第10話 希望と落胆

 

 太陽はすでに地平線の奥へと落ち、街灯と月明かりだけが辺りを照らしている。


 昼は明るく、夜は暗い。

 その認識と周期は日本と何ら変わらないが、明らかに違うものがある。


 ーー月の模様だ。

 

 12月とかそっちの方の期間の月じゃなく、地球の衛星だった月の方だ。

 ぱっと見は同じなのだが、クレーターの位置が全然違っている。

 元の方は、ウサギだとかカニだとか言われている模様になっていたが、ここに浮かんでいる模様はーー何だろう……?

 もしかすると、月ではなく似たような衛星とかなのかもしれない。


「ここまで何も知らないかったのか……。はぁ……ため息が出てくるな」


 と、そんなことを考えていたら、隣からまた辛辣な言葉が飛んできた。

 まぁ、実際その通りだから何も言えないんですけどね。


「それはともかく、本当に城に泊ってもいいのか? またスパイだとか言われたりしない?」

「城にはそれなりの数の客室がある。たかが1人増えたぐらい問題ないだろ。スパイと思われるかどうかはお前の行動次第だ」

 

 昼に通った道をまた戻り、今は庭園の入り口付近はを歩く。

 行くときは前の景色ばかりに目を奪われていたために見ることがなかったが、俺が出てきた城というのもかなり迫力のあるものだ。


 城と呼ばれているからには、テーマパークにありがちな尖った屋根がたくさんある感じのものだと思っていたが、実際にはそんなこともなかった。

 だが、宮殿ほど平べったいわけでもなく、直線と曲線が程よくかみ合わさった、ちょうど宮殿と城を足して2で割ったような見た目をしている。

 

 そんなおしゃれな城もある異世界の街並みなのだが……どこに何があるのか全く知らない。

 城の前に観光ガイドでもあるとうれしかったのだが、今ここで無いものねだりをしてもしょうがない。

 まぁ、つまり、宿屋とかホテルがどこにあるかさっぱり分からないのだ。

 何ならお金すら持ってないが……


 そういうわけなので、特に彼女と話し合ったわけではないが自然と城に泊めてくれるという話が出てきた。

 こんなことなら、わざわざ城から出てご飯食べなくてもよかったのでは? と、つい思ってしまうが、それもこれも何も知らない俺が悪かったので置いておくとする。


「そういえば、魔法って中級とかもあるみたいな話してたけど、具体的にはどんなのがあるんだ?」

「そうだな。まず、単純に風を起こしたり水を出したりするのが初級。で、それをもっと特化させたり別のものと合わせられるようになったら中級ってとこだな」

「じゃあ俺の起こした風の魔法も、風力でなんか切れたり飛ばせたりしたら中級ってとこか?」

「端的にまとめるとそんな感じだ。言っとくが、そう簡単にできるものじゃない」

 

 なるほど。

 つまりは、そんな攻撃魔法が使えたら俺も一人前ということなのか。


 もはやこの世界では常識と化してしまってる魔法は、使うのにイメージと力を意識するのが大切らしい。

 手に力を籠め、魔力の流れと使いたい魔法のイメージをすれば、意外といける。

 常日頃さまざまな妄想に浸っていた俺ならば、イメージするぐらい簡単なことだ。


 なので庭園に着く前、街中を歩いている時に試しに火を起こすのをイメージしてみたら、確かな熱さとともに赤く輝く火が指先に現れた。

 そこまでは良かったのだが……


 ーーただ、どうやら火の魔法は早めにどこかへ飛ばさないといけないらしく、熱さだけが残り……結果、軽いやけどを負った。

 説明、大事、絶対。

 あんなの初見でわかるわけない。


 そんな少し過去のことを思い出しながら歩いていると、もう見覚えのある橋まで来た。

 前に思った通り、下には城全体を囲むように水が通っている。

 ただ、驚いたのはその水にはしっかりと流れがあるところだ。水をきれいに保つためだと思うが、どうやって流しているのかが微妙に気になる。

 

 ここまでの道のりは決して近くないはずなのに、あっという間に感じられた。

 ずっと考えたり思い出したりしながら歩いたからだろうか。

 できれば、1人で考えながら歩くのではなく、隣を歩いてるレイナと話し合ったりしたかったところなのだが……残念なことに彼女の方にその気はないようだ。

 いくつか質問できた程度で、そこからの話題に繋がらなかった。


「あぁ、客室を一つ借りたい。多分王にも言われてるだろ」

「ですがレイナ様。あの方を一人にするには……」

「わかってる。けど、奴にそんな力はない。大丈夫だ」

「…………わかりました。我ら王のご命令でもありますので」


 門番との話が終わったようで、城の中へと入っていく。

 もちろんその際、俺の方へ振り向くことはない。

 この1日でそんな塩対応になれたーーとは言っても、やはり少しばかり寂しさがある。

 それを奥底へとしまい、俺も彼女に続いて城へと入った。


 入ってすぐの正面に見えたのは曲線を描くように上へと伸びている一対の階段だ。

 とは言っても、さっき降りてきたのでそこに驚きはないのだが、2階部分が吹き抜け、天井には大きなシャンデリアがあるという高級ホテルもびっくりなロビーだ。

 

