第13話 試合と勝ち筋
ーーなら、やってやる!!
と、言ったところまでは良かった。
けど、……やっぱり調子に乗りすぎた気がする。
ミルナさんからも言われたばっかりじゃないかーー慢心してはいけないって。
で、今の状況はどんな感じだ?
感情に乗せて、めっちゃ強そうなレイナに勝負を挑んだ上に、勝利しないと詰むところまで来てしまっている。
確かにあの場ではそうでも言わないといけなかったとは思うが、なんか急に自信がなくなってきた。
ありがちな展開だが、いざ自分がその当人になってみると逃げたくなってくる。
いくら強くなる手段を教えてもらったとしても、それを実行する人間が弱ければ……なんの価値も生み出せない。
……いや、もう考えないでおこう。
たとえ負け試合だったとしても、これしか選択肢がないのには変わりない。
どのみち、なんやかんやで彼女とは戦うことにはなったと思うし。
そうこう考えている間にも、地面の感触が芝生の柔らかいものから、コンクリートのような石造りの硬い道へと変わっていた。
また城の外周を回っているだけだが、それでもかなりの距離があり、なかなか全貌が見えてこない。
一方、この3人の中では会話という会話は行われていない。
前を歩くレイナに俺、そしてミルナさんが付いて行っている形だ。
そのせいか、今から戦うという緊張感が体を震わせる。
一歩、また一歩と歩くたびに必要以上に体が揺れる。
自然と力が入っていた拳には、手汗がひどく篭っている。
「ねー、レイナ」
「なんだ?」
「レイナとミカワ君が戦うって言ってもさ、ミカワ君はまだ初心者だよ? さすがにハンデとかはつけてあげるよね?」
「なんで正々堂々と勝負を挑まれたのに手加減しないといけないんだ?」
「だって、それはレイナの都合でしかないでしょー? ちゃんとミカワ君の覚悟も考えるべきだって!」
「あー、めんどくさいな。わかったよ。私は槍を使わない。ーーこれでどうだ?」
「だーめ! レイナは魔法が使えるでしょ!」
「別にいいだろ。槍がないだけでも十分手加減になる」
「それでも、ミカワ君は剣だってさっき握ったばっかりだよ?」
「はぁ……なら、魔法も無しでどうだ?」
「そーそー、いい感じ! 勝負はお互いにフェアなものでなくっちゃ!」
「…………」
俺のことのはずなのに、俺抜きで会話が進んでいる。
というか……槍は使わないって言ってたけど、槍ってあの背中に収めてるあれのこと?
竹刀とか木刀とかじゃなく、本物で戦う感じなのか?
……もしかしてやばい感じ?
だとすると、やばい……。
すごくやばいな。
「あのもしかして、決闘って殺し合いみたいな感じですか?」
「まっさかー、木刀での勝負とかが基本だよ。帝国とかじゃないんだから」
「まぁ、そうですよね」
「けど、木剣と言っても今回の決着は、どちらかが戦闘不能になるまでだ」
……は?
戦闘不能って、つまり?
殺し合いとほぼ変わらないのでは?
「あー、大丈夫大丈夫。そんな滅多打ちにするわけじゃなくて、相手が戦えない状態すればいいだけだから。例えばー、少しでも動いたら木刀に当たっちゃう状態にしたりとかね」
「良かった。じゃあ怪我とかはしないわけですね?」
「馬鹿か。そんなわけないだろ。戦闘不能にするってのは、骨を折ったりとかそういうのもありだ。それを考えた上で、私に挑んだんだろ?」
「もー、レイナったら、すぐそんなこと言う! そんなんだから友達出来ないんだよ?」
「そんなの興味ない。というか、お前はこのことすら教えずにアイツを戦わせるつもりだったのか?」
骨折……?
戦闘不能って、まぁ、確かにそうなるけど。
というか、聞いてた話と違う……。
いつの間に俺はケガする覚悟で勝負に挑んだことになってるんだ?
……あの森の中では、尖った犬歯で噛まれる痛みを知った。
魔法の爆風で吹き飛ばされ、全身を打たれる痛みを知った。
だが、俺はそのすべての痛みに、耐えられてない。
叫び声をあげて、生き伸びることだけを見てきた。
みっともなく、叫んで、もがいて……。
なのに、今回はそんな痛みすらも耐えなければいけない。
そんな俺に対し、レイナの方は痛みにも、戦いにもきっと慣れている。
ミルナ先生! こんな状況でもあの技は有効なんですか? と、全力で聞きたいところだが、今からレイナの元で俺の手口を明かしてしまったら、それこそ本当に勝つ手段が無くなってしまう。
近づくたびに足は重くなっていき、緊張感は不安へと変わっていく。
白を基調に続いていた城の壁に、ついに終わりが見えてきた。
そして、その先には、また一つの建物が建っていた。
その建物は、城の屋根が青かったのに対し、薄い赤色で複数の大きさの家がつながったような見た目をしている。
どうやら、中央にある広場のようなところを囲んでいるような穴の開いた長方形の形をしているんだろう。
いかにも、騎士団の練習所みたいな場所だ。
「着いたぞ」
またしてもこちらへ振り向くことなく、レイナがそう言って、空きっぱなしの扉に入った。
そして、その後ろをミルナさんも続く。
決戦の場は、ここというわけだ。
今から剣を持つというのに、安定するか不安なぐらい手が震えている。
こんなことをしなくても、帰れる手段はいくらでもあるんじゃないか?
