第11話落胆と魔法
バン!
バン! バン! バン!
何かが叩かれる。
その音が、不意に耳に残り続けた。
ーー誰かが呼んでる。
そんな気がした。
……いや、実際その通りだ。
でも、起きたくない。
目を開けたくない。
ここで目を開けてしまったら、この現実が本当のものになってしまう。
もう、結論を出してしまおう。
俺の異世界での輝かしい時間が……始まらなかった。
始まることなく、静かに終わりを迎えた。
どこまで行っても世界は俺に対して厳しく、理不尽でいてくれる。
ついに、最後の縋る思いだった希望も裏切られた。
何もできない無力感、そして理想という希望がついえた絶望。
この世界にきて間もないのに、そんな感覚を何度味わったことか……
ーーもう、疲れた。
どうせ元の世界には帰れないんだ。
俺みたいな何もできない奴の望みを叶えてくれるほど、現実は甘くない。
身を持って、それを知らされた。
どうせこの世界から出れないんだったら、もう……いっそのこと……
そうしてようやく目を開く。
そして、床に落ちているものに手を伸ばしーー
「おーい、ミカワくーん! やっほー、いないのー?」
バン! バン! バン!
「おーい、ミカワ君? 入っちゃうよー?」
その声とともに、扉が開かれた。
そしてその声の主は俺の方に目を合わせーー顔を青ざめた。
「な、ちょ……何やってるの!! それから手を放して! いいから!!」
そう言って、急いで手を掴んできた。
そして、その勢いのまま俺の手に握られていたものを奪い取った。
……っ、
……ダメだ、
あれがーー
あれが、ないと……
「ミカワ君!!」
強く言われたその一言で、どうにも他人事のようだった光景が一気に戻った。
緊張感、疑念、悲しさ、忘れていたそれらの感情が一斉に湧き出る。
ぼんやりとしていた視界も、焦点がくっきりとし、前にある人物の顔が着っきりと映る。
「……ミルナ、さん?」
「そーそー、覚えててくれてうれしいけど、今はそれどころじゃないや。ーーねぇ、ミカワ君。君、今何しようとしてた?」
そう尋ねられて、手に目を向ける。
何も握られていない手は、中途半端に開いている。
ただ、問題はそこじゃない。
近くに転がっているもの、すなわち、さっきまで握られていたものーー飾りだったはずの重い剣。装飾なのにも関わらず、そこそこ鋭い剣。それが、鞘が外されて落ちていた。
そこでやっと理解が追いつく。
異様なまでの彼女の焦り、そして現実に絶望していた俺の取る手段。
あぁ、そっか。
ーー死のうと、してたのか。
「……取ってくれ」
「え!?」
頼んでも、彼女は驚くだけで取ってくれない。
なので、仕方なく自ら手を伸ばす。
「ちょっ! ほんと何やってるの!?」
そう言って、彼女は手を掴んだ。
その力は強く、薙ぎ払おうとしてもできない。
「……もしかして、ほんとに死にたいの?」
掴んでくる手が邪魔だな。
あれがないと、死ねない。
剣を、早く……
「……だよね。良かった。やっぱ君、死にたくないんだ」
その言葉が耳に入った次の瞬間、体に衝撃が走り、横に吹き飛んだ。
何事かと、痛む体を向けてみると、彼女の足が上がっていた。
どうやら、蹴られたらしい。
「ミカワ君、やっぱり君は死にたいなんて思ってない。なのに、どうしてそんな逃げ方するの?」
「ーーっ!」
「まーまー、私に全部話してみなよー? ちょっとぐらいは楽になるかもよ?」
「ーー死なないと、戻れない」
「え?」
「俺にはもう、死ぬしか、それしか残ってない……」
そうだ。
もう、それしか方法が残ってない。
死んだらーー
死ねばーー
きっと……
「何言ってるの? 死んじゃったら、それで全部終わっちゃうんだよ? ミカワ君はーー君は、これで終わっちゃっていいの?」
彼女の言葉が、すごく刺さる。
憶測でしかないはずなのに、それが真実をついてるように痛くて、苦しい。
俺は、逃げてなんかない。
きっと、まだ試してないだけで……
もう、彼女の話が耳に入らないよう、行動を起こす。
体を起こし、彼女を抜けて、剣の元までたどり着く。
昨日は落としてしまった剣も、想像よりもはるかに重かったというだけで、振り回すことができないというだけで、別に持てないほどのものではない。
そのまま、剣先を喉仏へと向けてーー
「まだ話は終わってない!!」
その剣先に、何かが触れた。
薄い肌色で、触れているところからは、赤いものが滴っている。
彼女ーーミルナ・ラーレスクの両手が、剣先を抑えていた。
ーーえ?
