第14話 少年兵の作戦は残酷で合理的で隙がない

 情報を買うのは容易かった。この前冒険者達を助けた事で、冒険者ギルドからもらったお礼金の銀貨30枚。これをそのまま冒険者ギルドの冒険者に渡して、ファランとデリンジャーが何処に次現れるか情報を買ったのだ。僕はそこまで言うつもりはなかったけど、リトが「嘘だったら殺す」と一言脅してみせた事で、もし情報が間違っていたら、銀貨は返すとまで冒険者に言わせたのだ。それも街でもガラ悪く、評判の悪い冒険者の男を完全にビビらせてだ。とはいえ、最近は見た目の可憐さと、基本はおとなしいリトに好意を寄せる冒険者の人達もいる。

 そんな冒険者パーティーと今回僕らは行動を共にしている。馬車の中でリトに挨拶程度のナンパをする戦士のラティさん。

 

「リトちゃーん! 今日も美しい黒い髪と俺の心を見透かすような緋色の瞳が眩しいぜ!」

「ほんと、リトってどうやって髪手入れしてるの? 冒険者の私が比べるのが間違ってるんだけどさー」

「これこれ、二人が困ってるだろ!」

 

 女性弓士のミランダさん、そしてそろそろ引退を考えているという魔法使いのロブさん。三人は中級者クラスのパーティーだそうだ。今回はファランとデリンジャーの目的報告調査依頼。進んで戦闘に参加するつもりはないらしい。彼らは魔物相手のクエスト以外では相手を傷つけたくないをモットーにしていて戦争傭兵系のクエストも一切受けないのだという。

 

「いえ、冒険者の方は僕も子供の頃、憧れてましたから。ところでみなさんはどういう出会だったんですか?」

 

 僕は実際、子供の頃冒険者に憧れていた。でも今となってはどうでもいいし、彼らの出会いについても正直、道端の石ころくらい興味がなかった。これは処世術だ。相手の話を聞いてあげる方が好感度を上げやすいし、相手の自尊心や承認欲求を満たせる事ができるのだ。

 三人の出会いの話なんかを聞かされて僕は、

 

「へぇ、そうなんですね! みなさんご立派です」

「そんな事より、アルケー。お前さんとリトちゃんはどういう関係よ? なぁなぁ? こんな美少女どこでひっかけてきたんだ?」

 

 一つ間違っている。恐ろしく凶暴で強い美少年。そんなの吟遊詩人が歌う物語の中でしか存在しないだろう。が、それが今現実に存在している。吟遊詩人の歌う登場人物と違う所は、リトは凄まじい魔法が使えるわけでも人外の怪力があるわけでもない。単純に命を奪う事に躊躇いがなく、そしてその方法が合理的だという事だ。もし、リトを吟遊詩人が歌えばただの人殺しにしかならないだろう。

 とはいえ、そのまま話せばせっかくリトの株が上がっているのに暴落してしまう。

 

「リトは僕の義弟にあたります。どこか異国の戦闘民族じゃないかと言われていますが、リト自身その事は知りません。いつも助けられてばかりの不甲斐ない兄ですね。はは」

「「「弟?」」」

 

 リトには教えた通り、とりあえず頷くという事をしっかりとこなしてうんうんとリトは頷いていた。リトは冒険者のみんなからお菓子や木の実をもらってそれをむぐむぐと食べている。大人しいリトの髪をミランダさんが結って、

 

「ほらできたかーわーいーい!」

 

 ポニーテールという最近街で女の子の流行りの髪型らしい。リトは無表情のまま、「これはいいものだ」とむふーと珍しく感心している。それは僕もリトがお洒落を楽しんでいるものだと思ったけど、ミランダさんの質問で空気が凍った。

 

「リト、気に入った?」

「うん、これなら相手を殺す時、髪が邪魔にならない」

「……えっ?」

 

 馬車の中の会話はそれで途絶えてしまった。少年の皮を被ったアークデーモン。サリエラさんの言葉は一人歩きし、冒険者の中でもリトは元々勇者パーティーにいたが、殺しすぎて追放されたデーモンと人の子のハーフだなんて囁かれている。もちろん、僕もだが勇者様との面識は一切ない。

 

「ついたみたいだぜ。郊外、アイザック卿の別邸。他の冒険者も大勢集まってるな。俺たちはさらに遠くに離れて他の冒険者達の誘導になる。できれば貧しい人に施してるファランには温情をと個人的には思うが、ここまで冒険者ギルドと貴族を怒らせたんだ。極刑は免れないだろうな。二人も気をつけろよ? 危なくなったらすぐに逃げるんだ。いいな?」

「ラティは賢い。危ないところには近づかないほうがいい」

 

 リトがそう言うのでラティさんは人懐っこい笑顔を見せた。僕らは彼らとは違い捕縛を目的としている冒険者達と同じく接近する必要がある。冒険者達は皆、何か宝石のような物を持っている。あれは……量産タイプの魔道具生成の際に使われる魔力を無効化にする鉱石。

 

「オリハルコン……なるほど、あれで取り囲んで魔法封じをするつもりなんだ」

「リトのこれみたいなもの?」

 

 魔法殺しの腕輪。ノワールガーベラ、特級魔導具。魔法を完全に無効化する道具でオリハルコンの効果は確かに似ている。だけど、違いはノワール・ガーベラは何でできているか全く解明されていない事と、オリハルコンは魔法を完全には無効化できないらしい。特に魔術師側が強い魔力を持っていれば持っている程。リトのノワール・ガーベラでアリエルを完全に無効化できたけれど、オリハルコンではそうはいかなかっただろう。

