第3話 攻撃と決意
人工物による攻撃ーーそれはこの場に俺以外の誰かがいることを意味している。
だが、それは敵か味方か。
野生動物には危機が起こるのを予測する力があるというが……あのオオカミの行動こそがまさにそれだった。
それすなわち、俺が手も足も出なかったあの獣よりもやばい攻撃ということになる。
だが、不幸中の幸いとでもいうべきか、先の一件で『死』の恐怖を間近に体験してしまったため、先程と比べてどうにか冷静に考えることができた。
ここまで聞くと、威嚇射撃でもして俺を助けてくれたようにも感じるが、あの攻撃はそんな用途に使うにはあまりにも威力が大きすぎる。
俺諸共吹き飛ばすつもりのようだった。
それに、もし威嚇射撃なのだとしたら、俺のすぐそばに向かって撃ってくるだろうか?
下手したらこっちは吹き飛んだ木の破片を食らって絶対に重傷を負っていた。
そこから導き出せる結論は2つ。
相手が俺の存在に気づいていなかった。それか……
最悪の事態を想定する。
もしーーもしも、生きているものに対して無差別に攻撃しているのだとしたら……
実際、現在では動くものに反応するものがいくつも開発されている。それを考えると、別にありえないことではない。
決してそうであってほしくはない。だが、希望をいともたやすく打ち砕かれる絶望を、もう体験してしまった。
今回だって、おそらく希望通りにはいかない。
死ぬ……のか?
…………
いや、まだだ。
まだ、全てを決めつけるには早すぎる。
そう思うと同時に、一歩踏み出す。しかし、それに応じるように先ほど噛まれたところから強烈な痛みが襲ってきた。
見てみると、パーカーの袖は破れて素肌がむき出しになっていた。
しかも、そこにはくっきりと歯形がついており、特に犬歯が刺さっていたであろう2か所の傷からはどす黒い血が手首まで流れている。
確かに先ほどまでは気にする余裕がなかったとはいえ、気づかなかったのが不思議なぐらいだ。ーーそれほどまでに、痛みがひどい。
本来なら逃げるべき状況なのだろうが、体を支配していく痛みがそれをさせてはくれない。
そのため、目の前にある木の陰へと避難する。
先ほど見た通り、あの攻撃は生物だろうが木だろうが関係なしに、いともたやすく吹き飛ばす。
だが、それは見つかった場合の話。
つまり逆に言ってしまえば、姿が見えなければ攻撃されないはずだ。
その考えのもと、一番近くにあった木へと近づいていく。
音を出来るだけ立てないように、身をかがめながら慎重に正面の木へと手を伸ばしたーーが、その手が木に触れることはなく、虚しく空気を掴んだ。
ーー消えた。
目の前にあったはずの木が、跡形もなく。
遅れてやってくる爆音、そして舞う葉と土煙。
それは、俺の心を折るのには十分すぎた。
フラフラと安定しない足取りで別の木の陰へと向かう。
そして、着くと同時に傷口を押さえてうずくまった。
ーーもう、嫌だ。
やってられない……。
次から次へと今までに経験したことのないことが、命を狙ってくる。
ーーなんで、どうして、
なんで俺ばっかりがこんな目に!!
こんなの理不尽だろ。
俺一人でどうにかなるわけなんてない。
涙を垂れ流しにしたまま、地面と触れた顔を上げることもせず、ただただ拳を握り、この理不尽への怒りを地面にぶつける。
だが、その行為すらも嘲笑うかのように、痛みが拳へと跳ね返ってくるだけだった。
先の攻撃が来た時、俺ではなく俺の行き先だった場所が攻撃された。
つまり、標的はあの時いた獣でも、動いた対象でもなく、確実に俺だ。
ーー俺が狙われている。
最悪だ。
今考えられる中で最も最悪な状況だ。
攻撃が来たってわかったところまでは逃げる気も当然あった。
もちろん死にたくなんてないし、死ぬ気もない。
そう思っていた。ーーそう、思っていたのに。
目の前にあった木だった物、その破片を見てしまっただけで体が固まった。
もちろん、わかっている。このまま木の陰に隠れているだけだと、いつか限界が来ることなんて。
事実、ここでうずくまっている間にもう一回あの爆音を聞いている。
今隠れている木が倒されるのも、ここら一帯が更地になるのも時間の問題だ。
だから逃げるにせよ、戦うにせよ、踏み出さなければいけないのに……その、一歩が踏み出せない。
このままだったら死ぬーーそんなことはわかってる。
こんなところにうずくまっていても問題の先送りにしかならない。いや、それどころか、あたり一帯が更地になって、全くの行動できなくなる。
そうだとわかっていても、ここから逃げ出したところで生きれる可能性は低い。
足が震える。それなのに、体は硬直してしまったかのように動いてくれない。
体が、『死』を恐れてる。
きっと、本能的な何かが、ここから出ると死ぬということを感じ取っているのだろう。
ここで隠れていたらいつかは耐えられなくなる。その代わり、今は死なない。
何も行動できない俺に変わって生存本能が少しでも死ぬのを遅らせようとしているのかもしれない。
確かに、この世の中にはどうにもならないことが無数にある。
何をしようと、変えられないことなんていくらでもある。
けれど、それでも、確かなこの感情が、いまだ心の中を渦巻いている。
ーー死にたくない。
