第16話 冒険者と準備

 城の正門から出て、そこから右に曲がった場所。

 俺が料理を食べた飲食店を少し超えた先。


 そこに、武器や防具などの金属製品が並ぶ不恰好な店がある。

 だがそんな外見に対して、中は小綺麗で心地いい金属の匂いが漂っている。


 壁に飾られている立派な装飾のついた剣たち、棚の上に値札と共に置かれている短剣。

 日本なら間違えなく銃刀法違反になってるだろう物たちが、こうもたくさん並んでいるのは新鮮に感じてしまう。


 試しに、入り口から一番近くの壁に掛けてある片手剣を取るーーが、木剣に慣れてしまっていたせいで一瞬だけバランスを崩してしまった。


「それはちょっと重めのやつだな。そっちが振れるんだったら何でもいいが……間違っても手に馴染まないようなものは選ぶなよ?」

「……そもそも、剣の重いとか軽いとかで何が変るんだ?」


 そんな剣の基礎の基礎、レイナが当たり前のように話してたことを聞くと、彼女は嫌そうな顔をしながらも説明し始めた。


「まず、重い方が威力は高い。それは流石にわかるな? ただ、重いから当然扱いにくくなる。軽いのはその逆だ」

「でも、大きいけど軽いってのもあるように見えるんだけど……その辺どうなの?」

「あぁ、なるほど。その辺は使われてる金属の違いだな。たまに中が空洞な粗悪品もあるが……この店だと問題ない。で、基本手に重い方が壊れにくい。ただ、相当無茶しない限り、ほとんど変わんないが」

「そういう違いがあるのか。助かった、ありがとう」

「…………」


 ある程度の違いがわかったところで、店の奥にも目を向けてみる。

 まず目に入ってきたのは、通常の剣の2倍以上の太さを持つ両手剣だ。

 見るからに重い見た目だが、しっかりと鋭さはある。

 だが、やっぱり見るだけで重いのがわかるので手を出さない。

 

 次に、その隣にある弓にも目を向けてみる。

 だが、弓のコーナーは極端に狭い。

 他の剣とかだと、それなりの数のものが置いてあるにも関わらず弓に関してだけは3つと少量の矢しかない。


「なんで弓が少ないんだ? 魔法があると言っても、弓にだって利点はあるんじゃないのか?」

「弓にも利点があるのは否定しないが……魔法の方が圧倒的に簡単な上に、精度も変わらないからな。わざわざ弓を選ぶ理由がない」

「まじか……」


 剣と魔法の世界ーーよくアニメやらで目にする冒険者の人たちは、弓を使ってるところも多く見られるが……

 やっぱり魔法があることで衰退してしまうものもあるらしい。

 考えてみれば当然のことだが、日本で馴染まれてた弓という存在が小さくなっているのはどこか悲しい。

 それでも、僅かに使われているというのはそれだけ優秀なものなのだろう。

 とりあえず、完全に衰退しないことを祈っておく。


 そして、店の右側に目を向けた。

 いかにもなハゲてるガタイのいい中年ぐらいのおっちゃんがいるレジカウンターの横には、レイナの持ってるような槍と投擲も出来そうな短剣が並んでいる。


 一応、中央には鎧がいくつか置いてあるのだが、武器はここまでらしい。


 ーーあれ?

 そこで、少しの疑問が出た。

 メジャーな武器などはあるが、ゲームに出てくる斧や釜などが全くない。


 ……もうここまでくると、嫌でも予想がついてしまうがーー


「念のため聞いておくんだけど……斧とかそういうのってない感じ?」

「あんな木を切るような道具が実践で使えるはずないだろ? もう少し考えてからものを言え」

「ーーすいません」


 予想通りといえば予想通りだが、知ってる異世界の要素がないのはどうしても寂しい。

 俺が思い描いているのは理想の異世界で、この異世界はよっぽど現実味がある。

 どこまで行っても、理想は理想でしかない。


 思い描いていた異世界とは少しズレているこの世界のことを思いながら、壁に掛けられいる剣を順に手に取っていく。

 木の棒と同じぐらい軽いものから、両手で支えないと持てないほど重いものまで様々だ。

 形も、レイピアのような細いものに、とげみたいなのがついてるものまである。


 ……正直、どれがいいのか全く分からない。

 どの剣も少しずつ違うせいで、どの剣にどんな効果があるのかが判断できない。

 一個一個レイナに聞いていきたいところだがーー自分で考えろと言われたので聞きにくい……。


 そうやって順々に取っていくと、壁の端から取っていた剣がいつの間にか残り3つになったいた。

 ーーあれ? もう終わり?

