第8話 発見と進行

 ……気まずい。超気まずい。

 

 この状況で、まず真っ先に出る感想はそれだった。

 その確固たる証拠として、未だに俺は何も言えずにいる。

 

 少しでも彼女のことを理解できれば、接しやすくなるかもしれないーーその考えが甘かった。

 彼女の目ーーそれは、よほどのことが過去にないとあんな目はできない。

 おそらく、当の本人もそこについては触れられたくなかったはずだ。

 だからこそ、彼女は会話を強制的に終わらせた。


 つまり、ここまでの話をまとめると……俺が完全にやらかしてしまった形になる。

 最初よりも、さらに距離が開いてしまった気がする。


 どうしよう。

 このままだと本末転倒だ。


 そんなことを思いながら、王室へと続いていた広くて長い廊下の中央をひたすらに進んでいく。

 敷いてあるカーペットが足音を消し、より無音を際立たせている。


 流石に、これからお世話になりそうなのに、あれから何1つ会話ができてないのはやばい。

 何か……そうだ、天気でも聞こう。

 困った時は天気の話だ。

 だが、日本で定番だったとしてもこの世界ではそんなことないかもしれない。


 そうやって話題を探していると、どこからか声が聞こえてきた。


「だぁから、アイツはスパイか何かに決まってる! 今すぐにでも……」

「げっ、」


 その声の主は、何かと俺のこと何かと俺のことを悪く言っていた男の声のものだ。

 俺が今いる廊下の少し先、そこで十字に交差している左側の廊下から聞こえてくる。


 この先のどのあたりにいるのかは分からないが、このまま進んでいくと顔を合わせるのは避けられないはずだ。


 そして、ここの廊下の幅は広い。

 そのため、枝分かれしている通路の幅も同様に広くなっていて歩いているだけでも目立つ。さすが城? 宮殿? といったところだ。

 だが、今回はそれが裏目になった。

 あまり関わりたくないところだが、進まないわけにもいかないからしょうがない。

 

 特にペースを落とすこともなく、十字になった通路に差し掛かる。

 気になって横を振り向いてみると、廊下の少し奥の方で、誰かと話していた。

 何か話しているようだが、小声で話しているようで聞こえてこない。


 どうか気付かれませんようにーー


 心でそう願いながら通り過ぎようとしたところで、ついにあの男と目が合ってしまった。

 その途端、露骨に顔を歪ませ、舌打ちをしてきた。

 ……明らかに、俺のところまで聞こえるように。

 

 ……。

 せめて何か言ってやろう。 そう思った時、左腕を強く引っ張られた。


「あんな奴は無視しとけ。かまってやるだけ時間の無駄だ」

 

 そのままぐいぐいと進行方向に引っ張られていく。

 意外と力が強い。

 

 そして、あっという間に通路が一本道へと戻り、あの男の姿が見えなくなった。

 さすがに、会話を中断して追いかけてくるほどではないらしい。


「レイナさ……レイナ、あの人は?」

「あれか。古い風習しか頭に残ってないゴミ貴族の生き残り。そのくせ、無駄に権力と資産、そして悪知恵の働く頭を持ってるのがめんどいんだよ」

「え、じゃあ、今みたいに嫌われたらやばいんじゃ……」

「まず、あれはほのんどの奴に対してあんな感じの態度だ。いちいち気にする必要もない。ただ、今まで積み上げてきたこの地位と同じ立場に、突然現れた訳のわからん奴が入り込んで来たらいい気もしないだろ」


