第9話 テッドの話(微グロ注意)

 あの日、俺は間違いなく死ぬと思ってた。それも最悪な方法で。


 レオール村に突如として現れた魔族は安物の武器を構える大人たちを八つ裂きにした。


 俺たち子どもはただ黙って震えてるだけだった。妹のサラなんか隣でしょんべんを漏らしていた。いや、馬鹿にしてるんじゃない。俺だって見てわかるほどじゃなかったけどパンツを濡らしてた。そんぐらい怖かったよ。


 最初に死んだのは誰だったか。


 そうだ、向かいに住むダールトンさんだ。安物の槍を持って向かっていった。ダールトンさんはかつて王国の兵士として戦場働きをした経験のある数少ない村の戦士だった。


 ゾラと名乗る、人間に鳥の頭を無理やりくっつけたような魔族は振り向きもしなかった。


 ただ無造作に腕をふって、それだけでダールトンさんは二つに別れた。なおも走り続ける下半身が倒れたとき、ようやく振り向いて鳥の声で笑った。鶏のような顔をイビツに歪ませて。世話をした鶏がしてたら腰を抜かすって笑い顔だった。鶏のあんなに嫌な声を聞いたのは後にも先にもあれだけさ。


 一通り、反抗的な人間を殺したゾラは俺たち子どもの腹に爪で数字を刻んだ。


 ほら、見てみるかい。今もそこだけ色が違うだろう? 「15」。これは俺が15番目のデザートってことさ。サラは「8」だったかな。


 たぶん長持ちしそうなやつを後回しにしたんじゃないかな、サラはチビだったから。可哀想だったけどその時はなにも考えていられなかった。ただただ死ぬのが怖かったし、抉られた肉の痛みに耐えるのが精一杯だった。本当に情けない兄貴だよな。


 ゾラはたびたび魔物を引き連れて出かけて行った。帰ってきたときは何人かの人間の死体と俺たち用の食料を持ってた。別に親切なわけじゃない。あいつはだっただけさ。


 俺たちは首に鎖をつけられて、いくつかの小屋に押し込まれた。サラは別の小屋に連れて行かれた。そこで日に一度、それこそ鶏の餌のような食事が与えられた。本当に鶏になったような気分だったよ。


 ──そんなある日、冒険者を名乗る男が村にやってきた。


 格好良かったな、ゾラに剣を突きつけてた。鎖に繋がれてるせいで窓の格子越しにしか見れなかったけど村の大人たちが武勇伝と一緒に見せびらかす武器と違って、冒険者が抜いた剣は洗練された美しさのようなものがあった。あれだったらあいつを倒せると思った……。 それなのに……それなのに……。え? ああ悪い、ボーッとしちまった。えー、どこまで話したっけ?


 そうだ、冒険者か。そう、冒険者は強くてあっという間にゾラを追い詰めていった。凄かったよ。村の大人たちを簡単に引き裂いた爪も通じていなかった。


 だから、ほんの少しだけ油断したのかもしれない。ああいや、俺たちを救いにきた英雄を責めてるわけじゃない。もしかしたら、と思っちまうだけで。不可能だったことも知ってる。


 追い詰められたゾラは腕を翼に変えて大きく飛び上がった。風が通り過ぎたと思った瞬間、やつはサラを大きな爪で摘み上げてやがった。


 ほんの一瞬、本当に少しの時間、冒険者が動揺したのをあいつは見逃さなかった。きっと優しい人だったんだろうな。やつの口からコップ一杯分ぐらいの液体が吐き出された。たったそれだけのことで冒険者は動けなくなってしまった。


 足元で苦しそうにうめく声を聞いてまた鳥の声で笑ってたよ。ついさっきまで斬られた傷をかばって歩いてたのに、もう全然気にしてない風だった。


 あいつが自分でいってたけど、遊んでたんだってさ。冒険者が命をかけた戦いも魔族のあいつにとっては遊びでしかなかったんだ。サラを人質にとる必要も本当はなかったって。


 その後、あいつは嬉しそうに冒険者でゆっくりと食事を済ませた。そんときの声は今でも耳にこびりついているよ。俺もどうかしてたんだと思う。ずっとそれを見ていたんだから。あいつは胸元からハンカチを取り出して嘴の先を拭って、それからサラを……すまん、ちょっと休ませてくれ。続きはまたあとで話すよ。

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