ーー死にたくない。
死にたくない。 こんなところで死にたくない。 まだ、死にたくない。 ……死ねない。
けど、俺は、まだ……悠菜にーー
そう思った瞬間、脳裏に流れ込むようにして次々と映像が映し出された。
明るくて、笑顔で、優しくて。
そんな彼女との思い出が、走馬灯のように見えていく。
ーーそうだよ。
なんで、思い出せなかったんだ。
これは決して忘れてはいけないことだったはずなのに。
自分でもついさっきまで思い出せなかったのが信じられないぐらいだ。
俺は、悠菜に……伝えなきゃいけないことがあるはずだ。
だから、まだ……
まだ、死ねない。
死にたくない……。
死ぬわけにはいかない。
ーーいや、違うだろ。
死にたくないじゃない。
まだ、生きていたい。
みっともなく生き恥を晒して、どうしようおなく足掻いていたい。
決意を固め、動かない足を無理やりにでも動かすため、膝に手を置いて力ずくで立ち上がる。
だが、そんな俺の努力むなしく、体に強い衝撃が伝わり、いきなり押し飛ばされた。
爆風のような空気をも揺るがす風が肌に強く当たる。
そして、地面とぶつかり、勢い余って無様に転がっていく。
地面にある小石や枝が服を、そして肌を切り敷いていく。
口には土の味、そしてそれよりももっと苦い血の味が伝わる。
そのまま勢いが落ちることもなく、実に5回転もしたところで木にぶつかり、やっと止まった。
すでに体は先ほどまでよりも傷がひどくなり、当然痛みも増していた。
何が起きたのかは、考えるまでもない。
俺が隠れていた木、そこにあの攻撃が当たったんだろう。
あの木が威力を相殺してくれたのか、それともただ単に直撃しなかっただけか、それは分からないがどうにか助かった。
元いた場所に目を向けてみると、そこにあったはずの木が無くなっていた。
あの攻撃を直接食らっていたら……と考えるだけでも背筋に冷たいものが走る。
今日、そして人生で2回目となる命の危機を前にして、心が恐怖に完全に支配され、抵抗するかけらすらも打ち砕かれる。
まるで廃人のように、ただ『死』が来るその時まで動くことすらできない。
ーーきっと、ついさっき、ほんの数十秒前までは震えていた俺だったらそうなっていたことだろう。
だが、彼女が原動力を与えてくれた。
まぁ、具体的に彼女が何かしてくれたわけではないが……
とにかく、このタイミングで攻撃が来たのは好都合。
さっきよりも体が痛み、動かしにくくなったことは事実だが、わざわざ出るタイミングを伺う必要がなくなったのはお釣りが帰ってくるほどにデカい。
行け、今だ。今しかないーー
そう、心の中でつぶやき、素早く立ち上がる。
向かう先はもちろん、攻撃が来た場所だ。
一度攻撃が来た場所は次の攻撃が来にくい……はずだ。
この賭けに失敗すると十中八九俺は死ぬ。
少しの可能性すら残らずに、木っ端微塵になるだろう。
けど、俺が気づいてなかっただけで、さっきと状況は何も変わってない。
あの攻撃の正確性、そして森の中ということを踏まえるとそんなに距離はそこまで離れてないはず。それでも、瞬間的に行くことはできない。
だから、残された問題はーーどうやって攻撃をかわすか。
走って、倒木を乗り越えて、走って。
進むだけ進んだ後に、気が密集している場所へと身を潜める。
すると、その十数秒後に爆音が轟き、土煙が舞うと同時に傍を期の破片がすごい速度で横切ってきた。
一瞬、その光景に目を奪われるが、すぐに体勢を立て直し、隠れていた木から身を出した。
再び、一直線に進んでいく。
ひたすらに走って、呼吸が乱れても、傷が痛みだしてもその足を止めない。
まだーーまだ、進める……!!
そう思い続けるが、突如、先に広がった光景を見て足を止める。
その光景に驚くあまり、とっさに身を隠せなかったほどだ。
この少し先。
そこからは、何本も立っているはずの木がほとんど無かった。
そこにあったのは無残にも抉られたいびつな形の切り株と、大量の土を被った草だけ。
どう見ても、自然にできたとは考えられない。
やっとそこまで理解が追いついたときに今だ身を隠していなかったことを思い出し、急いで後ろにあった大木の陰へと向かう。
案の状、隠れた直後に爆音が轟いたーーが、今回のは少し様子が違う。
先ほどまでとは違い1回だけの爆音ではなく、2回3回と連続して雷鳴のような音が響く。そのまま、それに続くように、先程とは比べ物にならない爆風が吹きつけてきた。
土を盛り上げ、枝を折った攻撃は数秒間続いた。
音が止み、土煙が収まってきたため、攻撃が来た場所を見た。
等間隔に立っている木、地面を覆い隠すほどの雑草ーーまるで、それらが元から存在しなかったのではないかと疑ってしまうほどの惨状が広がっていた。
木は根ごと消し飛ばされ、攻撃が来た一直線で立っているものはない。
緑色だった地面も歪に抉れ、掘り返された土の茶色に染まっている。
見ただけで、いや、見なくたって音だけでもわかる。
ーーさっきの攻撃とは全くの別物。それでかつ、さっきよりも凶悪な攻撃。
それは、相手もまた、今までまったく本気を出していなかったことを意味していた。
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