 周りを見渡してみるが、他の場所には県は見当たらない。

 

 再確認したところで、少しずつ焦りながらも、残る剣を手にする。

 すると、その剣が俺の手にピッタリと収まった。


「お!」


 軽すぎず重すぎずのちょうどいい按配で、かなりしっかりくる。

 指の関節もちょうどいいところに当てられ、少し掲げても視界に納まりきる。


 試しに少し振ってみると、手に合わせてしっかりと剣が振られた。

 先ほどの木剣のように、軽すぎて手の振りに合わないということもない。

 

 持っていても疲れず、なおかつ手に馴染む重さ。

 触ってるだけで、いいところが次々に出てくる。

 まだ見ていない剣が2つあるが、わざわざ見る気も起きないぐらいに魅力的な剣だった。


「レイナ、俺はこの剣で!」

「剣は生死に直結するぞ? 本当にそれでいいか?」


 思わず、気持ちが高ぶったままレイナに伝えてしまったが、その言葉で一度冷静になった。

 俺が使う剣ーー それは、俺の命を託す武器となるのだ。

 半端なものだと彼女の言ったとおり、死が迫るだけだ。

 それでもーー


「これが一番しっくりきた。これがいい」

「そうか」


 彼女が短く返した直後、中央の鎧コーナーに足を向ける。

 剣を選んだとなれば次は鎧だ。


「おい、ちょっとまて。まさか鎧を着るとか言わないよな?」

「ーーえ?」

「軽量化されてるとはいえ、あれを着てちゃんと動くにはある程度鍛えてないといけないぞ」

「……もしかして、人の心読める能力とかってあったりする?」

「はぁ……やっぱりか。分からないんならとりあえず着てみろ。どうせ、そっちは騎士団みたくそういう想定で鍛えてたわけじゃないんだろ?」

「ま、まぁ」

「ヘーイ兄ちゃん、なんかお困りかい?」

「うわっ!」


 俺とレイナがいろいろと話していると、聞きなれないテンションの声が後ろから聞こえてきた。

 ……やっぱり、後ろから声をかけてくるのはやめてほしい。


「そうだな。コイツが戦いの素人すぎてまともなものを選べないんだ。代わりにいい感じの奴を選んでほしい」

「なーるほどなぁ、兄ちゃん! 戦いってのはそんな甘いもんじゃあないぜ? そこんとこ、ちゃんとわかってるのか?」

「それを知る前に、もう2回も戦いに巻き込まれたからそこは分かってますよ」

「がはははは、そりゃあ災難だな。ま、そうとなれば兄ちゃんにピッタリなもんえらんでやんよ!」


 そう言うと、店主らしきおっさんは、店の奥へと向かう。


 そうであってほしいところでは、現実的なのに、こんなどうでもいいところで思い描くような異世界らしさが出てくる。

 こういう異世界らしさであふれていれば……と思う半面、現実とーーまぁ、現実にもこんな感じの人はいると思うが、異世界ならではのものを見かけると少し楽しくなる。

 いや、きっと俺がまだ知らないだけで、外に出ればまた違ったものが見えるのかもしれない。

 

 すると、奥に行った店主がこっちに向かって手招きをしてきた。

 次に、ふとレイナの方を見てみてみると、俺のことを放って短剣を見ていた。

 人任せにされて少し悲しいが、どうやら店主が呼んでいるのは俺らしい。

 

 待たせすぎないように、小橋入りでそっちの方へ向かうと、耳元に小声で聞いてきた。


「兄ちゃんや、あの嬢ちゃんは兄ちゃんのパートナーっつうことでいいよな?」

「まぁそうですけど」

「おっしゃ、ならパートナーっぽく似た感じの格好にしねえとなぁ。ペアルックっつうやつだ」

「いや、でも、俺まだ彼女と知り合って2日ですよ?」

「何!? そうだってんなら、よりチャンスじゃあねえか。今のうちにアピールしていくがいいさ、兄ちゃん! 格好も似てんだしさ」


 こっちの都合なんてお構いなしに決められていく。

 そんな独特なテンションは別に嫌いじゃないが、ペースにのまれて何も言えなくなってしまう。

 

 ーーそういえば、特に気にしてなかったせいで気づかなかったが、おっさんの言うとおり、彼女と俺の服装は似ている。

 彼女は、パーカーのような前開きの上着を着ていて、その下は多分半袖のTシャツと短いスカートだ。

 それに加え、最低限の装備として胸当てがある。

 そして、膝までかかったスカートから出た足には、鉄の武装が付いたブーツのようなものを履いてる。


 対して、俺の服装も半袖Tシャツに七分丈のズボン、その上からチャック付きの黒いパーカーを前を開けたままにしている。


 で、今おっさんの手に握られているのはーーレイナと同じような胸当てだ。


「ちょっ、おっさん、さすがにそれはよせすぎなんじゃーー」

「お? もしかして、他に好きな子とかいるのかぁ? そりゃあ悪いことしちまったなぁ! ま、パートナーなら仲良くて損なんてねぇよ。おとなしく同じようなのにしとけって」


 そう、強引に押し切られてしまった。

 まぁ、彼女と同じような武装なら、確かに間違えはなさそうではあるが……


「そっちは終わったか? 装備が選べたなら、次は予備の武器を選ぶぞ」

「あ、あぁ、りょうかい」


 そう言いながら、再び短剣のコーナーに戻っていく彼女の横顔が、いつも通りでホッとした。

 あのおっさん、最初の方はしっかり小声で話してたのに、話が進むにつれて声量が大きくなっていくのも本当にやめてほしい。

 あの話が彼女に聞かれてたと思うと……


 それにーー

 俺には悠菜がいる。


 あの明るい声、優しい性格。

 彼女のすべてが、今となっては懐かしいものに思える。


「必ず、戻ってやる」


 そう、前にいるレイナにすら聞こえない声で言葉を振り絞った。


 この世界にはいない、大切な存在に向けてーー

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