第15話 弱者と冒険者
この場には3人の人物がいる。
1人目は座り込んでいる俺。
2人目は立ったままそっぽを向くレイナ。
そして残る1人は、そんな俺たちの様子を見て、困り果てているミルナさんだ。
3人もいるのに、誰もいないかのように静寂に包まれている。
声どころか、呼吸音もろくに聞こえず、耳から入ってくるのはわずかな風の音ぐらいだ。
……負けを思い知らされた。
ミルナさんのおかげで、勝ったことにはなっているものの、それがなければ確実に負けていた。
ていうか、ほぼ負けみたいなもんだ。
あの時……、ちゃんととどめを刺していればーー
……!?
そう無意識に考えていた時、今し方考えていたことに驚かされた。
とどめを刺す? ……俺が? 彼女に?
ーーとどめって、どうやって……
痛めつけるのか? レイナのことを?
剣が折れてる以上、武器となるものは腕や脚ぐらいしかない。
それこそ、彼女のやってきたように蹴ったりしなければ……
確かに、魔法あり剣ありの世界だったらそれが当然なのだろう。
使えるものは全て使い、武器が無くなってもまだ抗う。
そんな世界だと、俺の考えなんて甘すぎるはずだ。
とどめを刺さず、折れた剣を向けるだけーーきっと、ベテランとかはこの行動を鼻で笑うはずだ。
そうだとしても、無意識のうちに、彼女にとどめを刺すという考えが浮かんできたのが……怖かった。
しかし、あの場でとどめを刺さなければいけなかったのもまだ事実だ。
突きつけて、痛めつけて、そのうえで得た勝利は、本当に喜べるものなのだろうか?
本当に、とどめを刺すことこそが最善策だったのか?
もし、そうならーー
俺は、強くなりたいなんて思わない。
俺の目的のためだけに、人を痛めつけるようなことは、絶対にしたくない。
……じゃあ、俺は、冒険者なんてーー
「えっと……なんか空気悪くしちゃったかなー、ごめんね。でも、勝敗は揺らがない。そうでしょ?」
この沈黙を最初に破ったのは、いつもマイペースに話しかけてくるミルナさんだ。
だが、さすがの彼女もバツの悪そうに自分の頬を人差し指で搔きながら言う。
「そっちに判断を任せたのはこっちの判断だからな。納得はいかないが、約束は守る。ーーで、そんなお前の方はどっからか湧き出てきた素人なんかに肩入れしてるんだ?」
「え? いや、いや、私は何もしてないよ? それに、ミカワ君なら私がいなくたってレイナに勝ってたよ。だってーー」
「あの戦い方、お前が教えたんだろ。ってことは、私の狙いを見つけさせたのはお前だな」
「あはははは、じゃ……じゃー、私はとりあえず王様に伝えてくるけどー、2人はどうする?」
「そうだな、面倒見るって言った以上はこっちで上手くやる。それと、告げ口した借りはでかいからな?」
そうやって、彼女たちの会話は終わった。
俺が自分のことに手いっぱいなのに、彼女たちは人のことをひたすらに考えている。
誰に対しても明るいミルナさんも、
一見冷たいように感じるレイナでさえも。
ふと、背中を向いて足早に扉を抜けようとしていたミルナさんが俺の方へ振り返った。
「ミカワ君、期待してるよ。レイナのことよろしくね!」
そう言って、今度こそ扉を抜けた。
そこから、少しずつその姿が小さくなっていき、次第に城の壁に隠れて見えなくなった。
期待する?
俺に? 何を?
何もできない俺なんかに。
躊躇って、石すら貫くことができない俺なんかに、
なんで期待するんだ?
