1章 別れがあるということは、出会いだってある。

第5話 徒労と出会い

「ーーーー」

「ーーーー、ーーーーーーだろ!!」


 何か、激しい声がぼんやりと頭に響く。

 次第にそれが耳から入ってきているものだとわかり、声も正確になっていく。


 しかも、意識が覚醒していくにつれ、聴こえてくる声が多くなっていた。

 どうにも、俺の周りにかなりの人がいるらしい。

 ーーいや、そもそも本当に人なのか?


 そんなことをぼんやりと思いながら、最後に頭に残ってることを思い浮かべる。

 血に塗れた体、感覚が麻痺した神経。

 そこから、一つの結論へと考えを導く。


 ーーそっか、俺死んだのか。


 まぁ、考えてみれば当然だ。

 あんな怪我をしたのに、今はどこも痛くない。

 というか、逆にあの状況に陥って生きて帰れる人なんてそうそういないだろう。


 今となっては、もう悔しさも悲しみもない。

 確かに心残りや未練はあるが、自分でも驚くぐらいあっさりしている。

 死んだ者は生き返らないーーその絶対なる秩序が、自然と希望観測的な可能性を断ち切っているのだろうか。


「ーーーーーだぞ! ーーなーーーが、ーーーーーなわけねぇだろうが!!」


 誰かの罵声が聞こえる。

 その声は、想像していた死後の世界に連れて行ってくれる天使の声とは似ても似つかなかった。

 うるさいな。

 

 聞こえてくる声が多くなっていくほど、鮮明になっていく。

 聞いている感じ、一人や二人だけではなく、それなりに大人数らしい。

 それも、何か言い争ってるぐらいの声量と勢いだ。

 何を揉めているのだろうーーそうのんきに考えていた時、想像絶する言葉が聞こえてきた。

 

「ーーーには、ーーんだぞ? 直ちに処刑すべきだ!!」


 しょけい? あぁ、なんだ。処刑か。


 ……。

 ーーえ!?

 処刑……? 誰が? 俺が?


 言葉の意味をようやく理解できた時、反射的に半分眠ったままになっていた意識が一気に覚醒した。

 重い瞼を見開き、前に進むほどの勢いで身を乗り出す。

 しかし、両手両足が何者かに引っ張られ、不自然な金属音がなっただけだった。

 

 なんだ?

 なんで体……が……?

   

 そう思いながら引っ張られた右手に視線を移すと、おのずとその答えにたどり着けた。

 手首にーーいや、足首にも枷がはめられている。

 そして、そこから伸びる鎖は広い部屋の壁まで、腕を曲げられないほどしっかりと張っている。 


 足は正座の体勢でーーきっと地面にでも繋がれているのだろう。

 それを確認するのは別に難しいことじゃない。

 だが、今の光景が目から離れなかった。


 豪華な装飾に覆われた、とんでもなく広い一室。

 その中には数十人という人がいるが、その全員が赤や青などの色彩豊かな髪色の上に、服も現代の日本では見られないようなものだった。

 ……いや、それだけなら全然よかったのだが。

 今、俺を除く全員が俺のことを凝視したまま、時が止まってしまったかのように固まっている。

 

 大勢に見つめられているーーその圧迫感と緊張感が動くことだけでなく、言葉を発することすらも躊躇うほどだった。

 

 誰も瞬きすらしないまま、時間だけが過ぎていく。

 広い空間の中、静寂だけがひたすらに貫かれる。

 熱くもないのに額から出てきた汗が頬を通て顎の頂点へと流れ、そのまま音もなく落下した。そして、地面に敷いてある高そうなカーペットに染みが生まれた。

 それを合図にするように、奥の方にいた銀髪の、絵に描いたようなひげをつけた中年の男が、最初にこの沈黙を破った。

 

「お、おい…… 貴様! 貴様は何者なんだ?!」


 俺に向かって指を指しながら、そう言った。

 だが、不思議なことにその声はどこか震えているようにも感じられた。


 ……は?


 わけがわからない。

 何言ってるんだ?

 強いてわかることと言えば、ここが天国のような優しい場所ではないということぐらいだ。


 そもそも、俺が何一つわかっていない状態なのに、そんな質問になんて答えられる訳ない。

 しかも、何者ってなんだ?