思わず、剣から手を放す。
それでも、彼女の傷口が塞がるわけでもなく、手の中に納まらなくなった血が一滴ずつカーペットにしみ込んでいき、赤い水玉の模様を作っていく。
「な、なんで……」
「当たり前でしょー、そんな死に方ダメだから」
「いや、でも……手が……」
「そんなことより、聞かせてよ。君が、そんな選択をした理由を」
…………。
「もう、死ぬしか……」
「どうして?」
「死んだら、きっと戻れる……。 転移だと思ってたのは、実は転生で、きっともう一回死ねば戻れるはずで! それに、魔法、剣技、全てがダメだった。 だから、転移特典は、死に戻りで、またやり直せるはず……そのはずなんだ!! ゲームでも、いろんな物語でもそうみたいに……。だから、もう、死ぬしか……それしか、もうーー」
「…………」
「だから……お願いです。剣を、ください。ーー死なせてください……」
そう言って頭を下げる。
そうだ。もう、それしか思いつかない。
それに、どうせこの世界で死んでも……
「そっか。ならさ、本当に死にたいならさーー死んでみてよ?」
「え……?」
「剣が無くたって、舌を噛めば、何度も頭を叩きつければ、人って簡単に死んじゃうよ」
「いや、でも……」
「ほら、言った通り。君は、逃げる理由を探してるだけだよ。本当にそれしか選択肢がないんだったら、私と話してる間にでも舌を噛んでるはず」
「そんなことっ……」
「そんなことあるよ。ほんとはミカワ君もわかってるでしょ? だって、理由を探してまで戻ろうとしてる目的が、君にはあるはずだもん」
そう言い切ると、彼女は足元に落ちていた剣を重そうに拾い上げる。
そして、それを床に突きつけると、空いた片方の手を俺の方へ差し伸べてきた。
「ほら、死ねないじゃん。君は、少しでも楽な死に方をして全てから目を背けたいだけだよ。それでもまだ、死にたいならこの剣を取って。でも、もし君がまだあきらめたくないなら……新しい選択を見つけたいって、少しでも思うんだったらーー私の手を取って」
新しい選択がそう簡単に見つかるほど、世界は優しくない。
どこまで行っても理不尽で、不条理で……
本当に、その通りなら……
ーー俺は、
「そーそー、それでいいんだよ。それが、ミカワ君の取るべき答えだよ。ごめんね? ちょっと強く言っちゃって」
俺の手の先にはーー彼女の手が握られていた……否、握っていた。
彼女の手から溢れ出した血が、手を伝って赤く濡らしている。
消えない温かさが、手を包んでくれている。
「教えてください。俺は……俺はどうすればいいんですか?」
その言葉の最後は、どこか掠れていた。
言ってる途中から、何回目かも分からない涙がこぼれてきたからだ。
でも、今回の涙はそれまでのものと違う。
絶望でも、恐怖でも痛みでもなく、優しさがーーこの世界に来てからの初めての優しさが、いつの間にか動かなくなっていた心を揺さぶったからだ。
「それは、君が見つけるものだよ。だから、私がしてあげられるのは手助けだけ。いいよ、ついてきて」
そう言って、彼女は剣を放り捨てて腕を引っ張る。
部屋を抜け、開いていた扉を勢いよく閉めて、廊下へと出た。
手を引っ張られてどこかに連れていかれるのは、この短期間の内で2回目だが、前よりかは俺のことをきずかってくれている。
「どう? ついてこれる?」
そう言って、彼女は手を放した。
ここからは俺自身の意思でーーそういうことなのだろう。
だが、離された手からはどろりとした赤い液体が取れないままだ。
意図してやったことではないが、俺は人を傷つけた。
血を流させて、痛みを味わせた。
だから、ーーこのままついていくわけには……
「本当にすいませんでした。 止めてもらったのに、その……手まで傷つけてしまって……」
それを言うと同時に頭を深く下げる。
許してもらわなくてもいい。ただ、このまま恩を仇で返し続けるわけにはいかない。
そうして数秒が過ぎたのち、彼女の口が開かれる。
だが、その口から出た言葉は予想外のものだった。
「あー、ごめんね。血が出てたこと忘れてた。……もしかして握ってる時、気持ち悪かったかな?」
「……いや、その、俺のせいで痛い思いをさせてしまったので」
「大丈夫大丈夫! 全然気にしなくていーよ! このぐらいで君の命が救えたんだったら、安いものだからね。死んじゃったら、もう戻らないからさ……」
聞いた感じ、気にしてはいなさそうでよかったが、それ以上に大きなことが引っかかる。
まるで、本当に傷ついてることどころか、痛みすら忘れてしまってるようだった。
そして最後の、どこかさみしそうに言った言葉。
それらの違和感が残り、どうにも後味が悪い。
「それに、私は治癒魔法つかえるからねー」
「え? 使えるんですか?」
「まー、私もそれなりの騎士だからね。それぐらいは使えなくちゃ」
「あれ? じゃあ、なんでその手、治さないんですか?」
「忘れてたってのも、あるけど……ほら、城の中だからさ」
「……?」
「あー、そっか。ミカワ君は知らないんだったけ? この城、魔法無効化の結界が張ってあるから魔法使えないよ?」
……。
…………。
ーーえ!?
この人、今なんて言った?
魔法が使えない?
じゃあ、俺の昨日の行動はーー?
全部……無駄だったってことか!?
そう思った瞬間、思わず絶望してたのが馬鹿らしくなり、急におかしく感じてしまう。
昨日とは違う、楽しさが溢れる笑いが口から漏れていく。
「あれ? もしかしてミカワ君、城で魔法使おうとしてたの?」
彼女が、笑いをこらえながら聞いてきた。
俺が笑ったままうなずくと、彼女の口からもまた、笑いが漏れた。
城の、廊下の一角で2つの笑い声が響く。
しばらくして、どこかの誰かさんとは違い、振り向いて待ってくれている彼女の元へ足を踏み出す。
「そういえばさー、ミカワ君。君、また口調が堅苦しくなってるぞー。もっと楽に、タメ口とかでも全然いいからさー」
たとえ無力でも、周りよりも劣っていても、きっとできないことがないわけじゃない。
まだ、結論を出すには早すぎる。
そうだった。
俺の異世界生活は、まだ始まったばかりなのだ。
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