第9話 進行と希望

 どうやら、この世界には箸というものが存在してないらしい。


 現に、目の前で鉄板に乗った肉を切り裂いている彼女の手に握られているのはナイフとフォークだ。

 お皿にはスプーンが立てかけられている。

 だが、それだけなのだ。

 どこを探しても、箸どころか棒の一本すら見当たらない。


 ……まぁ言われてみれば、箸って結構異端だよな。

 そもそも何故箸を使おうと思ったのだろうか?


 しかも、そんな洋風の食文化なら主食となるのは芋かパンかになると思っていたがーーその隣にあるのは米だ。

 タイ米などの細長いものではなく、日本でよく見かける毎日食べた米だ。

 コシ◯カリとか、その辺だ。


 だからパッと見、ステーキのチェーン店と同じような感じがこの店にはある。

 ……めっちゃうまそう。


 それに対して、俺の目の前にあるお皿には何が盛られてるだろうか?

 まず、メインとなるのは肉だ。それは間違えない、多分。

 ただ、サイコロステーキのごとく正方形に小さく切られているのが並び、上からはちみつみたいなソースとパスタみたいなのがかけてある。

 

 ーー何だこれ?


 俺がその料理を見た時にまず思ったことはそれだった。

 まずソースがよくわからない。

 少しネバっとしてる。やっぱどう見ても、はちみつ……だよな?

 しかも、パスタみたいなのがちょっとだけ盛りつけてあるのにも関わらず、隣には平気な顔してご飯がある。


 君はあれかな? よくお弁当である油を吸うための肉の下から現れるパスタと同じなのかな?


 大人しく、レイナと同じものを注文しておけばよかった。

 もしかしたら、俺が頼んだのはかなりチャレンジ系のやばい料理なのかもしれない。

 

 そんなことを考えながら食べる訳でもなく、いろいろな角度から料理を見つめていると、正面から声が響いた。


「おい、聞いてるのか? こっちはわざわざ説明してるんだぞ?」

「あぁ、もちろん聞いてた聞いてた。えっと……アレだろ? この国の成り立ちについてだっけ?」

「ちっ、聞いてたか。一回しか説明しないからな? よく聞いとけ」


 そう言って、再び説明し始めた。


 俺が今いるのはどこか洋風な料理店の中だ。

 床は暗めの木が使われているのに対して、壁は白くなっているので落ち着いた雰囲気がある。


 さて、どうしてこうやって説明を受けながらご飯を食べているのかという話になるのだが、あの時に王室に途中参加した彼女でも、俺の状況はある程度分かっていたらしい。

 きっと、グレイルかセレシアあたりが説明してくれていたのだろう。

 流石王様。仕事が早い。


 そのおかげで、城を出て庭を超えた直後に、こうして休めるところでいろいろと教えてもらってるというわけだ。

 

 歩く人々も鎧にドレスのような恰好、髪色もバラバラ。

 目に入ってくるものすべてが物珍しく、少し歩くだけでも新しい発見がある。


 そんな光景が広がる中、彼女も彼女なりにどこか連れて行こうとしてくれていたみたいだが、お約束の中世風の街並みの中、あのこんがりと肉を焼く匂いには勝てなかった。


 この世界にきて口に入れたものがリアルに土ぐらいだったせいで、食欲を掻き立てられていたということが彼女にバレーーという経緯で、この店に立ち寄ったというのがあらすじである。

 そんなに大きくおなか鳴ってたか?

 鳴ってなかったと思うんだけどなぁ。

 

 ともかく、そんなわけで彼女から国に関しての説明を受けているというわけだ。


 彼女が言うに、この国ーーレセンブルグ王国はかなり前から王様中心の政治をしてきたらしい。

 お金のある貴族たちが実権を握り、下された指示を国民が従う。

 実際、それでもそれなりに長い間はそれでも問題はなかったらしい。


 だが、今の王グレイルがその席に就く一代前、時間にして十数年前に事件は起きた。

 長く続く王政の形は、金と権力に溺れた権力者たちだけで進んでいき、ついに国民に一切の自由を奪おうとする独裁化が始まった。

 最初のころは、国民も嫌々ではあるが従っていたらしく、大きな問題は起きなかった。

 

