第12話 魔法と試合
「大丈夫だってー、私がいるからー」
「ですが……ラーレスク様、あの方はレイナ様が……」
「相変わらず心配性だなー、君から王様に伝えといてよ」
「そのお怪我をなさってるところを見るに、とても不安なのですが……」
やっぱり、俺がいると門番に止められるらしい。
ま、そりゃそうか。
だが、確かにその警備の厳重性は安心できるが、止められる側になってしまうとまた話が変ってくる。
「あははー、ごめんねー待たせちゃった。じゃー行こっか」
見ていた感じだと全く出ていい感じはしなかったのだが、彼女が言うなら間違えない……はず! 多分……
そうして門番から不穏な視線が送られてきたが、どうにか超えることができた。
2度目となる橋を越え、また広すぎる庭園を抜けるーーかと思ったのだが、庭園には入らず、城の外周を右側に進み始める。
城の前にはザ・異世界みたいな大通りが広がっていたが、後ろ側にどんな光景が広がっているのかは確かに気になる。
さすがにスラム街とかはない……と信じたい。
そんなことを思いながら進んでいると、急に彼女の手が光始めた。
その光が増していくにつれ、血が止まり、傷が塞がっていく。
まだもともとあった血は手に着いたままなのだが、この数秒のうちに傷口は完全に無くなってしまった。
治癒魔法を始めて見たが、現代医療を鼻で笑い飛ばしてしまうほどのものだ。
正直、すごすぎて言葉にならない。
そんなところをまじまじと見ていると、突然彼女から声がかかった。
「ミカワ君はさ、そんなに元の場所に戻りたいの?」
「……そうですね。残してきたものが大きすぎるので」
「そっかー。じゃー、がんばらないとね」
「頑張るって……何を?」
この世界で、頑張ること。すなわち変えるために必要なことのはずだ。
異世界もので、こういうときは戦いだったり魔法だったりするのがお約束だが、実際のところ何をすればいいのか?
できれば、戦闘とかはしたくないがーー
「戦い慣れ……かな」
「やっぱ、戦うことは必須条件ですか?」
「んー、まー、残念ながらそうなっちゃうね。ミカワ君が転移してきた原因は分からないけど、他国の得体のしれない魔法実験に巻き込まれたか、遺跡に眠る何かの影響っていう2つの可能性が考えられるの。王様だったら、もう少し何か知ってるかもしれないけど、私が思いつくのはこれぐらいかなー」
……やっぱり、帰る方法はわからないか。
こういうときに限って、想像通りの異世界が現れる。
騎士団、冒険者、どちらも今まで竹刀ぐらいしか握ったことのない奴がたやすくなれるものではないはずだ。
ましてや、足場の悪い森の中で、身体能力が桁違いな獣と戦うわけだ。
……無理じゃん。
そもそも、あんなのを相手にてまともに剣が当たるかどうかすら定かじゃない。
さらに、俺に至っては魔法すらもろくに使えていない。
やっぱり、イチかバチかで死んで…………
「もちろん、君がすぐに戦えるとは私も思ってない。ごめんね。でも、生半可な状態で行かせて死なれちゃったら、私も申し訳ないから……」
「まぁ、そうですよね……」
「けど、それは君が戦い方を知らないから。聞いたよ? 魔法が使えないのに、セレシアの攻撃から耐えたんだってー? すごいじゃん!!」
そういえば、あの攻撃をバッテリーを犠牲に1度耐えたということはあった。
失ったものは大きいけれど、とりあえずは生き抜くことができたのだ。
ただ、あんなものはほとんど奇跡みたいなものだった。
そもそも、セレシアさんが来なければ、あの獣に殺されてた可能性だってある。
「あれは本当に偶然ですよ。あと、戦い方を知ってても、実際に戦えなきゃ意味ないんじゃないんですか?」
「まー、実を言うとそうなんだけどね。だから、今から私が教えるのは騙し方。君が強いと……強くなると思わせるだけの方法」
「それが、戦い方……」
「だから……ここは、ミカワ君に聞いておかなきゃね」
そう言って彼女は立ち止まった。
場所にして広い庭園のどこか。
城の側面にはどんな光景があるのかと思っていたが、特に正面と変わらないらしい。まぁ、逆方向だと別かもしれないが。
そして、話しながら歩いていて気づかなかったが、この庭園は、木や草むらが邪魔していて城からうまい具合に視角になっている。
つまり、全く人気がないのだ。
そんな場で彼女が突然襲ってくるということはないと思うが、人に言えないようなやばいことを教えてくれるのだろうか?
ちょっと不安になってきた……
「君は、どんなに傷ついたとしても、元の場所に帰りたいと思える?」
「えっ?」
「例え四肢をなくしたとしても、死にかけたとしても、それでもまだ帰りたいと思える? 君が戻っても完全に元通りになるわけじゃない。それでも、その思いは変わらない?」
突然された質問にしては、重く難しい。
確かに、戻りたいのは事実だ。
ただ、前みたいに死にかけたとしても、あるいはさらに傷ついたとしても……俺はまだ思えるのかーー?
