第14話 勝ち筋と弱者
いつだって、起きてほしくないことに限って起こっていくのに、理想は何一つ叶わない。
今回だってそうだ。
あの時、ミルナさんは言っていた。
ーーレイナは剣を狙ってくる
……こういうことだったのか。
戦闘不能にするというのは、体を動けない状態にするだけじゃなく、武器を奪うことでも達成できる。
痛みすらも感じられないまま、剣と心を折る術。
彼女のいつもの冷たさなら、勝手に痛めつけてくるーーそう、思い込んでいただけで……
勝手に俺がする予定だった作戦を、図らずとも彼女はやってのけた。
俺は……この状況から勝ちまで持っていけるのか?
そもそも、試合を続行できるかもわからないのに……
剣はすでに限界を迎えている。
次の攻撃を受け止められるかすらも怪しい。
今の、この状況から目を逸らしたい。
何も、もう考えたくない。
ーー俺の悪い癖だ。
「そこまで追い詰められても、お前は攻めてこないのか」
「…………」
「はぁ、もういい。終わらせよう」
その言葉が発せられた直後、彼女の足が一歩前にーーその途端、地面を蹴って加速する。
走って近づいてくるというよりも、思いっきりジャンプしているという表現の方が似合うほど、躍動感を持ちながら……剣を構えた。
ーー意味のないことをウジウジと考えてる暇なんてない。
反射的にこれまでの思考を放棄し、右足に力を振り絞る。
その数秒後、俺が元いたその位置に、彼女の剣が通過した。
剣で切り裂かれたわずかな風が、耳を撫で、髪をなびかせる。
あと、数秒遅れただけで……
そこまで考えるのが限界だった。
彼女の瞳が、こちらを捉える。
殺す気は感じられないが、必ず心を折るーーその殺気めいたものが、体を震わせた。
目だけで言ってしまうのなら、あの森で会った獣よりも敵意を感じられる。
左へ回避している俺、そして攻撃が空ぶった勢いに乗っている彼女。
どちらにも、ほんの少しの硬直時間がある。
頭を捻れる、最後の機会だ。
ーーレイナは、剣を狙ってくる
この、言葉の意味……
普通に考えて、レイナに聞こえないように言ってきたその言葉が、意味のないものとはとても思えない。
だが、当然ながらそんなものを考えられる時間なんてものは存在しない。
直感で、最速でかつ最良の手段を取らなけばならない。
考える前に、体を動かして……
浮いていた左足が、地面へと着いた。
一瞬の動きが、勝敗に直結する。
そんな状況だからこそ、視界から外れてしまったレイナが、今まさにこちらへ剣を振っていることが安易に想像できた。
ーーレイナは剣を狙ってくる
その意味が完全に分かった訳じゃない。
危機的状況で、突然才能が開花したわけでもない。
だが、この30秒にも満たない戦いの、断片的な情報から体を動かす。
無力で、力も才能もない、ただの弱者が取れる最後の可能性。
負け続けた者が反射的にできる、最後の手段。
地面に着いた左足に力を入れ、彼女のいる方向へと剣を立てる。
向きを変えて、視界に映った彼女は、案の定剣を振りかざしていた。
左から右へ振るのではなく、上から下へと振る、勢いと体重、全ての力が乗る最強の一撃だ。
剣と剣が近づいていき、その速度も少しずつ加速していく。
だが、そこでその均衡を破るかのように、風が吹きつけた。
ーーいや、そんな生ぬるいものじゃない。
風が風を切り裂くほどの、鋭い烈風だ。
使えるようになったばかりの魔力を酷使し、ありったけの力を込めた。
水なんて余計なものを飛ばさず、風力だけの勢いで吹き飛ばす。
そんな風が、俺の左手からーー右手に握られている折れかけの剣へと充てられている。
そして、俺の剣が、根元から真っ二つに折れた。
本当に、柄と鍔だけの状態だ。
もともと、思いっきり剣を振るだけの勢いでもグラついていた剣だ。
それより少しでも強い衝撃があれば、簡単に折れる。
剣が折れても止まらない腕、そして完全に二分されて宙を舞う剣先、そしてその剣先に触れている彼女の剣。
力のある攻撃は、どんなに受け流そうとしても、少なからず反動を食らってしまう。
しかし、それならば食らわなければいい。
それが、この10秒にも満たない間で行動した結果だ。
折れかけている剣、そしてミルナさんからの助言、最後に負けることを前提とした本能。
その、全てがかみ合って生まれた、まさに偶然の産物。
ーー負け続けてきた、俺にしかできない奇跡。
彼女の剣は、どこにも触れていない剣先を巻き込みながら、虚無の空気を切り裂いていく。
対して、俺の方には体を止めた、ほんのわずかな硬直しかない。
彼女が勢いに釣られたままバランスを崩し、前方へ体が傾いた。
だが、それでもすかさず足を前に出して、転倒を防ぐ。
やっぱり、戦闘に慣れている彼女の動きはとても洗礼されている。
それでも、今回に限っては俺の動きの方が早い。
彼女が大勢を立て直す前に、俺はその無防備な背中に剣を突き立てた。
鞘と、鍔しかない剣の先を、彼女のうっすらと浮き出た背骨に強く押し当てる。
やった……
この、わずかな間だけで、何回も負けを見たが……それでも、どうにかできた。
こんな、無力な俺でも……
「俺の、勝ーー」
そこまで言った時だ。
俺の言葉を遮るように、剣が目の前を通過した。
とても、目で追いつけるような速さじゃないその剣は、俺の右手の甲へと当たり、その衝撃から折れた木剣が抜け落ちる。
それに続いて、打たれた痛みが手全体へと広がった。
今がしっかりと考えながら戦えていたなら、適切な対処ができただろう。