 だが、そうしてるうちに資金の乏しい王都から離れた村などで飢饉が起こっていき、ついに国民も動き出した。

 歴史の授業でそれなりに出てくる言葉。

 腐敗した権力者に対して不満がたまった時、必ずと言っていいほどに起きる出来事。


 そうーー革命だ。


 外側から怒りに満ちた国民たちが、そして内側からはごく少数の疑問を持った権力者たちが、一斉に立ち上がり、武器を持ち、知恵を集めた。


 ーーとは言っても、最初のころは貴族達によって鎮静化されていたらしい。

 見せしめるために処刑まで行い、一人残さず殺していった。

 それでさらに怒りを覚えた人々が、魔法、金、武器、そしてまさかの科学までも使い、ついに王を討ち取ったらしい。


 ちなみに、とても活躍したグレイルは王へと人々から推薦され、他の人の多くは騎士団に入団している。

 それで、今度は腐敗することなく、うまくグレイルが回しているといったところだ。


 ってことで、今がある。


 俺がその話を聞き終わるころには、目の前にあった謎料理の皿には、肉と絡みつくことができなかった悲しみのはちみつソースが残っているだけだ。

 まぁ、はちみつとかじゃなくて、何ならちょっとピリ辛でかなりうまかったけど……。


 というか、あんな感じで話しかけられたけど、実はグレイルってめっちゃすごかったんだな。


 それと、この残ったはちみつソースも全部食べ切るべきか……?

 

 話の余韻に浸りながらいろいろと考えていると、一つのことが頭をよぎった。


「レイナさん、レイナさん」

「ーーだから私はレイナでいいと」

「あぁ、いや、そういう意図じゃなかったんだけど、まぁいいや。魔法の使い方って教えてもらえたりする?」

「は? 何言ってーー」

「あれ? もしかして、そんな簡単に使えないほど難しい感じ?」

「あぁ、そうか。お前魔法使えないのか。悪い」

 

 珍しく彼女からの謝罪が聞けたかと思うと、彼女は机の上に置いていた俺の右手を掴んで傍まで引っ張った。

 そのまま、手首の脈あたりに手を当てられる。

 訳の分からないまま身を任せていると、突然体の中に何か流れ込んできた。


 ーー!?


 思わず手を引っ込めた。

 何だ? 今の……


「やはり魔法に触れてきてないな。今のが魔法の……なんだ? まぁ、言ってしまえば流れみたいなやつだ。それを元にいろいろと魔法が撃てる」

「それ本当? 何か毒とか流してない?」

「そんなことして何のメリットがある? はぁ……ともかく、今のをできないと話にならない」

「げっ、まじで? 流されただけだと、どうやればいいかわかんないんだけど」

「そう慌てるな。焦りは常に命取りになる」

 

 そう言うと、彼女は指先をくいくいと動かして俺に指図する。

 どうやら、もう一度手を出せと言ってるらしい。

 このまま引っ込めてても進展がなさそうなので、仕方なく手を出して手のひらを上へ向けた。

 するとすぐに彼女の手が脈へと重ねられた。


「今から言うことを繰り返せ」


 そう言うと、俺の返答も無しにまた手に何かを流し始めた。

 水が流れていく感覚……ともまた違う。

 何とも例えられない不思議な感覚。だが、どういうわけか違和感はない。

 目で見ても何も見えないが、確かに何かが通っている。


 すると、彼女が何かの単語を呟いた。

 意味もわかないし、聞いたこともない言葉だ。

 よくある魔法の詠唱とかだろうか?

 とりあえず、彼女から聞いたまま口に出す。


 言い終わった直後、指先に今まで腕の中で流れていた何かが一気に大きくなり、指先までその感覚が伝わってきた。


 そして、人差し指から光があふれる。

 その光は、空間上に一瞬で魔法陣を描き、さらに漏れ出す光を中心へと集めていく。


 そして、魔法陣の中心に丸い球体を作り出した。すると、次の瞬間にそれは突然はじけ、風を巻き起こした。


 小さい球だったために威力はほとんどないかと思ったが、着ていたパーカーがなびいて、前髪を上へと押し上げる。

 扇風機ぐらいの威力はありそうだ。

 魔法陣は、光の玉を撃つと同時に消えてしまった。

 

「お前、初めて魔法使うにしてはうまいな。適性でもあるのか?」

 

 そんなことを言われたが、すっかり聞き流してしまった。

 それほどに、魔法を使えたという事実が感情を揺さぶってきた。


 やった、


 使えた!


 魔法だ。魔法!