 さすがに、降りてきた時とは見える景色が違う。

 そんな光景につられるように前へと歩いていくと、手を引っ張られた。


「……そっちじゃない」


 彼女はそれだけ言うと、正面ではなく、左右に広がる廊下の右側を進んでいく。

 そして俺はいきなり引っ張られたせいでバランスを崩し、今にも転びそうな体勢でどうにかついていく。

 そんな勢いのまま廊下を曲がり、階段を上っていき……ようやく彼女の足が止まった。

 ……ここまで転ばずに来れた俺を褒めてほしい。


 途中でそんなこともありながら、風景の変わらない廊下のとある一室の前でやっと手を離された。


「着いたぞ」

「この部屋?」


 その俺の問いに答えは帰ってこなかったが、代わりにその部屋の扉を開けていた。

 茶色の木でできた両開きの扉から内装が覗く。

 

「ほら、ここがお前の部屋だ。何かあったらそこにある通話鏡で連絡してくれ。」


 俺が内装を観察していると、そんな様子に構わず来た道を戻ってしまう。

 突然のこと過ぎて一瞬ぽかんとしてしまうが、すぐに彼女の手を掴んだ。


「え? 説明それだけ? もうちょっと教えてほしいことがあるんだけど」

「なんだ? 最低限は教えたはずだぞ」

「それが最低限すぎるんだって! とりあえず、トイレと風呂は部屋の中にあるって感じでいいのか?」

「そんなことも……あぁ、いや、お前は異世界から来たんだったな。一度しか言わないからよく聞いとけよ」


 彼女は心底めんどくさそうにしながらも、説明してくれる。


「お願いします」

「まず、お前の言ったとおり、風呂もトイレも部屋についてる。それと、通話鏡の使い方だが、基本的に私につながるようになってる。横にボタンがついてるから、押してる間だけお前の声が私に届く」

「なるほど」

「それと、言い忘れたが1人であんま部屋から出るなよ? めんどくさいことになる」

 

 普段の彼女は短くしか話してくれないが、こういう時は細かく説明してくれる。

 猶更、彼女という人間が分からなくなった。

 本当にどうして感情を表さないのか……


「他に質問がないなら私は行くぞ」

「あ、最後にもう一つ聞きたいんだけどーーこの部屋って防音だったりする?」



 *********************



 異世界転移ーーそれは何者かの手によって、または何かの拍子に、もともといた世界から別の世界へと飛ばされることを指す。


 漫画やアニメでしか起こり得ないことなのだが、まさか現実にこんなことがあるなんて……


 だが、この展開が漫画やアニメ通りだというのなら、この後のお約束もきっとそのままだろう。

 ーー転移や転生では、基本的に最強レベルの転移特典がついてくるものだ。


 見た限り聖剣エクスカリバーや魔剣グラムなどはないが、あきらめるのはまだ早い。

 最強ステータスで無双やら、禁断魔術で征服やらができるはずだ。

 まずは……そう。ステータスを開くところからやってみよう。

 

「ステータスオープン!!」


 部屋いっぱいに響きわたるほどの声でその言葉を叫ぶ。


 ーー1秒、2秒と時間だけが立っていくが、特に何も起こらない。

 目の前に画面が表示されるわけでも、視界の右上にゲージが表示されるわけでもない。


「あれ? ……いや、そんなはずない! ステータス!! オープン・ザ・ステータス!! プロパティ!!」

 

 手当たり次第で叫んでいっても、特に何も変化がない。

 頭の中に誰かの声が響くこともなく、力が湧き上がる感覚もない。

 空気に指を当ててスライドしても、何をやってもダメだ。


 ……。

 …………ま、まぁ、ステータスはさすがに現実的じゃないよな?

 バーチャルゲームでもあるまいし。


 そう結論づけて、次の行動に出る。


「コマンド!!」

 

 しかし、やはりいくら待っても何も起こらない。

 叫んだ言葉が、跳ね返ってくることもなくどこかへ消えていくだけだ。

 いや、消えていくのは言葉だけじゃない。

 希望、期待、望んでいた未来のすべてが虚空へと消えてなくなっていく。

 そして消えていくたびに、それを補おうとするかのように絶望、落胆、不の感情が押し入ってくる。


 無双のできないーー何1つ成すことのできない異世界生活に何の価値があるか。

 世界の常識すら知らず、魔物1匹におびえ、力どころか金すらない。

 そんな状況でーー生きていけるかすら分からない状況で、元の世界に帰ることなんてできるのか?