だが、体に任せて本能的に動いていたーーそれは、反射的な動きもしやすくなってることを意味する。
痛いーー
その感覚が、自然と剣を手放し、手を体の方へと引っ込めてしまう。
本来なら、それだけだ。
だが、この生まれた大きなスキを、彼女は逃さない。
再び俺の視界に入り込んだ景色から、体はそのままに顔だけこちらへ向けた彼女が、剣なんかじゃなく、体に向かって打ち込もうとしている姿が見えた。
どうにか防ごうとするが、もう手の中に武器は握られていない。
そもそも、バランスを崩して受け身を取ろうとしてる体では、当然間に合うわけもなく……
剣先が、ちょうど右の横腹に触れーー食い込む。
そして、肉がその衝撃に耐えられず、その勢いのまま体が左へ飛ばされた。
歯を食いしばり、どうにか痛みを和らげようとする。だが、それでも抑えられないほどの衝撃が襲い、声に出せない悲鳴が出た。
必死になって、空気を吸おうとする。
痛みを和らげるため、次の行動を起こすため。
ーーだが、喉が詰まっているかのように息が吸い込めない。
体の中を不自然な圧迫感が押し寄せ、息を吸わせようとさせない。
そのまま、地面に衝突した。
苦しいーー
顔が地面と触れ合い、それでも立ちあがろうと腕を立てる。
息を必死に吸い込もうとするが、やはり感じるのは圧迫感だけ。
どんな考えよりも先に、呼吸するのを最優先に体を動かす。
足りない酸素を求めて、どうにか辺りを見渡すがもちろん解決出来そうなものは見当たらなーー
突如、視界に、1人の足が入り込んだ。
細く、白い足だ。
酸素を取り込めない中、どうにか足掻こうと地面に着いている金属のブーツから出た、その綺麗な足の上へと視線を移していく。
すると、無表情な顔へたどり着いた。
何を考えてるのか分からない、感情が何も読み取れない顔。だが、その目だけは確かに執念が宿っている。
俺を倒すことだけを彼女は考えている。
それだけは、唯一伝わってきた。
そして、最後の一撃が繰り出される。
木剣が斜めに振られ、避けられない位置に向かってきた。
狙いは、もちろん首、もしくは頭か……
それがわかった途端に、感じていた圧迫感が消え、息が詰まる感覚がなくなった。
口からは、新鮮な酸素が入ってきて、必死になってそれを吸い込んでいく。
やっと、まともに動けるようになったーー
やっと、戦える。
戦えるっていうのに……
もう、全ては終わっている。
すでに、彼女のとどめの一撃は振るわれた。
今更、俺が何をしようと、それが変ることはない。
ーーまただ。
また、何もできないまま、全てが終わっていく。
俺が動けるようになる時には、いつも手遅れで……
最後に俺にできることは、彼女の一撃をおとなしく食らうのをただ待つことのみ。
負けたという自覚を自身に植え付けることだけだ。
…………。
「……おい、どういうつもりだ?」
だが、そんな俺の予想に反して、攻撃が当たる衝撃は来なかった。
それどころか、これまた予想外の言葉が飛んできた。
「本当にわからないの?」
てっきり、俺に向けられた言葉だと思っていたが、試合を見ていただけのはずのミルナさんがそれを答えた。
無意識に逸らしていた目を、彼女たちの方向に向けてみる。
すると、剣が一本、レイナに向かって突き立てられていた。
それも、ただの木剣などではなく、ちゃんとした金属で作られた、本物だ。
いつの間にか割り込んで、レイナの最後の攻撃を受け止めたらしい。
「勝負はまだ終わってないぞ?」
「いや、レイナの負けだよ。それをレイナが無理矢理覆しただけで」
「何が言いたい? 勝利の条件は、まだ整ってないぞ」
「それはレイナの視点だけでしょ? 少なくとも、ミカワ君はとどめを刺した」
「…………」
「あの攻撃、もしレイナが同じ立場だったら、あそこで簡単にとどめをさせたでしょ?」
「けど、アイツはしなかった! そんな甘いことが通用するわけーー」
「この試合、レイナは実際負けてるよ。……それとも、そうまでしてミカワ君を勝たせたくない理由でもあったの?」
「そんなことっ……」
「ともかく、今回はミカワ君の勝ちだよ。おめでと。 ほら、立って立って!」
そう言って、彼女は腕を掴んで、座り込んでいる俺の体を無理に持ち上げる。
「レイナもいい加減認めなよー。それに、あの技は初心者なんかに使っていいんものじゃない」
「それでもっーー」
「少なくとも、私の目にはそう映った。今回の審判は私だよ? 詰めが甘いね」
「ちっ、……わかったよ」
そう露骨に顔をゆがめながら答え、舌打ちをした。
ーー勝った、のか?
それが、2人との会話を聞いて、最初に思ったことだった。
ミルナさんは、ああ言ってくれているが、正直全く勝った気がしないーーいや、むしろ負けていた。
最後の一振り、あれをもろに食らっていたら、俺はどうなっていたのだろうか?
しかも、作戦の立て方も、圧倒的に彼女の方がうまかった。
最後に勝ったと思って油断したことだって、全部俺が悪い。
そうだ、いつだって、不確かな希望の奥にあるのは絶望だ。
勝手に勝った気になっていただけで……
結局、俺は何処まで行っても、負けっぱなしの弱者のままだった……。
戻れる日に一歩近づいたーーそれは事実のはずなのに、素直に喜べない。
この試合は、勝敗こそ着いたものの、誰も幸せにしないまま終わる結果となった。
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