第4話

敷地に灯る光、そして向こうに見える王都の明かり。

魔石を用いた照明が窓の外で宝石のように輝いていた。

「白色もいいけど、あの暖かい感じのオレンジがかった色もいいよね」

ノアの視線は王都の光に向いている。

エルランドも同じ方を見て「優しい色ですから、気持ちも落ち着きますね」と言う。

魔石を用いた照明の色は白と少しオレンジがかった色の2色。他の色を作る事が難しいが、だからこそ多くの人間が他の色を作ろうと日々研究している。

オレンジがかった色から白が開発された時の騒ぎを思うと、その上をいく騒ぎになるだろう。

「綺麗だね」

キラキラと輝く光を見て呟いたノアを見ていたエルランドは

「ええ、本当に」

と同意するが、この時のエルランドが見ていたのはノアである。

このエルランドは精霊を光として認識する事が出来る人間だ。

光もさまざまで、キラキラ輝くものもあれば、優しく灯っているものもある。

違いはエルランドも分からない。けれども、とにかく見えた。


この世界には精霊がいるが、この国で生まれた子供にはその精霊から“祝福”というものをもらえるケースがある。

これは生まれた時に受けるもので、祝福というのは精霊に愛されているという証だ。

体のどこかに星にも見えるような痣──────この国では祝福痕呼ぶものが現れ、その星の数が祝福をしてくれた精霊の属性数に関わっている。

この痣には大きさがさまざまあるが痣の大きさと精霊からの祝福、つまり愛は比例していない。

祝福は一定以上──今までの研究によると中位程度は必要のようだ──精霊のみが与えてくれ、滅多にもらえないもので珍しい。

この痣を、ノアは異常な数を持って生まれてきた。

ノアの体の祝福痕の数は属性の数よりも多い。

これを知る王家とノアの家であるミューバリ公爵家では「同じ属性の精霊からさえ複数得ているのではないか」と言う事で片付けた。なにせノア以外にこんな祝福痕を得た人間が──この国になってからは──存在しないために憶測の域を出ない。

しかしそれは間違いないだろうと、これを知る誰もが思っていた。ノアの精霊術の才能がそれを肯定している。

──────余談ではあるが、「この祝福痕で婚約者にしたのか」とノアの父ランベールは国王や王妃に詰め寄ったが、あっさり否定されていた。そうであれば婚約させないとランベールは決めていたので残念がった。


先の通り、この国になってからはいないとされているが、にはいたのではないか、というのが精霊研究を主導している王家の考えだ。

それが滅亡した王国にいた姫君だ。

クーデターが起きる前の、滅亡した王国最後の国王の末の姫。彼女が家族よりも大切にしていた侍女の日記が、今の王国で大切に、そして厳重に保管されている。

誰よりも痛みを知り聡明な彼女を王女にして国を再興させようとした、今の国王の先祖が起こしたこのクーデター。

その姫が大切にしていた侍女の日記には「ある日、姫様の背中に見慣れない星のような痣があらわれた。またあの方達になにかされたのだろうか。悔しい」というものがあり、その後もこの侍女の日記にはこの痣が度々登場した。

背中に一つだった痣が増えた、と悲しむ様子が綴られていたが現王家ではこれは祝福痕だったのではないかとつい最近考えられるようになってきている。

この姫自身の日記などは一切残っていないどころか、彼女自身がクーデターの直前に忽然と姿を消してしまい、今も彼女がどこへ消えてしまったのかが分かっていない。

侍女の日記は今も重要な手がかりとして保管、研究されており、姫の情報やもしいるのであれば子孫を探しているのだが──────それはともかく、この日記によると後天的に祝福を受けた姫に関する書物などからも、この先、生まれるかもしれないノアのような異常なほど祝福を受ける子供のために研究が進められているところである。

これを知るノアは「ぼくが生きている間はぼくを観察すると色々分かるかもしれないね。観察日記とかエルに書かせたほうがいいかな?」なんで呑気に言って「僕はノアを実験対象にさせたりしないよ!」とアーロンのお小言をもらっていたが。


話が少しそれてしまったが、“そんな”ノアだからエルランドが精霊の光を見ようとすれば──エルランドが見ようと意識しなければ見えない──ノアの周りにはいつも光が輝き綺麗なのだ。

エルランドはこの光の強さなどはノアの感情に合わせて変化する、精霊の感情が関係しているのではないだろうかと考えていた。

ノアが悲しくて大泣きした時、そっと寄り添うように柔らかく光るものとはしゃぐ犬のような元気な印象を受ける光などがあり、元気づけようとする精霊とノアに寄り添って背を撫でるような精霊がいるのではないか、と思ったのがきっかけだ。