 お前らこそ誰だよ。


 この謎の圧迫感から抜け出したい一心で思考をめぐらす。

 だが、逆に沈黙を面抜いたことがまずかったのか、別の男が口を開く。

 

「いいから答えろ!! お前は何者だ? どこから来た!!」

 

 その声が部屋に響いたを境に、今まで傍観していた人たちが次々と口を開いていく。

 もちろん、そのどれもが俺に対する質問だ。

 何者か。 どこから来たのか。 どうやって入ったのか。 どうして起きたのか。 

 投げかけられる疑問は様々だ。

 中には何言ってるかわからないものまである。


「答えられないのか? ……やはり帝国のスパイなんだな? いいから吐きやがれい!! 殺されたいか!」


 ひたすらに質問は飛んでくるのに、俺の言葉を聞こうとしている奴は1人もいない。

 知らない奴らから意味の分からないことを言われ続け、疑われ続け、ついに我慢の限界に達した。

 

 こいつらが何を聞いてきてるなんてわからない。

 だが、いろいろと聞かれているように、俺だって聞きたいことはたくさんある。

 何なら、俺の聞きたいことの方が多いんじゃないのか? 


 ……もううんざりだ。ーーいい加減にしろ。


 知らない森に転移させられ、攻撃を食らい、その上これまた知らない場所へと連れてこられ、挙げ句の果てに拘束されてるわけだ。

 それを、黙っていれば好き勝手にーー


 深く息を吸い、口を開ける。

 喉から空気を振り絞り、その口から声がーー出なかった。

 ーー否。突然聞こえた音により、最初の発声がかき消された。

 

 だが、それは俺だけではない。

 今まで疑問を投げつけていた奴らが、この一瞬の内に一斉に黙り込んだ。

 視線を見るに、俺の真後ろで何かが起こったようだが……拘束されてるのに加え、重くなった空気のせいで振り向くことができない。

 

 再び舞台は沈黙の場へと戻る。

 後ろで何が起こったのか、それを考えようとした直後、その疑問に答えてくれるようなタイミングで新しい声が響いた。


「皆よせ、客人の前だぞ!」

「今日は客などお越しにならないはずでは? それに、コイツはーー」

「言わないとわからないか?」


 その声、そして短い会話を聞いた奴らは揃って体を震わせ、顔を青ざめながら入り乱った陣形から大急ぎで整列をしていく。

 ちょうど俺のいる中央を避け、部屋の左右に綺麗な列を作った時、後ろからカーペットを柔らかく踏む音が聞こえた。


 そのまま、俺を避けるようにして左隣を手枷を繋いでる鎖の場所を潜って前へ出る。

 それに続いて1人、また1人と同じように先頭の人物に続いていく。


「あっ!」


 3人目が視界に入った時に、思わず声を漏らしてしまった。

 だが、それも仕方ない。

 

 それは、透き通ったように綺麗な青髪。

 それに合わせるように青い布が使われた鎧。

 女騎士というイメージにピッタリの姿。

 後ろを向いているため、顔こそ見えないがその人物のことはなによりも記憶に刻まれている。

 ーー間違えるはずない。


 それは、あの時……攻撃をしてきた人物だった。


「お、お前はーー」


 思わず、声を漏らしてしまう。

 すると、その言葉を言い切る前に周りの視線が一気に重くなった。

 見てみると男どころか、この場だと少数の女性すら睨んできている。

 

 手足の動きを封じられ、言葉も発せない状況に陥入り、先頭の人物が前の見るからに高級な椅子に腰かけるまで見ていることしかできなかった。


 その人物がひじ掛けに両腕を置く。それと同時に、後ろをついてきていた2人が両隣へと立つ。

 こう見ると、王室の玉座に見えてくるーーいや、実際そうなのかもしれない。

 中央に座る王と、側近の2人。


 やはり、全員髪色が気になる。

 青色に金色。王と思わしき男に関しては金と白が混ざらずに存在していて、もうよくわからないことになっている。

 普通、こんな奇抜な髪色をしていたら、誰かしら驚くような反応をするだろう。

 しかし、この場にいる誰もがそのような反応を見せないどころか、黒髪なのが俺以外にいない始末。

 