 ……言われてみれば確かにその通りだ。

 俺はどういうわけかわからんが、王であるグレイルに親しく接してもらえている。

 本来、この世界でそこまでしてもらうには、どれくらいの努力をしないといけないのか。


 そんなことを考えながら、進んでいく。

 絵画の立ち並ぶ廊下を進み、6人が横で並んでもまだスペースがありそうな幅の大階段を降り、また長い廊下に足を踏み入れる。

 あの気まずい雰囲気からそれなりにしゃべれるようになったからあの男にも感謝しないといけーーいや、やっぱ嫌だな。


 景色の変わることない道をひたすらに歩いていくが、森を歩いているときのような気持にはならない。

 扉の形や、飾っている絵画にそれぞれ違った特徴があるのもあるだろうが、前にいる彼女の存在が大きい気がする。

 たとえ会話をしなくても、孤独じゃないという確認ができるだけでも安心できる。


 やっぱり、周りに人がいるというのはいいものだ。

 できることなら、悠菜と一緒に歩いた時のようにいろいろなことを話せるとより良かったのだが、状況が状況なので高望みはしでおこう……。


 そのまま歩き続け、廊下の半分あたりまで来たところだろうか。

 2人の白銀の鎧に身を包んだ兵士が歩いてくるのが見えた。

 確かに、ここまで広い場所なら見回りもいて当然だ。

 その2人は、俺たちが通り過ぎようとしたところで立ち止まり、こっちへ向いて一礼した。

 それなのに、そんな2人に対しレイナは何の反応も示していない。


 2人がまた進みだしたところで、足早でレイナの隣へと追いつく。

 そしてふと思ったことを聞いた。


「あの人たちはセレシアさんとレイナみたいに騎士なのか?」

「あぁ、あいつらは確かに王国騎士団の団員だな。けど、1つ違う。私は騎士団に属してない」

「え、でもその恰好は……」


 事実、セレシアさんみたいに全身に鎧をまとっているわけではないが、パーカーのような前が開いた上着から少しだけ覗く胸当て、そして何より背中に携えている槍。

 しかも、その恰好で王室にまで行っているということはそれなりに名が知られているはずだ。

 

「お前本当にこの国のこと知らないのか」

「いや、国というか、この世界そのものがわかんないんだけど」

「とりあえず、聞かれたことを答えるぞ。この国では、騎士団の他に冒険者っていうのがある。で、私は騎士じゃなくそっちだ」


 それを聞いて、胸が高鳴った。

 冒険者ーーそれは、異世界のみに許されたロマンある職業。

 未知を探し、強敵と戦い、世界を知る。


 早く元の世界へ帰りたいという気持ちもあるが、そんなロマンも捨てきれない。 

 まさか本当に実在したとは。


「冒険者って、誰でもなれるのか?」

「まぁ、ある程度の実力があればな。ただ、中途半端な戦力でなったとしても早死するだけだ」


 確かに、彼女の言うとおりだ。

 冒険者ってことは、強い魔物とかとも戦うことになるはずだ。

 ということは、俺が森で出会ったあの狼、あれだけでビビってたらお話にならないんじゃ……


「お前、戦えるか?」

「……」

「まぁいい、この話はまた後だ」


 彼女はそう言って、話しを区切った。

 そして、ペースを上げて先を歩く。


 いつの間にか、果てしなく長い廊下には終わりが見えていた。


 そしてその先には、王室の扉よりも大きい門がある。

 そこは開いているようで、外からの光がとりこまれていて少し眩しい。

 さらに、その周りには騎士団の一員と思われる傭兵が数人たち並んでいる。

 

 近づいていくにつれ、外の景色が鮮明に映し出されていく。

 そして、うっすらと鮮やかな緑が姿を現した。

 城の前に広がるのはーー庭園か?

 

「出たぞ。王国ーーレセンブルグに」


 門を出る直前になって、彼女が言った。

 だが、その言葉を気にせずに足を止めることなくそこをくぐる。


 日光が明るすぎるぐらいに照らす中、目に最初に映ったのは橋だ。

 しかし、その距離は長くない。

 よく見かける川にかかる橋とほぼほぼ同じ大きさだ。

 水の流れる音がかすかに聞こえるところから、城の周りによくある池や貯水池があるのだろう。

 

 それよりも、目は別の場所にを映した。

 道の先にある大きな噴水に、美しく咲き並ぶ花が植えられた花壇。

 その周りには、整えられた草木と白い休憩所のような建物がバランスよく配置されている庭園がある。


 庭園があるのはあらかた予想通りだが、さすがにここまで広いとは思わなかった。

 学校の校庭とは比べ物にならないぐらい、遥かに広い。


 そして何より、そのさらに先に見える景色。

 異世界と言えばのお約束な中世風の建築物がいくつも立ちならんでいる。

 

 それらの景色を目にして、再びーーいや、三度、ここが異世界だという実感が湧かせられる。

 ただ、すでに大きな絶望を味わったせいか、今はそれほど悲しみや理不尽に対する怒りは感じられない。

 少しだけだが受け入れられてきたような気がする。


 それでも、元いた世界ーー地球、その中の日本内ではないと思うと、自然と少しの寂しさがにじみで出てくる。

 まぁ、意外と帰る方法を知ってる人がいるかもしれないしな。  

 1番知ってそうなグレイルに、次会った時にでも聞いてみよう。


 そう思うと同時に、立ち止まっていた俺を無視して先を行っていたレイナの後を急いで追った。 

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