そんな思考が頭を過り、判断を鈍らせてくる。
進むにしても、戻るにしても、ここが大きな選択になると直感が訴えかけている。
痛いのは嫌だし、死にたくもない。
それでも……
ーーここで下がったら、後味の悪い後悔だけが残ってしまう。
そんな気がした。
「思えます! どんなことがあっても、俺は戻るために足掻くと……」
「……わかった。なら、信じるよ?」
そう言うとともに彼女は背中に手をまわした。
だが、背中に何かあるわけでもないので不思議に思いながらも見ていると、突然剣が出現した。
隠れていたというわけでもなく、何もない空間から突然現れたのだ。
「なにそれ!?」
「あれ? 知らなかった? 騎士団の鎧についてる格納の魔道具だよ。でもまー、確かに珍しいものかもね」
剣を軽々と背中から持ってくると、器用に手でくるくると回した後、柄を向けてきた。
そのまま俺の手を引っ張り出し、無理やり握らされる。
そんな俺の方は、何が起きてるかあまり理解できておらず、されるがままに剣を握っていた。
このあと何があるのかと、そのまま待っているとーーいきなり剣を放された。
手の中にある確かな重さが、重力にならって手を巻き込みながら落ちていく中、反射的に腕に力を入れ、バランスを崩しながらも支えきる。
そこで気づいた。
ーー重くない。
いや、もちろん鉄の棒を握っているわけなので、確かな重さはある。
ただ、想像以上の重さはなかった。
本当に傘と同じぐらいの重さだ。
じゃあ、ちゃんと剣を持てるのか!
部屋にあったのはただ馬鹿みたいに重かっただけで……
「じゃあ、試しに振ってみてよ」
そう言われたので、試しに剣を上から下へと降り下ろした。
少し動かしただけで、風を切る音が聞こえる。
やはり、傘なんかとは全く違う、本物だ。
個人的にはじめてにしてはうまく降れたと思ったのだが、どうやら彼女の方はお気に召さなかったらしい。
「悪くはないけど、ちょっとなー。もしかして、剣使うの初めてだった?」
「全く持ってその通りです……」
「あー、そっか。ごめんごめん。じゃあ、そこはちゃんと教えておくね」
すると、彼女は手を差し伸べてきた。
一瞬戸惑ってしまったが、すぐに意図がわかり、持っていた剣を渡す。
「見たところ、ミカワ君の振りも勢いがあってよかったけど、ただ振ればいいっていうものじゃないんだ」
それを言った直後、彼女が剣を勢いよく下ろした。
だが、それは俺のやったものよりも早く、正確で全く手元がぶれていなかった。
剣について何も分からない俺ですら美しいと思えてしまうほどのーー
「こんな感じで剣身をしっかりと切りたいものに当てるのが大事だよ。ほら、次はミカワ君の番!」
*********************
あれから、小一時間ほどが経った。
というか、この世界で時間はどんな感じに管理されているんだろうか?
見た感じ、時計のようなものはこれまでに見ていない。
……さすがに、暗くなったら、みたいな曖昧なものじゃないとは思うが。
「ミカワ君もいー感じになってきたね。実践レベルではまだないけど……」
あれから、彼女からは剣の基礎をいろいろと学んだ。
剣での防ぎ方、相手の動きを予測しながら戦わなければいけないこと。
剣を使うーーいや、戦うときは頭を空にしてはいけないらしい。
常に戦略と予想を考えて、それに体をついて行かせるのだと……
正直に、魔法よりも剣の方が普通に難しい気がしてしまう。
だが、まともに魔法を使えない俺にとっては、これが唯一の手段のわけで……。
「まー、剣の方はこんなもんかな。次は、初級魔法の絡ませ方を言うね」
「あれ? 初級魔法を使うなら、剣の方は必要なかったんじゃ……」
「言ったでしょー、魔法の絡ませ方だって。これは剣があってこそ使える方法。だから剣技もちゃんと頑張らないとダメだぞー!」
なるほど、つまりアレか。
剣に炎を移してファイアソードにしたり、そういう異世界っぽい芸当ができるのか。
ちょっとやってみたいな。
「普段から武器を使う人とか、魔物とかだと剣を使ってたら、魔法は使ってこないと勝手に錯覚しちゃうの。大体魔法をうまく使えなかった人たちが剣を持ち始めるからね」
「おぉ、二刀流的なヤツですね?」
「そーそー。例えば、右手で剣を握って戦ってる時に、いきなり左手から火が出てきたら相手にスキが生まれるでしょ? そういうのを利用していくの」
「あの、ちなみに剣を炎でまとわせたりっていうのはやらないんですか?」
「剣を火にしたって、当たらなきゃ意味ないでしょー? あと、火炎魔法は森とかに燃え移ると大変だから、あんま使う機会はないかなー? 料理ぐらい?」
……なんか、
思ったよりも地味だ。
