第47話 ドラゴンとの戦い

 放たれた鉛玉は、黄金色のドラゴンの首元に命中した。

 巨大な拳で横殴りされたかのように、ドラゴンは首を捻じ曲げられ、魔人を吐き出す。魔人は巨木の上層に転がり込んだ。


「ウオオオッ――……」


 ドラゴンは慟哭しながら、船が沈むように倒れ落ちた。


 下敷きになり薙ぎ倒される木々。


 攻めて来たモンスターたちは想定外の事態に慄然して動きを止めた。

 そして、一様に巨木の上層を見上げる。魔物に備わる一種の野生の勘というものだろうか、破壊された樹皮の亀裂から体を見せたのは、吐き出された子どもの魔人だ。


 人の形をした少女ともとれる魔人は、なびく銀色の髪の、その奥にある真っ黒な瞳を見せつけるように見開く。

 ジリジリと皮膚を焼くような闇の魔力で、地に押さえつけられるような圧迫感がある。


 威圧されたモンスターたちはそそくさとその場を離れていき、ドラゴンも地面を跳ねて、地鳴りと共に林間を縫うようにして逃げて行った。


「あれはもしかすると……」


 ストーンは魔人を見上げ、棒立ちでつぶやく。

 すると、遠くにいる子どもの魔人がさっとこちらに顔を向けた。


「うわっ! 見つかってる!」


 思わずしゃがんだが、ストーンは動じない。

 少しだけ頭をあげて葉っぱの間からのぞくと、魔人は樹木のてっぺんから飛び降りて、大きな葉っぱでバウンドすると、こちらに近寄ってきた。


「ストーン! まずいよ! 逃げよう!」

「まー、待て。戦うつもりなら、もう攻撃されているはずだ」


 いつの間にか周囲はモンスターたちで囲まれていた。木を守っていた守備側のモンスターたちのようで、子どもの魔人の手下だろう。

 ストーンの言う通り、俺たちをじっと見ているだけで、不思議なことに何もしてこない。


 群れに魔人が加わると、モンスターが何も言わず道を開ける。絶対君主である魔人を崇拝するように跪いた。


「仲間……なのカ? マリアの仲間カ?」


 魔人は女性の声で片言だった。


「あー、やっぱりな、あの時の魔人か」

「……マリア……? なんで母さんの名前を?」

「なんだ、フェアは気付いていなかったのか? ミーナが助けたときの魔人だよ」

「エッ! ストーンの話で出てきた、母さんが引き取った魔人!?」


 魔人という単語を口にするたびに、目を横長に細めて冷たい表情をする。


「魔人ではナイ。『リオン』ダ!」

「『リオン』?」

「マリアがつけた名前ダ! おまえからはマリアのニオイがスル」


 ニオイ……?

 そういえば、ライフルの整備や刀の修繕のために油や道具をもってきていた。そのニオイなのか……?


 リオンという魔人との会話に集中していると、まったく警戒していなかった上空の、黄金色の光が急速に失われて暗くなった。

 何事だ――そう考える間もなく、激しい突風が巻きあがる。


「ゴガアアアァァッ!!」


 翼を広げたドラゴンが激昂して、前足で鷲掴みにしようと上空から迫って来ていた。


 ドラゴンは逃げたのではなく、攻撃者を見定めていたのだ。

 おそらくは、攻撃された時、どこから何者によって攻撃されたか分からなかったのだ。

 どこから攻撃されたのか分からない以上、留まるのは愚策。そう考えたに違いない。


 ターゲットの魔人が仲間らしき者と会話するのを上空で観察し、彼らが間違いなく攻撃者であることを見抜き、早急に手を打ってきた。


 ライフルに鉛玉を入れて、魔法を――。


 ドラゴンの策略に気づいて動くには、あまりにも遅かった。


 ストーンがすぐに俺とドラゴンの間に割って入った。

 刀を構えて、全身に力を漲らせる。

 

「来い! 来やがれ! 俺が! 俺が!! ぶった切ってやる!!」


 闘気を最高潮に高めると、体が膨張して熱せられた。熱鉄のような灼けるニオイが漂う。

 

 ドン!!


 枯葉が視界いっぱいに広がると、ストーンは姿を消した。入れ替わるようにして、ドラゴンの片足が迫ってきて、俺を押し倒した。


「うわっ!」


 大人を軽々と掴める大きな前足だ。

 俺は地面にはりつけにされ、押し潰されるかに思えた。

 しかし、前足は静止して力なく横に倒れた。


 ドラゴンの前足はストーンによって切断されていた。切られた箇所から黒ずんでいき、やがて灰となり散っていく。


 本体のドラゴンの姿はなかった。


 空を遮るオレンジ色の葉の向こうから、ドラゴンの遠吠えが聞こえた。重傷を負い、すでに遠くへ逃げているようだ。


「ぐうっ……!」


 ドシン、とストーンが膝をついた。

 右肩を負傷しているようだった。


「大丈夫!?」

「うーん。どうだろうな、右半身が動かないな……」


 傷はそれほど深くない。しかし右腕に力が入らないのか、だらんとしたままだ。


「それは毒ダ」

「……毒!? 毒消しなんか持ってない……!」


 みるみる間にストーンの顔が青白くなっていく。


「こっちにコイ」


 俺はストーンの右わきに入って支えながら、リオンのあとをついていった。

 

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