 ーーそうやって周りを見渡す俺のことを待っていたのだろうか、ちょうど俺が正面へと向き直したタイミングで座った人物が口を開く。


「突然の無礼を許してくれ。しかし、こちらとしても非常事態なんでな」


 その口調は、先ほどの奴らとは違い慌てた様子なく、格好と同じで堂々としている。


「まぁ、まずは互いに自己紹介といこう。既知かもしれないが、俺の名はグレイル・シェーテ・アレクシス。この国ーーレセンブルグの国王を担ってる」


 あぁ、やっぱり王だったのか……

 男の話を聞いて最初に出た感想はそれだった。

 だが、目の前に最高権力者がいるということは、すなわちこの返答次第で死もあり得るということに他ならない。


 そう考えた途端、一途の緊張が全身を走る。

 もともと不自由な体が、さらに動かなくなった。

 だが、今この場で何もしないわけにはいかない。 

 そのため、慌ててこの沈黙の間を埋めるように口を開いた。


「えっと……ご丁寧な対応に感謝いたします。遅れてしまい申し訳ありませんが私の名は三河恵斗と申します」


 取ってつけたような、俺自身でも違和感を覚えるほどの敬語を並べた。

 そのうえ、ほとんど感情のこもっていない棒読みだ。

 敬意のカケラも存在しない。


 緊張してるからしょうがないと言えばしょうがないのだが。

 それでも、どうやら周りの奴らも同様の評価だったようで、プルプルと握ったこぶしを震わせているおっさんが俺に指を指しながらーー

 

「なんと……なんと無礼な! 偉大なる国王の前であるぞ!」


 と言ってきた。

 んな理不尽な……。


 声を聴いて分かったが、このおっさんさっき処刑すべきとか言ってきた人だ。

 よくも、やってくれたな……、

 

 内心でそんな愚痴をこぼしているところに、再び声が響いた。 


「よせ、言っただろ」


 具体性のない短い言葉。

 だが、そこには圧倒するほどの迫力とわずかな怒りが含まれており、意味はこの場にいる全員に伝わった。

 あのおっさんはーー罰の悪そうに顔を背けている。

 まるで、自分は関係ありませんとでも考えているかのように。


「すまないな。また無礼を働いてしまった。だが、国としての非常事態の故、この無礼の数々をどうか許してほしい」

 

 王はそう言葉を続けた。

 俺の勝手なイメージでしかないが、王というのは悪く言うと独裁者だ。

 もちろん、いい王だってたくさんいるのは分かってる。

 だが、政治どころか、国そのものの動きを変えることができてしまう立場に正直言っていい印象はなかった。

 歴史の授業だと、悪事を働いていた王が目立って紹介されたということもあるだろうが。

 だから、てっきり言葉や敬語を注意してくるんじゃないかと思っていたから、ちょっとばかし意外だ。

 

 ただ、目上の人から許してほしいといわれても、返答に困る。

 立場が立場の上、神のセリフのようにに、あなたを許しますーーと言うわけにはいかない。多分殺される。

 しかも、大丈夫です、などと軽く流してしまえば、また外野に何かしら言われそうだ。

 どちらにせよ殺される。


 俺が返答に悩んでおどおどしていると、再び王が救いの手を差し伸べてきてくれた。

 

「皆、よく聞け! これから国家機密に関わる重要な会談に入る! セレシア・アーネット、そしてミルナ・ラーレスク以外の者は直ちに退出せよ!」


 そう言い切るとともに、右手をバッと前に突き出した。その瞬間、部屋の左右に列になって並んでいた人たちが次から次へと不満1つ言わずに視界からいなくなっていく。

 ーーちなみに、唯一あのおっさんだけが退室の時に舌打ちをしていた。

 なんなんだあのおっさんは。


 次第に足音が小さくなっていき、最後に後ろからバタンという扉が閉まる音が聞こえた。

 そして、俺と、玉座にいる3人だけが残った。

 先ほどまでの大勢がいることによるにぎやかさのようなものはなく、逆に誰もいないように思えてしまう静寂が再び訪れた。

 

 ……。

 …………。

 ………………。


 あれ?