 人類の夢とまで言われた魔法を、俺が使えた。

 風が、どこからともなく巻き起こって……。


「レイナ! 今の魔法はなんて言うんだ?」

「名前? 今のは誰でも使えるような初級だ。名前なんてない」

「え、まじ? というか、魔法って誰でも使えるものなの?」

「そりゃそうだ。逆に魔法が使えないと、生活に支障が出る」


 ……魔法って誰でも使えたのか。

 そう思った途端、少しだけ気分が下がってしまった。

 よくよく考えてみれば、魔法が発達してる国ならそれが日常生活に活用されるのも当たり前か。


 だがしかし、おそらく日本人……いや、地球人初の魔法なのにはきっと変わりないはずだ。

 しかも、レイナからもうまいと言われた。もしや、これこそが転生特典となる最強の魔法適正なのか!


「今のがある程度の基本だ。詠唱はあくまでも手助け程度な上に、丸暗記しないと何の効果もない。だから、使いたいんだったら早い話、感覚を覚えろ」

「ちょっと待ってくれ。じゃあ、今のなんか流れてる感じのやつを一人でやれってのか!?」

「その通りだ。それぐらいなら子供だってできる」


 感覚を覚えろと言われても、何をどうすればあんな感じになるのか見当もつかない。

 腕の中に何かが通る感覚ーーえ? どうやれば再現できるんだ?


「もう少し、具体的なアドバイスとかっていうのは……ないですかね?」

「教えるのは嫌いなんだが、はぁ、とりあえず、もう一度腕を貸せ。あと、目を瞑ってあの感覚をもう一度イメージしてみろ」


 言われるがまま腕を差し出し、瞼を閉じて頭の中で再度あの感覚を想像する。

 すると、彼女の手が俺の手首のところに乗せられた。

 そして、再び腕の中で何かが流れ始める。

 循環し、また戻り、流れていく。


「そのまま。そのまま流れを指先までもっていけ」


 んな無茶な、と思いつつもイメージしながら指先に力を入れる。

 しばらくは流れが動かなかったが、少しずつ指先の方に力が溜まっていくのを感じる。

 すると、だんだんと指先で光が集まっていき、再び魔法陣を形成していく。


 その光景に軽く感動を覚えながら、指先から力を抜いてみた。

 その瞬間、魔法陣が溶けるように消え、代わりに少しの風が生まれた。

 

 それに驚き、目を開く。


「どうだ。感覚はつかめたか?」


 そして、いつもの無機質な声が、耳へと入ってきた。

 全く感情を感じ取れない声だ。


「感動してるのは別にいいが、私の質問は無視か?」

「あぁ、ごめん。 まだ感覚がつかめたとまではいかないけど、何となくは分かった気がする」

「そうか。ちなみに、私は途中から魔力を送ってなったから、あの魔法の発動はお前の力だ」

「本当に?」

「ああ。あとは早く中級ぐらい使えるようになってくれ」


 自転車を押してもらっている手をいきなり離された、という感じではあったが、とりあえずは一人で魔法を使えるようになった……のか?


 そう思い、とりあえず試しに右手の流れを意識してみる。

 すると、確かにあの得体のしれない感触にたどり着いた。

 新しく流れを作っているというよりも、今まで気づいていなかった流れを意識して見つけ出すという感覚の方が近い。

 そのまま、指に力をこめて流れを持っていく。

 一度感覚を掴んでしまえば、再現するのは意外に簡単だ。


 力を込めていくとともに光によって魔法陣が完成し、その中にエネルギー弾(仮)が生まれた。

 思い浮かべたものが違ったからか、さっきとは光の色が違う。


 そして、魔法発動のタイミングで思いついたことが好奇心と子供のころから引き継いだわずかないたずら心が思考をくすぐり、人差し指をレイナの顔の目の前までもっていく。

 そして最後に今までより強い力を込め、次の瞬間風を巻き起こした。

 その風は彼女の顔に直撃し、背中まで降ろされた髪を一気に後ろへ吹きつける。

 

「なっ!? テメェ! 魔法は人に向けちゃいけないいて事すらわかんないのか? それとも……」

  

 100%俺が悪いのだが、テメェ呼ばわりされるのはちょっとショックだ。……けれど、無機質で無表情な彼女から驚くところを見れたはちょっとうれしいな。

 

 うん。ーー謝るか。


 ほんの少しの喜びを得た後、わずか2秒でその結論に至り、すぐさま頭を下げる。


「すいませんでした……」


 とりあえず謝罪をしたが、彼女からの反応は特にない。

 ーーやばい、怒らせちゃダメそうな人を怒らせた。 

 どうする? 土下座か? 異世界でも土下座は有効なのか?