 別邸に潜んでいるという情報のファランとデリンジャー。周囲には総勢100人、五人一組だとしても二十チームの冒険者に包囲されている。こんな状況、アリエルや、多分リトでも逃げきれない。

 

「アルケー、危ない」

「えっ?」

 

 リトは走り出すと、大きな盾を持っているシールダーの冒険者を蹴り飛ばした。

 

「って……何しやがんだお前! 俺の盾」

「これ、借りる」

 

 そう言ってリトは大きな盾を持ったまま僕の所に戻ってくると盾を屋根代わりに盾の下に隠れる。鬼のような形相でシールダーの冒険者、そしてその仲間だろう彼らが僕らのところに走ってくる。

 

 そして他の冒険者、シールダーはリトの行動を理解して盾を空に向けた。シールダーのいない冒険者は魔法防御、それもできない冒険者……例えば、リトに盾を奪われた目の前まで来ている彼らは……

 

「ぎゃああああああ!」

 

 屋敷から放たれた大量の釘、楔、ナイフやフォークなどの刃物。無差別に降り注がれたそれらに命を刈り取られた。冒険者はどれらけやられた? 半数はやられただろうか? オリハルコンにて魔法対策をしてくる事はファランとデリンジャーは読んでいたんだろう。だったらウィンドウクラッシャーと同じで魔法対策など関係ない方法を取ってきた。

 

「これ、二度目はないと思う。狙うなら今」

「確かに、屋敷にあるほとんどの道具を魔法で打ち出したんだろう。あるいは上空から落としたのか僕には魔法知識がないから分からないけど、魔法はいくらか連発できたとしてもこれらの道具は有限だ。

 スゥとリトが息を吸うとあのリトが、叫んだ!

 

「今なら二人を殺せる! もう二回目はない!」

 

 こんな大きな声リトが出せるのか……いや、出せるんだろうけどリトが出したのを初めて聞いた。リトは自分の叫びとは裏腹に盾の外に出ようとはしない。しかし、冒険者達は……

 

「そうだ! 今ならファランとデリンジャーをやれる! 動けるやつ! 即席でもいい陣形を組んで一気に攻める!」「この落とし前つけさせてもらうぞ! 盗賊共」「首を取ったやつは金貨50枚だ! 俺がいただく!」「いけいけ!」

 

 冒険者達は突入していく。リトは冒険者達が突入して行ってから数分経って盾をポイと捨てた。そしてすでに事切れているシールダーに、

 

「これ、返す」

 

 と悪びれる様子もなくそう言って僕の方を見る。「アルケー、ここは安全。今からゆっくり、あそこに向かう。何が起きるか見てから行動。リト達の代わりにあの人達が体験してくれると思うから参考にする」リトは残りの冒険者全てを使ってファランとデリンジャーの対策をしようというのだ。あの叫びは自分達の安全の為に冒険者に発破をかけただけ、僕らと違って報酬で動いている彼らはまんまとリトに乗せられた。リトの予想通り、屋敷の中にもトラップが様々仕掛けられていた。

 それらにかかった冒険者達、リトはやはり無表情で悪びれもせずに僕に話してくれた。

 

「昔、地雷原を歩かないといけない時、近隣の貧しい国の子供達に食べ物とお金をあげて先に歩かせた。子供達はお金と食べ物を得て命を失った。リトは食べ物とお金を失って命を得た。食べ物とお金はまた殺して手に入れればいい。でも命は得られない。リトがあのボーケンシャならここから逃げる。金貨50枚じゃ命と釣り合わない」

 

 地雷原というのは地雷魔法の事だろうか? リトの行動はおおよそ人間の行う行動じゃない。でも彼は生きる事を最優先にしているらしい。リトにとっていくらなら命と釣り合うのか聞いてみたい気もしたけど、僕の仕事が冒険者の報酬より桁が一つ違う事も彼女の判断基準なのかもしれない。

 あれだけいた冒険者パーティーもおそらく即席で残った6パーティー程に絞られ、彼らも無傷というわけじゃない。怪我をしていなくとも体力と精神力を相当削られている。

 

 屋敷の入り口より出てくるファランとデリンジャー。再び二人は魔法で浮かび上がる。そんな二人に、冒険者が叫んだ。

 

「追い詰めたぞファラン! デリンジャー!」

 

 ファランは一人の冒険者の言葉を聞いてふんと笑った。

 

「追い詰めた? あれだけ数を集めて、実際追い詰められたのはどっちだ? デリンジャー」

「ん」

 

 デリンジャーと手を繋ぐファラン、またサイレントを使うんだろう。それに対策として冒険者達はオリハルコンを掲げる。魔法封じのオリハルコン。二人の魔法が不発に終わればそれが隙、一人の戦士はもう既に剣を向けて走る。

 

「我ら、ファランとデリンジャーに立ち向かった気高き戦士達よ。その程度で魔封じができると思った事、死して後悔しろ。ファイアーシールドー!」

 

 防御の魔法、ファイアーシールド。威力はオリハルコンで弱っているようだが、炎の壁がゆっくりと、冒険者達を覆っていく。本来炎の壁を作って炎の魔法を受けるハズのそれが生きているように円を描き冒険者達を捉える炎の監獄となった。

 

「油を引いてある」

「そうか、魔法はただの着火……魔法封じ対策をここでも」

 

 ファランは弓を取り出すと、そのまま一人、また一人と……

 

「アルケー」

「……リト、ファランから指輪型魔道具。ヴィーナス・トラップを」

「分かった」

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