エルランドのこの“見える”事はミューバリ公爵家の人間だけが知っている。

ノアも当然知っていて、「精霊と意思疎通が図れるのでは?」とノアが精霊に話しかけ、それをエルランドが観察し、精霊が何を言っているか分かるかどうかと実験した事もあった。

結果は全く理解出来なかったという残念なもの。

光として見えるだけで、そこから正しい感情を読み解くのは難しいようだ。

ただ時折、属性から連想出来る色で光っているものもある。

例えば、今この部屋に入ろうとしている人の精霊がそう。

この人は、祝福と加護を与えてくれた精霊の属性を表すかのように、燃えるような美しい緋色の髪を持つ。


「待たせてしまったかしら?」


ノックののちに入ってきたのはアンジェリカ、その人である。

彼女の髪は鮮やかに燃える炎の色。

祝福を与えた精霊がそのまま加護をしていると言うこの国初めてのパターンで、炎の精霊に愛されている人だ。

「アンジーお姉様!」

「ごきげんよう、ノア。今日も可愛美しいわね」

「え?かわ?え?」

ノアが、強い瞳を微笑みで緩め笑うアンジェリカの発言に首を傾げる。アンジェリカは彼女の侍女に促され、けれど侍女の意思を無視しノアの隣に座った。

「可愛くて美しいという事よ。わたくしもね、うちのメイドから聞いたの。聞いた時にノアにぴったりだと思っていつか使ってみせるわって、決めていたのよ」

もう、ツヤツヤねえ。とアンジェリカはご機嫌でノアの髪をセットが崩れないようにしつつ触りまくる。

「ノアはわたくしと髪質が似ているから、わたくしと同じヘアケア製品がいいってシャルロット様に勧めて正解だったわね。さすがミューバリ公爵家ね、ノアが日増しに可愛美しくなってわたくしも嬉しいわ」

こうして弄り倒される時ノアは、アンジェリカは自分を弟のように思っているといいながら妹か何かと思っているのではないか、と思う事が多い。

いくら義理の姉弟になるとはいえ──ノアは婚約破棄の件を知らないのである──この距離感はむしろペット感覚ではないかと思った事も少なくない。

それでも受け入れてしまうのはアーロンが気にしないのもあるし、彼女がこう言う事をするのは“問題がない”時だけと分かっているからでもあった。


「アンジーお姉様、ちょっと落ち着いて。って、え?ちょっと、もしかして、今日ぼくがエスコートするのは」

いじられながらハッとしたノアの顔にアンジェリカもニッコリと微笑んだ。

「そうよ。私のエスコートをしていただきたいの」

「でも、王太子殿下は……?」

「いやねえ、ノアは分かっているでしょう?王太子殿下はわたくしの事をきらってらっしゃるし、ふふふ、いいのよ」

「いいのよって、でも今日はアンジーお姉様の卒業式です。晴れ舞台ですよ!」

王太子であるキースの卒業式でもあるが、ノアの優先順位はキースよりもアンジェリカだ。

そのアンジェリカの大切な卒業式に婚約者がエスコートしないでどうするんだ、というノアの気持ちがそのまま顔に出ている。

「あら、わたくしの大切な卒業式を将来の家族がエスコートしてくれるなんて、とっても素敵で思い出に残るわ。わたくしがアーロン殿下にお願いしたのよ、ノアをお貸しくださいませって」

「でも王太子殿下が」

「まあ、わたくしが素敵な思い出にしたいと言ってノアにお願いしているのに、ノアはわたくしが不憫だとでも思うの?」

「そうではないんですけど……」

と言ってノアは囁くように「王太子殿下に対して怒りも感じています」と言った。一応配慮をしての小声だ。

「嬉しいわ。わたくし、そうしてわたくしの事を考えて怒ったり笑ったり喜んだりしてくれるノアだから、今日の大切な日にノアと一緒に会場へ行きたいの」

ノアの手をアンジェリカがそっと取る。

華奢で美しいこの手に、ノアは何度も助けてもらった。

強く美しい、まさにアンジェリカの手だ。


「ノアがエスコートしてくれるから、わたくしは戦いに行けるの。そして必ず勝つわ。完膚なきまでに叩き潰すのよ」


アンジェリカの美しい笑顔にノアの背筋がゾッと冷えた。

卒業式という輝かしい日に何と戦うのか、何を叩き潰すのか、ノアには見当もつかない。

しかしその相手がかわいそうな事になるんだろうな、という事だけは確信していた。

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