「いつまでそうしてるつもりだ?」
「……」
「言っとくが、やる気のない奴と行動する気はないからな」
何も言えないまま、状況が悪化していく。
このままでは見捨てられる。
この期に及んで、勝利すらも無駄にすることになる。
ーーだが、それでも言葉が出なかった。
戻るという高い目標、それを冒険者になって探し出すという残された道。
そこまではよかった。
それなのに、冒険者になれるほどの実力も、勇気すらも俺には持ち合わせていない。
戻りたい気持ちは誰よりもあるのに、その思いだけでは何もできない。
ーー。
必死に口を動かして言葉を発しようとする。
言葉を探し、この場で言えるものに必死にすがる。
ここで何も言えなければーーそれこそ、もう完全に道は途絶えてしまう。
「ーーなれますか?」
「はーー?」
「痛めつけるのすら躊躇って、何もできない……そんな俺でも、レイナみたいに強くなれますか?」
だが、その言葉は彼女について行くというような意思が反映されているようなものでもなく、最後の最後まで結論を出せなかった疑問だった。
いざという時に何もできない自分が本当に嫌になる。
彼女のことだ、直前になってこんな迷いのある人物を連れて行こうとはならないだろう。
しかし、当のレイナの方はすぐにそんな弱々しい言葉に対し、すぐに言い返さず、少し考えるように間を置いた。
そしてーー
「そんなバカみたいに悩んでる時間があるなら行動しろ。どうせ、考えたところで結論なんて出ない」
「いや、でも……」
「そんなんだからお前は弱いままなんだよ。悩むぐらいならとっととやれ。結論を出すのはそれからだ」
そんな、彼女なりの考え方は、どこか古い根性論のようだが、しっかりと筋は通っていた。
そして、その考え方は俺に今一番必要なものでーー
「それに、お前もそうなんだろ?」
「え?」
「……私には、これしか道がなかった。これしか、生きれる手段がなかった。選んでなんて、いられなかった。ーーそっちの理由なんて興味ないが、どうせそうなんだろ?」
そう言って、座り込んでいる俺へと手を伸ばす。
驚いた。
彼女のことなら俺みたいな奴を置いていくとばかり……
……いや、そうじゃない。
こういう決断を強いられる場面で、つまらないことを長く考えてしまうのはやっぱり俺の悪い癖だ。
だからーー
「くどいようで悪いが、最後に聞くぞ? お前はそれでいいんだな?」
「これしか……手段がなさそうなんで」
俺の手には別の、彼女の手が握られていた。
だが、その手は俺の手よりも冷たく、握られて感じる暖かさというのはなかった。
そして、その手が引っ張られ、立ち上がる。
しばらく正座状態になっていたせいで、足が痺れて上手くバランスが取れないが、彼女の支えのおかげで立ち上がれた。
……やっぱり、彼女はどこか優しい。
いつもは冷たい態度をとって、平気で置いて行ったりもするが、しっかりと助けてくれる。
だからこそ、どうしてそんな態度をとっているのか、余計に分からなくなった。
だが、それを聞くのはタブーだ。
彼女と会って、最初にそれを思い知った。
ーーいつか、彼女から教えてもらえるだろうか。
「んじゃ、行くぞ」
「行くって、どこに?」
「決まってるだろ。お前はその木剣で戦うつもりか?」
それを言われてやっと気づいた。
戦うには武器が必要だ。
いや、それ以外にも色々と必要なものはあるだろう。
そして、俺はそれらを一切持っていない。
なんなら、唯一握った木剣すらも真っ二つだ。
冒険者ーーそれは一見ロマンに溢れた職業だが、最近の小説とかだと夢のない職業だったりする。
なら、この世界はどうだろうか?
いくら悩んだって、やってみないと分からないことはある。
彼女の言った通りだ。
無力な俺でも、ミルナさんに教わった戦い方で、レイナと冒険できる。
それだけでも、十分な成果だ。
ーー今になってやっと、戻れる日が近くなったように感じられた。
そして、何も言わずに扉へと向かう彼女の背を追う。
あんなことを言っていたのにも関わらず、彼女の態度はいつも通りだ。
変わらなくてよかった……
心の奥底で自身でも気づけないほど一瞬、そんな気持ちがよぎった。
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