 やっぱこれは俺から話を切り出すべきなのか?

 

 そうは言っても、何を話せばいいのかは分からない。

 さっきの感じの悪い奴はもういなくなったとはいえ、テキトーなことを言ってしまった場合、どうなるかわからない。


 それに、一番の問題はその隣の奴だ。

 まず間違えなくあの時に森で攻撃を仕掛けてきた奴だ。 

 どういうわけか目を逸らしているが、何をしてくるかわかったもんじゃない。

 俺が今、鎖につなげられているのも十中八九彼女が原因だろう。


 そして、残った一人に関してはすごいニコニコしている。

 ……いったい何がそんなに面白いのだろうか?

 今の俺の姿を見て、滑稽とか思ってなければいいが……

 なんというか、不気味だ。

 

「まぁ、その、なんだ? 先程はすまなかったな。こちらとしても、管理が行き届いていなかった。その代わりと言っては難だが、敬語など使わなくても問題ない。慣れていないようだし、使いにくいだろう。」

「王様なんだから、もうちょっとビシッとカッコよく言ってもいいんじゃないですか。しかも、国家機密って……もう少し言いようがあったんじゃないですかねー?」


 すっかり大衆の前とは話し方が変わった王に、左隣に立っていた少女が突っ込む。

 だが、その口調はどう聞いても軽く感じる。……少なくとも、目上の人に使う言葉使いではないことは確かだ。

 まぁ、側近だからそんなものなのだろうか?


「じゃあ、お言葉に甘えてこんな感じで軽くいかせてもらいます。えっと、王……様?」

「呼び方も、そんなに堅苦しいものでなくてもいいぞ。グレイルとでも呼んでくれ。」

「じゃあ、グレイルさんと呼ばせてもらいます。それでできれば、この状況を説明してもらえるとありがたいんですが……」


 突然の王様の呼び方に戸惑いながらも、少し言葉を濁しながら説明を求めた。

 とりあえず、俺はわざわざ拘束されるようなことをした覚えはない。なんなら、右に立っている奴から攻撃だって受けている。

 今は分かることが何一つない状態だ。せめて今の状況ぐらいは知っておきたい。


 そして、肝心のグレイルのほうはーー右手を顎に当てて何かを考えたのち、顔を上げた。


「そうだな。確かにミカワ・ケイト、まずこの状態を説明できていないのは失礼だったな。謝罪しよう。だが、悪いが先にこちらの質問に答えてほしい。そうすれば、全て説明することを約束しよう。ーーもちろん、返答次第では例外もあるが……」


 あ、最後になんか不穏なワードが聞こえてきた!

 いや、まぁ、確かに他国のスパイですみたいなことを口走っ足りしたら、そうですかで済むはずないもんな。 ーーあれ?

 

 今、何かが引っかかった。ーーなんだ?

 けれど、その正体を掴む前にグレイルの口が開く。

 

「まず、1つ目だ。お前はどこからどのように来た? そもそも、国内外どちらだ?」

 

 いきなりすごいのが来た。

 1つ目のはずなのに、なんか一気に3つぐらい質問された。

 とりあえず、来たところは日本だよな? だから国内っていうことで…………


 ーーえ?


 でも、周りの人とは言葉が通じて……

 いや、待て。それどころじゃなかったから、半分ぐらい聞き流していたが、グレイルはなんて言ってた?

 確か……レセンブルク、とかだったか……?


 じゃあ、ここはーー

 その瞬間、今まで感じていた違和感の数々が線でつながり、1つの解へと導かれた。

 聞きたくない。聞いてしまったら、もう……


 だが、場簿空気はそれを許してはくれない。

 恐る恐る口を開き、震える声で答える。

 

「俺がいた国は……日本です。ここは日本ですよね?」


 それを聞くと、グレイルは再び考えるような仕草をし、次に右にいる少女に目を向けた。

 だが、その少女はしゃべることなく首意を横に振るだけだ。

 そして、再び考える姿勢をとった後、やっと手を顎から離した。

 

「ニホンーーだと? それは本当に国名か? 地名や島の名称ではなく。少なくとも、俺はそのような国に聞き覚えがないのだがーー」

 

 冷酷に、淡々と信じられない事実が告げられたのだった。

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