いや、まぁ普通に考えてそんなものか。
実力のない俺が派手な戦い方をしたところで勝てるとは思えない。
「あ、でもでも、火炎魔法は風に乗るから、相手に向かって風が吹いてる時に使ったりとかは有効かも。とにかく、ミカワ君に合った手段は初級魔法とかをできるだけ効果的に使うこと! 魔法も武器も無しでセレシアの攻撃を耐えたんだったら、頭が結構回るでしょ?」
「頭が回る……っていうことはない気がするんですけど、それでもできますかね?」
「まーまー、とにかくやってみなよー」
確かに、やらずして何か言うのはよくない。
何事も、まず試してからだ。
そう思い、今までとは変わって左手の方に方に力を入れてーー
城では全くできなかったので、かなり力を振り絞ってみたが、すんなりと指先に力が溜まる感覚があった。
魔法無効空間……恐ろしや。
「そーそー、いい調子! じゃー、次はその風魔法に乗せる感じで水を飛ばしてみて!!」
想像するのは簡単だが、2つの魔法を同時に使うというのは意外と難しい。
人指し指から出た青色の光を、手全体で風を生み出してーー
すると、風に乗った青い光が手から離れた瞬間に水滴、そして水となって前へ飛んだ。
すぐに重力にならって落ちてしまったが、昨日のような柔い風ではなく、確かに作り出したものを手から出したのだ。
異世界に来て、ようやく異世界らしいことができた。
それだけでもうれしくなり、見えていなかった戻るという目標に、一歩近づけた気がしてしまう。
「うまいね!! お疲れー、あとは剣を振りながらできると満点だけど、それは実践を積みながらで大丈夫かなー。使える魔法も中級魔法になるとよりいいんだけど」
「これで一応は戦えるんですか?」
「そーね。ミカワ君の立ち回り次第ではあるけど、それなりに行けるんじゃないかな?」
まだまだ不安は残るが、戦えるようになったというのは確かな成果だろう。
本当に、戻れる日が見えてきた。
「ただ、最後に約束して。私は、戦い方を教えただけで、君は立ち回り方を覚えただけ。だからーー絶対に戦い方にうぬぼれないで。ーー君は強くなってはない。だから、圧倒的な実力がある相手とかには全く通用しないよ」
先ほどまでの明るい雰囲気から打って変わって、真剣な雰囲気でそう忠告する。
そんな彼女を初めて見るからか、その迫力に押されてしまう。
強くなってはいない……全く持って、その通りだ。
レイナだって言っていた。中途半端な実力で挑むと失敗すると。
俺の今やっていることは、単なる子供騙しでしかない。
ならーー
「最初のうちは通用するかもしれないけど、それをずっと突き通すのは難しいよ? それに、これはあくまでも私のやり方だから、ちゃんと君のやり方を見つけてね? お姉さんからの忠告だぞ?」
そうだ。
彼女のやり方とは別に、ちゃんとした俺のやり方を見つけないといけない。
これは、そのための時間稼ぎでしかない。
だが、今の俺にできるものも限られている。
だから、彼女が教えてくれたことは何よりも大きい。
「ありがーー」
「おい、ミルナ。私の監視対象を勝手に連れ出すとはいい度胸してるな」
「やっほー、レイナ。というか、私がミカワ君を連れだしたのは、レイナが必要なこと教えてなかったからでしょー! もっと他人を大切にしないとだめだよー」
俺がお礼を言おうとした直後……言っている途中で、他の誰かの声が重なった。
いや、誰かじゃない。
昨日一緒にいた人物ーーレイナだ。
「だいたい、必要なことって……」
「だって、レイナと一緒にいるんだったら、戦い方ぐらいは知っててもいいんじゃない?」
「ばっ……、お前……」
「それとも、もしかして戦わせないつもりだったの? ミカワ君の意思も無視して?」
「当たり前だろ。戦場ってのは……」
レイナがそう言い切る前に、すでに口は開いていた。
後戻りできないのは分かってるのに……
何もできないと知っているのに……
「俺も、戦います! 元の場所に戻るためなら」
「ほらー、ミカワ君もそう言ってるよ?」
「……忠告したはずだぞ。生半可な実力だとーー」
「そんなこと分かってる……それでも、それ以外に俺は方法が……」
「ーーはぁ、分かったよ。じゃあ、お前が私と戦って、もしも勝てたらそれでもいいぞ」
一瞬、言葉が詰まった。
彼女に勝つーーそれは、戦闘になれている人と対戦するということだ。
けど、俺にはーー
「……なら、やってやる!!」
世界とは、常に理想とは真逆になる。
だが、ずっとそれに流されているわけにはいかない。
だから、そんな世界に理想を押し付けるべく、次の戦いが幕を開ける。
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