第46話 慎重な探索

 昼間、さらに樹海の表層部分をなぞるように北上していると、ストーンが声をひそめた。


「あれを倒せるか?」


 ストーンは大きな葉の影に隠れて、木の枝を指さす。

 そこには小鬼に羽が生えた石像のようなモンスターがじっと座っていた。

 

「ガーゴイル……」

「そうだ。あいつはやっかいでな。木の枝を上る前に気づかれるし、空中に逃げられると五月蠅くてしょうがない」

「わかった……」


 ストーンと同じように葉の影に隠れて、ライフルの先端を向けた。

 なるべく気づかれないように、静かに火力ファイア浮力レビテーションを唱える。


「よし……」


 トリガーに指を添えて、息を止める。

 練習したようにガーゴイルの中心を狙った。

 

 ──ドシュッ

 

 トリガーを引くと短い発射音がする。

 バサバサとガーゴイルが異変を察知して、飛び上がった。


「外れた……?」


 ところが、飛びながらガーゴイルは胸のあたりからじわじわと黒くなり、全身にそれがまわると、灰になって崩れ落ちた。


「おー上等、上等」

「……ふぅ」

「自分が死んだのも気づかなかったんじゃないか」

「まだほかにもいるかな」

「そうだな。ガーゴイルがいるということは、巣が近いんだろう。少し遠回りしよう」


 どうやらガーゴイルは門番のような役割を担っていることが多いらしい。


 目的は魔人狩りではない。

 そう言って、ストーンはここから奥には入ろうとはしなかった。


***


 さらに迂回しながら、北に回り込んでいくと、ゴブリンなどの小規模なモンスターと戦った。

 俺の出番はなく、ストーンが一瞬で灰にする。


「二三匹は逃がしとこう」


 慌てふためくゴブリンは森の奥へと消えていく。すこし間を置いて、やつらのあとを追う。

 

 鬱蒼と茂った人の背丈ほどある葉っぱをかき分けると、急に先を歩いていたストーンが身を屈めた。


 同じようにしゃがんで、ストーンに近づく。

 

「大勢のモンスターたちの声が聞こえる……」


 耳を澄ませば、虫の音とは違う騒々しい獣の吠えあう声が聞こえた。


「モンスターの巣があるってこと?」

「まあ、そうなのかもしれんが……ふつうは地下とかダンジョンにあるもんだが……」


 気になったストーンは少しずつ近づき、葉の隙間から顔を出した。


「見てみろ、なんだか大変なことになってるぞ」


 すっかり隠れもせずに立ち上がったストーンは格好の的のように思えたが、どうやらそれどころではなかったらしい。

 

 同じように立ち上がると、モンスターたちが木の上やら、地上やらで大合戦をしていた。

 人と戦っているわけではない。

 モンスター同士で戦っていたのだ。


 数十匹のゴブリンの群れ同士がぶつかれば、そこに上空から突撃してくるガーゴイル。

 木々の間を山猿を大きくしたようなモンスターが移動して、巨人に木の枝を尖らせた槍をふるう。


 それを遠目でみていた俺たちに気づくはずもなく、混沌とした力のぶつかり合いがあちこちで勃発していた。


「モンスターも人間みたいに勢力争いするんだな……」


 戦争を傍観していると、なんでこんな争いをしているんだと思わされる。

 そして、帝都に置いてきたアルフォスのことが脳裏をよぎる。断絶したはずの父のことも。

 

 しばらくモンスター同士の戦争を見ていると、攻守の形がなんとなく分かってきた。

 

「何かを守っているみたいだね」

「うーん。そうか? 俺には全くわからん」


 なんとなく、軍の陣形などを覚えさせられたせいか、もともとこの土地にいたモンスターたちと、攻め込んできたモンスターたちの争いに見えてくる。

 

「ほら、あの大きな樹木。あそこが、守りのモンスターの基地だよ」

「ああ、まるで蜂の巣つついたみたいにガーゴイルが出てくるな。……ん、ということは、あの中に……」


 ストーンが気づいたとき、空が陰り、風が変わった。

 森の葉が裏返り、黄色の景色はインクを流したように一気に黒く変色した。


「やべえのが来るな。身を隠せ」


 言われるままにしゃがむと、そらから金色に輝くドラゴンが姿を現す。

 

「嘘だろ……あんなでかいの初めて見たぜ」


 羽ばたきするたびに木々がしなり、葉っぱが竜巻のように舞い散る。

 滞空中のドラゴンはその大きな口角で、守り側のモンスターの木に噛みつく。

 

 落雷のようなすさまじい音とともに、重厚な木の表皮が剝がされた。

 

 中にいたオークやら、木の姿をした化け物らがドラゴンに飛びかかる。しかし鋼鉄のように硬いドラゴンの鱗を突き破ることはできない。

 

 ついにドラゴンは巨木のなかに顔を突っ込むと、顔を出した時にはくちばしの先に人型の何かを咥えていた。


「あ! あれは!」

「なんてこった! あれは魔人だ」


 俺より少し背の低い、まだ子供といえるぐらいの魔人だった。

 

 肩にかからないぐらいの銀色の髪を揺らし、必死になってドラゴンの口を開けようと両腕で押し上げていた。

 顔を真っ赤にして、額には血管が浮かばせる。閉じてしまえば、食べられてしまうからだ。

 

「助けよう!」


 ライフルを構えると、ストーンが横から握った。

 

「待て、助ける相手は魔人だぞ……?」


 ストーンの言っていることはたぶん正しい。

 魔人を助けても感謝されるとは限らないし、他の人にも危害を及ぼす可能性がある。

 

 ライフルの銃口を下げて、もう一度魔人をみたとき、銀色の光沢ある髪の間から、上に生えている奇妙な角が目に入った。

 髪に隠れていた金色の派手な角は二本生えていて、そのうちの一つの角に、色落ちした赤のレースがリボン結びされていた。

 

 そのリボンが目に入った瞬間に、俺はライフルをもう一度構えた。


「ストーン、ごめん。やっぱり助けたい」


 火力ファイアを溜めると、鉛玉に浮力レビテーションをかけた。


「しょうがねぇなあ……」

 

 ストーンのその言葉と同時に、俺はトリガーを引いた。

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