 

 そんなことを考えながら、彼女の顔色を伺うために下げていた頭を一度上げる。


 ーーその時だった。

 突然、顔に勢いよく何かが撃ちこまれた。

 目と目の間、鼻の上を集中的に何かが当たっている。

 そしてそれは顔全体を濡らしながら重力にならって伝って落ちていく。

 

 あ、これ水だ。

 ホースから一気に出る……というよりは水鉄砲の噴射に近いがそれなりに威力はある。

 そう思った次の瞬間、水の噴射の狙う先が数センチずれ、左目に直撃した。


 ーー!!

 

 反射的に目は閉じられたが、それでも威力は変わらない。

 即座に顔を伏せてどうにか当たらなくはなったが、少しだけ目がジーンとする。


「だぁー、目が! 目がぁ!」


 水の攻撃が止んで、すぐに彼女の方に目を向ける。

 すると、彼女は少し笑うように表情を作ると、口を開く。


「ざまぁみろ。あんま悪戯するなよ? 殺されかけてもこっちは責任取らないからな?」


 確かに、今回に限っては俺が悪い。

 けど、それにしても容赦ないな……。

 そんなことを思いながら、カウンターへと歩く彼女を慌てて追いかける。


 そういえば、彼女の笑ったあの顔ーーあれは少し悠菜に似た雰囲気を感じられた。

 こうして少し一緒に行動するだけで、優しく明るい悠菜と少し冷たく無感情な彼女とでは真逆に感じてしまうが、それはまだ彼女ーーレイナの感情を見れていないからな気がする。


 もしかしたら、彼女も内面は悠菜みたいな人物だったりするのかもしれない。

 それか、今がそうじゃなくなってしまっただけ……なのか?

 何か理由があって、昔から変わってしまったみたいな。


 レイナがカウンターへとたどり着き、小銭を出したところでその思考を一度中断する。

 俺だってうまい高そうな料理を食べたんだ。せめて俺の分のお金ぐらい払わないと申し訳ない。

 そう思い、スマホすらもスッポリと入るほどのポケットの中を探るが、そこで気づいてしまった。


 ーーない!


 ない……。ない! 

 どこを探してもない……。


 城で目覚めてから直でここまで来たせいでまったく気づいてなかったが、いつもの馴染んだ重さがない。

 前に爆発したモバイルバッテリーはともかく、スマホと財布がないのはおかしい。

 俺の頑張って貯めた3200円が……


「あ、そういえば言ってなかったな。お前の所持品は検査のために全部回収した」


 ありとあらゆる可能性を探るため体中のあちこちを触っていると、さすがに不審に思ったのか彼女が声をかけてきた。


 ん? というか、回収されたって?

 まぁ、確かに当たり前といえば当たり前だが……


「そういうの、もっと早く言ってくれない?」

「悪かったな。ただ、そんな大切なものならもう少し早く気付いた方がいいんじゃないか?」

 

 そんな会話をしていると、いつの間にか会計も終わっていたため、外へ出る。

 明るかったはずの空はすっかり暗くなっていて、肌に当たる風も少し冷たいものになっていた。

 

 異世界にきて1日、説明を受けて誰でも使えるような魔法を使えるようになり、終わりを迎えた。

 漫画とかラノベとかの展開通りに行くとちょっとペースが遅い気がするが、それでも大きい成果だ。

 

 だが、異世界なのにも関わらず、俺が無双できたり秘密の能力が使えたりなどの展開が全く持って見えてこない。


 ーー本当に、元の世界へ戻れるのだろうか。

 そんな不安が一瞬、頭を過る。


 いや、だがここは異世界だ。

 誰もが憧れるような、剣と魔法の異世界だ。


 そう。俺はここに来てから、まだ魔法しか試していない。

 転移されたからには、異世界おなじみの俺しか使えないチート能力とか、俺だけ持ってる最強ステータスがあるっていうものだ。


 そして強くなっていって、元の世界に帰還! その勢いで悠菜と再会してーーそう考えると、なんだか異世界も悪くない気がしてきた。


 俺の異世界での輝かしい時間が、今始まる!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る