素敵な二人なら、わたくしだってエスコートしたいもの」

と言ってから

「勿論、ノアをわたくしがエスコートしてもいいのだけれど、今回はエスコートしていただきますわ」

なんて言う。

ノアは苦笑いで

「アンジーお姉様のエスコートなんて、ぼくがマリーにずるいって泣かれちゃうから、それだけは遠慮したいな」

そう言った。


会場はエルランドの言うように、既に多くの人で賑わっていた。

アンジェリカがノアにエスコートされて入った事に気が付かない人が多いのは、それだけ学生最後の日を楽しんでいる証だろうか。

これから先、派閥やしがらみで、ここで共に過ごした友人とは会いにくくなるかもしれない。

だから最後の日である今日は、それを全て忘れて過ごす。

ここで育んだ友情が、派閥も柵も気にせずに続く事もあるのは事実だけれど“大人への第一歩”を踏み出そうとしている卒業生に取って、それが出来る未来を想像するのが今はまだ難しい。

だからこそ今日が最後だと別れを惜しみ、確認するのだ。

この友情は何が間に立ちはだかっても、忘れるものではないのだと。


「レディ アンジェリカ。今日はこれから学園長の挨拶に続いてパーティが」

「まあ、ノア。レディなんてやめて頂戴。可愛くないわ」

アンジェリカはノアの言葉を遮り冷たい視線を送り、ノアはそれにたじろぐ。

たじろいだままのノアに、アンジェリカはクスリと笑って

「卒業証書は朝の式でいただいているから、この後は学園長の挨拶、そしてパーティ開始の挨拶をするだけよ。朝は確かに卒業式だけれど、これからが本番という気持ちかしらね」

「証書を受け取る式は学園生だけで行うなんて、ちょっと意外だなと前から思っていました」

「朝は参加が難しい方でも、この時間からなら子供の晴れ姿を見られるからという事みたいね。丁度わたくしの祖父の世代からそういう形に変えたんですって」

「開始の挨拶は主席卒業の生徒……つまりレデ……アンジェリカ様がされるんですよね?」

レディ、と言おうとしたらアンジェリカにギュッとつねられ、ノアは最大限の譲歩で名を呼ぶ。

少し不満そうなアンジェリカだが、仕方がないと分かっているから他の人に気が付かれないように肩を小さく竦めるにとどめた。

「いいえ、まさか。最初はその予定だったのだけれど、急遽殿下がされる事になったのよ。卒業生に王子殿下がいらっしゃるのだから、仕方がないわね」

「アンジェリカ様がされると聞いていましたよ?」

「言ったでしょう?急遽なの。本当にね、今日そのようになったのよ」

扇子を開いて顔を隠し、アンジェリカは小声で「いくら殿下でもちょっと……よね」と呆れた声だ。

ノアはアンジェリカの挨拶を聞けると楽しみにもしていただけに、心から残念だなと思った。

今は“第二王子殿下の婚約者”のノアだから、顔には一切出さなかったけれど。


ノアはアンジェリカと決めた当初の予定通り、壁の方へアンジェリカをエスコートする。

すると彼女を慕っていた卒業生がワッとアンジェリカの周りに集まってきた。

ノアがエスコートしていた事に驚いただろうに、あまりそれを顔に出さず、ノアに挨拶を次々する彼女たちに

(さすがだなあ。ぼくのもこうなっているといいんだけど……今もちょっと不安なんだよねえ)

思いつつ、さすがは“第二王子殿下の婚約者”、全員に対してきっちりと挨拶をし、アンジェリカから少しだけ離れた。

自分を慕ってくれていた同級生が来ると思う、そう聞いていたからその時は少し──とは言え何かあれば庇える位置に──離れるとあらかじめ言っていたのだ。

アンジェリカを取り巻く卒業生はみな、アンジェリカと毎日会えていた事がとても楽しかったと言い、中には泣きそうな顔でこの日が来なければ良いと思った事もあると告白する卒業生もいる。

人にも厳しい彼女を誤解する人が多い。けれどアンジェリカがそれ以上に自分に厳しい事とその分人に優しい事を知れば、その気持ちも変わっていく。

アンジェリカを慕い、家族の派閥がどうであれ彼女を助けたいと思う友人が多いのは、アンジェリカの強さと優しさがあるからこそだとノアはよく分かっていた。

「アンジェリカ様、卒業しても、わたくし必ずアンジェリカ様のお手伝いをしますわ」

「わたくしも。アンジェリカ様に恩返しも何も出来ないままなんて……」

アンジェリカを見つめていう様は熱烈な告白をしているようで、聞いているノアが恥ずかしくなってしまう。

自分の妹も熱心なアンジェリカファンだと思っていたが、同じ時間を学園で過ごしていた彼女たちはまたそれとは違う熱量を持ったファンのようで

(なんというか、目が違うというか……なんというか。やっぱりアンジーお姉様は違うなあ。ぼくもこういうなんていうか、が欲しかったなあ。今から身につくかなあ)

ぽやぽやしているから難しいだろうな、とノアはちょっと諦めながら、アンジェリカたちの話に耳を傾け周囲を伺う。

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