ーーそんな甘い考えを吹き飛ばし、手を強く握った。
肌に食い込む爪が、かすかな痛みを与えてくる。
「悠菜……」
最後に、魔法の言葉となりつつある名前を口にし、足を前に踏み出した。
「ミカワくーん! はい、これ」
扉に入って、真っ先に渡されたのは木刀だ。
しっかりと剣の形はしているが、物を切れるほど鋭くない。
しかも、全然重くない。
金属が使われてないから、当然と言えば当然なのだが……傘よりも圧倒的に軽い。
「ミカワ君は軽いのでいいかな? 重い奴の方が威力は出るんだけど」
「いや、これでお願いします」
「りょうかーい。じゃあ、がんばってね!! 応援してるよ!」
彼女の先をみると、背中に収めていた槍を下ろし、手に持った木剣をいろんな角度に向けている。
見るからに剣に慣れている。
じゃあ、こっちも作戦を……
作戦? あれ?
そもそもの話、
ーーどうやって勝てばいいんだ?
「そろそろ始めるぞ」
「ちょっ……もう少し!」
「……わかった。ミルナ、審判はまかせる」
「まーまー、レイナもそう焦らなくたっていいじゃん」
話が俺へと回ってくる前に、何か……
こういう決闘の時、俺が見たアニメでは……砂を使って目つぶしして、それからーー
そこまで考えた時、地面に手を当てる。
建物に囲まれているとはいえ、場外だ。
砂が少しでもないかと期待したが……全くない。
石でもないが芝生の上にいるような柔らかさのある地面には、砂のザラザラな感触はなく、わずかな凹凸すらも見つからなかった。
終わった……ーーいや、
砂でなくとも、目を少しでも閉じさせることができれば、隙を 作れるはず……
「そろそろ始めるよー?」
「もう、大丈夫です」
「わかった。じゃー、ルールの確認ね? 使えるのは木刀だけと魔法だけ。あ、レイナは魔法使っちゃだめだよ? で、決着の条件は相手を戦闘不能にすること。じゃー、私はあっちで見てるから2人とも頑張ってねー」
そう言って俺の隣を通りすぎる。
まるで役目は終えた、という感じだったが。
「振り向かないで。レイナは剣を狙ってくる」
ちょうど隣に来た時、その言葉が耳もとで小さく聞こえた。
最初の忠告が無かったらすぐに振り返っていたが、言葉通りにぐっと我慢する。
剣を狙うって……どうやって対処すればーー
彼女の足音が、静かな空間に響く中、俺とレイナは全く動かない。
普段汗をかかないような場所から、汗が湧き出て、体を伝っていく。
一瞬とはとても思えないような時間が過ぎていく。
そして、彼女の足音が止んだ。
「じゃーいっくよー。 よーい、始めー!!」
その言葉が聞こえた瞬間、構えていた剣が揺れ動き、剣撃を押さえるーーそう思っていたが……
「どうした? 来ないのか?」
レイナからのその言葉が、沈黙を破る形で始まった。
だが、その言葉を返してはいけない。
相手のペースに乗っただけで、俺の勝ち筋は簡単に消える。
「来ないなら、こっちから行くぞ?」
そう言って、彼女が向かってきた。
すぐに剣を握る手に力を込める。
彼女の動きを見て、剣を止めてーー
そう思っていたが、それなりに開いていたはずの彼女との距離は一瞬で縮まり、上から剣が降り下ろされた。
空気が避ける音が聞こえてきながら頭上へと振り下ろされる刃をーー両手で支え、横にした剣でどうにか受け止める。
確かな重さが腕に伝わり、わずかに体が後方へと下がった。
同じ木刀とは思えない程、攻撃が重い。
ーーいなせ! ーー勢いを流せ!
それだけを考え、片手の力をわずかに抜いていく。
だが、彼女の剣が力を抜いた方向へとわずかにずれたのが目に入った。
一瞬の戦い、瞬きもせずにそれを見た直後、素早く剣を引こうとしたが……
「がはっ……!」
突然腹に衝撃が走り、わずかに体が宙に浮く。
そしてすぐに、背中から地面へと叩きつけられた。
何があったのか、一刻も早く確かめたいが、瞼が開くのが間に合わない。
一刻も早く……
そして、目を開ける前に、腕に衝撃が走った。
だが、それは決して腕を狙われたのではない。
その手に握られていた剣にーー思いっきり衝撃が放たれていたのだ。
どうにか手から剣が抜けないように握っていたが、そのせいで手が思いっきり弾かれた方向に向かってしまう。
剣の腹から撃たれた攻撃は、俺の標準を外すのに十分すぎた。
そして、やっと瞼が開くのが追いつく。
まず目に入った自分の腹部には、誰かの靴痕が押されていた。
ーーつまり、容赦なく蹴られたのか。
どうにか直前に起こったことは理解できたが、それを考える前にーー
最後の攻撃をするため、構えていたレイナの姿が目に入った。
俺を弾いた剣を元の位置に戻し、すぐさま振りかぶろうとする彼女の姿がーー
反射的に、地面についていた左手を地面に擦って、肌がわずかに切れながらも彼女の方に向ける。
彼女が剣を振る直前に、どうにか力を集中させ、風に乗せてーー水を目に向けて発射させた。
どうにか間に合った、という僅かな安堵感を感じたーーが、次に目に映った彼女の姿は、目を瞑りながらも、こちらに剣を振りかぶっている姿だった。
まずいーー!!
そう思ったものの、突然の判断で構えた剣に、まともに防御ができるわけもなく、重い衝撃と共に後方へと飛ばされた。
「なるほど、その小賢しいのがお前の戦い方か。ーー次はない」
そんな声が聞こえた。
痛みを感じる腕、衝撃があった体をどうにか起こし、再び手が震えながらも剣を構える。
だが、そこで気づいてしまった。
また、見たくないものが目に入ってしまった……。
こんな時に限って……なんで、こんなーー
持っている剣ーーそこに、根元から真っ二つに割るような大きなひびが刻まれていた。
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