 

 ここにきて言葉を交わした人は少ないが、その様子とわずかな会話だけで予想がつく。

 異世界に帰る方法なんてーーいや、そもそも異世界が存在することすら知らないんだろう。

 俺の思っていた、『輝かしい異世界世界』なんて、夢のまた夢だった。


 じゃあ、どうやって、俺は…………


 部屋の中央、そこで立ち尽くしていたが、ふと壁にかかっているものに目が行った。

 大きく、太く、長い剣だ。

 鞘には宝石が埋め込まれているかの如く輝きを発していて、とても美しく見えた。


 ……そうか。

 俺の特殊スキルは剣を使いこなせる能力かもしれない。


 そう思い、救いを求めるように手を伸ばした。

 鞘に左手、柄に右手が来るように支え、ひっかけてあるところから取り外すーーが、その瞬間、するりと手から抜け落ちてしまった。

 そのまま、鈍い音を立てて落下する。

 足のあったところより少し前に落ちてくれたため怪我こそしなかったが、それのせいで今の今まで縋っていた希望が壊される。

 

 ーー重い。重すぎる。

 もともとは装飾品の上に、大部分が金属でできているので当たり前といえば当たり前なのだが、それにしても重すぎた。

 剣を振る才能どころか、剣を持つことすらできなかったのだ。

 

 そんな単純なことを理解するのに、かなりの時間がかかった。

 認めたくない。

 信じたくない。


 もしこれが現実であるなら、それこそ終わりじゃないか。


 こんな、わけのわからない異世界で、なんの力も、才能も、何一つなかったら、どうやって帰れば……、どうやって生きていけば…………


 信じられないーー信じたくないあまり、手当たり次第にいろんなことを試していく。

 有名ゲームの呪文、有名アニメの技名、有名なーー


 何度も、何度も繰り返し、それでも何も起きず、自分の目すらも疑わしくなってきた。


 最初のような勢いのある声はとっくに枯れはて、乾いた声が弱弱しく出ている。

 そして、それらの声はすべて虚空へと消えていく。


 ついには声の代わりに咳が出て、現実へと引き戻される。

 足の力が抜けていき、後ろにあったベッドに腰を下ろした。


 ……。


 ……。


 あ、

 まだ、まだ一つ、

 試してないものが、あった。


 この世界ならではの魔法だ。

 まだ……魔法を、試してない。


 それに気づき、抜けていく力をどうにか振り絞り、指先に力を入れていく。

 確か、レイナは、2つの魔法が合わせられれば、中級だって……


 その言葉に従って、目を瞑り頭の中でイメージを固めていく。

 流れが指先へと集まっていき緑、そして青い光が一瞬だけ現れーーそして消えた。


 ーーえっ?


 訳が分からないままもう一度繰り返すーーが、結果は同じだ。

 試しに、さっきできた弱い風を生み出そうとするが、それすらも不発に終わった。


 もう一度、もう一度、もう一度と試してみるが、それでも結果が変ることはない。

 

 ……何回かやった後、力なくだらりと腕を下ろす。

 もう、繰り返すことが馬鹿らしくなってきた。


 「はは」


 「はははは、」


 「ははははははははーーはぁ……」


 口から力なく笑いが漏れてくる。

 全身から力が抜け落ち、ベッドの上に力無く突っ伏した。


「……なんでだよ」


 やわらかいシーツに拳を振り下ろす。

 何度も、何度も、力なく降り下ろす。

 

 そして、腕にすら力が回らなくなった時。

 気づけば、頭を埋めているシーツがほんのりと湿っていた。

 それは少ししょっぱく、絶えず溢れ出ている。


 「なんでだよ……なんで、こんな…………」


 帰れないと察してしまった瞬間、元の世界での思い出が、絶えず頭に浮かんでくる。

 家で待ってくれているだろう両親、いくつもの会話を重ねた友達。

 大きいものではなかったが安心できた家、長い道のりの先にある学校。

 今となっては全てが懐かしい過去の物へと成れ果てている。


 思い出も、経験も、何もかも。

 すべてが、この世界に残っていない。

 誰も、覚えてくれていない。

 この世界でただ一人、孤立している。


 「悠菜ぁ……」


 最後に、大切な……大切だったであろう人物の言葉を吐きだした。

 

 あきらめずに縋っていたものーーそのすべてに裏切られ、ついには声を出す気力すら無くなった意識は、深い闇に落ちていった。


 それでも、目から流れ出るものは、止むことなく流れ続けていた。

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