第6話

卒業生は思い思いの場所で友人たちと楽しそうに話をしている。

親に友人を紹介している人もいれば、親につれられ挨拶に回っている人も、そして親同士笑いながら話している姿もあった。

しかしの社交より、誰もが楽しそうにしているのが眩しい。

今日はきっと同じ時間をこの学園で過ごした子供たちの親として、そしてこの学園の卒業生として、この時間を楽しんでいるのだろう。

親世代だって同じ時期にこの学園で、友情を育んでいたはずだ。

この日は“無礼講”なのだろう。

楽しそうな空気に当てられ、少し目元が緩んだのをアンジェリカは見逃さなかった。

「ノア、楽しそうね?」

「はい。卒業生の皆様も、そのご両親も、この時間を思い思い楽しんでいらっしゃる姿が眩しくて」

素直な気持ちにアンジェリカを囲んでいた彼女たちも口々に「この日が来るのが嫌だったけれど、とても楽しみにしていたんですの」とか「最後まで楽しんで帰ると決めていますのよ」と笑って言う。

「みなさまのお気持ちはアーロン王子殿下に必ずお伝えいたします」

ノアが微笑み言うと、彼女たちの口から「ほ……」と恍惚とした声が小さく漏れた。

アーロンも整えたこの場を喜び楽しんでくれる姿はノアも嬉しく、そしてそんな人が婚約者である事が誇らしい。

その気持ちを込めた微笑みは彼女たちをうっとりさせるほどの“破壊力”があったのだ。

アンジェリカは、自分とは違う魅力がこの先増し、人を虜にしていくだろうノアが誇らしかった。

国のために自分のために、大切な家族のために、自分と共に切磋琢磨したノアはアンジェリカの誇りなのだ。


最初は泣いていたノアに厳しい事も言った。

優しい言葉だけかけるなんてしなかった。

それでもノアはアンジェリカの思いを理解し、必死になってついてきた。

めげそうになっても堪え、背筋を伸ばし前を向き歩くノアは、ノアが思うよりも立派な“王子殿下の婚約者”なのである。

アンジェリカはそんなノアが大好きで、誇りで、自慢なのだ。

成長していく姿を、一番の特等席で見る事が出来る。

これはアンジェリカの楽しみだった。

こうして人前で公の場で、努力していた姿を感じさせない“立派”な姿を見せてくれるノアを、アンジェリカはいつだって眩しく見ている。


「アンジェリカ様、そろそろ開始のお時間に」

「まあ、本当。皆様とのお話が楽しくて、わたくし時間を見ていませんでしたわ。楽しい時間はいつだって、すぐに過ぎ去ってしまうものね」

「またパーティーが落ち着いたら、こうしてお話をさせていただきたいです」

「もちろんよ!そうしましょう」

嬉しそうに約束をして、彼女たちは自分達の両親の元へ帰っていく。

そこでノアはやっと気がついた事があった。

「アンジェリカ様のご両親がこないなんて事は、絶対にないと思ったのですが、いらっしゃいませんね」

「お父様もお母様も、少し用事があるの。開始直後には来れると言っていたから、もう少ししたらじゃないかしら?」

「あのお二人がアンジェリカ様の晴れの日に遅れて来られるなんて……」

「大丈夫よ、ノア。明日の天気が大嵐なんて事にはならないから」

「お二人が遅刻される時点で嵐になるのではないかと思うくらい、珍しい事です」

「ふふふ、大人にはがあるのよ」

クスクスと笑うアンジェリカにノアは不思議な気持ちになりながら、立派な装飾がなされた時計を見上げる。

開始時間はもうすぐだ。

(学園長は意外と上がり症だから、今頃控室で深呼吸をしているんだろうな)

一度偶然見てしまった「私は学園長なのだから、落ち着けばいい」と言って深呼吸を繰り返すその姿。

その時からノアは学園長に妙な親近感を持っている。


国王と王妃、そして王子であるアーロンは学園長の挨拶の前に登場し、王族席へ向かう事になっている。

このパーティの司会を務める教員が壇上に上がったのを、ノアが目の端で捉えた時だった。

バンッ、と大きな音で会場入り口の大きな両開きの扉が開いた。

こんな大きな音を立てて扉を開ける従者はいないし、当然貴族にもいない。

子供だってこんな場ではもう少しな音で入ってくる。

一体誰が、とノアがそちらへ視線を向けるとアンジェリカの婚約者であるキースが、数人の卒業生を引き連れ入場してきていた。

全員の視線を一身に浴びるキースと彼の“取り巻き”たち。

彼らはそれを気にする事もなく、堂々と会場の中央へ足をすすめている。

「え?だれ?あの女性、なにもの?」

アーロンの婚約者の仮面が外れかけたノアの一言に、アンジェリカはフッと笑って

でしょう?とある男爵が愛人に産ませた子供ですって。今は男爵家に養子として入っているわ」

「そう言う事を聞いていないと言うか、聞いていると言うか」

「アレの事は、三年棟だけで収めていたから、ふふ、ノアが知らなくても当然よ」


この学園は一年次と二年次は同じ校舎、三年次だけ騎士科がより実践的な指導に入るため、また魔法科が細分化され精霊科と魔術科、そして両方を深く学ぶ魔法科最難関コースの精霊魔法学科へと三科に分かれる事で敷地を広く要する為に、一、二年が使用する校舎から離れた土地に建てたより大きな校舎──────通称“三年棟”へ移動する。

その上アンジェリカ──だけではないのだろうけれど──が情報統制をしていたのなら、なおさら一年と二年が使っている校舎までは──第一ノアはここ半年学園に通わずほぼ王宮と公爵家屋敷との往復であった──届かなかっただろう。

それだけアンジェリカの能力が高いのと、きっとこの事を知る保護者たちも迂闊に言えないと判断し、誰もがをしていたのだ。


「ノアはこの一年、わたくしと同じ夜会には出ていないでしょう?」

「アーロン殿下が『王子が二人もいるから、別に良いと思うし』と意味の分からない事を言って……まさか」

「ノアが考えている事とは違うけれど、まあ似たようなものね」


この一年、アーロンとノアが揃って夜会に出るのは、アンジェリカとキースがいないものであった。

どうやら『あの女と鉢合わせしないため』ではない理由でアンジェリカたちがいない夜会に連れて行かれていたようだが

(どうしてぼくを蚊帳の外に?なんで?)

ノアの気持ちがアンジェリカに届いたのだろうか、アンジェリカはそっと

「ノアが頼りないからとかそういう理由ではなくってよ。国王陛下、王妃殿下、そしてわたくしにわたくしたちの両親、みなが考え相談した結果、と同じ夜会にアーロン殿下とノアを出さない、と決めたのよ。そのうち納得する理由を話すけれど、今は少し、待っていてちょうだい」

とノアに囁く。拗ねた子供に言い聞かせるような声色にノアは「子供扱いですね」と言いながら、小さく頷いた。

それだけの人が関わってそう決めたのだから、きっと重大な何かがあったのだろうとノアも理解出来る。

その“重大な何か”に不安も感じるが、それよりも目下この状態をなんとかしなければならないのではと中央に陣取った彼らを見た。

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