第7話 これでもそこそこの給料もらってんだよね by好夫

 レイライン商会の朝は早い。


「この前の販路の売れ筋ってなんだっけ!?」


「情報古いよ! いつのやつ使ってんの!」


 規則正しく仕事机が並ぶ部屋の中、「翼を広げた鳥」の模様の入った制服を着た従業員たちが所狭しと走りまわっていた。机の上に山のように積まれた書類を掘り起こしたと思えば、誰かがやってきて別の書類をまた山の上に置く。そして、すぐさま走って部屋からでていく。


 バタン、バタン、バタン、バタン。


 バタン、バタン、バタン、バタン。


 ひっきりなしになるこの愉快な演奏に好夫の機嫌は朝から最悪だ。この扉過労死するんじゃないか? 好夫はドアを借金取りにこき使われる自分の姿と少しだけ重ねていた。


「好夫、おはよ!」


「相変わらずしけたツラだな、好夫!」


「景気悪いぞ、好夫!」


 好夫には木箱をひっくりかえしただけの机が与えられていた。そこへ現れる老若男女が挨拶と共に好夫の頭をはたいて去っていく。


「おは……いてっ! 余計なおせ……いたっ! おれの……いたいっ! おいやめろ!? なんでこの世界のやつはあいさつで人の頭を叩くんだよ!?」


 頭を抑えて好夫が叫ぶ。もはやクイズ番組の早押しボタンみたいになっていた。


「みんな好夫さんのことが好きなんだねぇ」


 うふふと朗らかに笑うのは事務員の一人であるサラ・フィーン。どこか舌足らずに話す彼女の声色は聞く者の眠気を誘う。おっとりした性格とは裏腹にメリハリの効いたプロポーションは多くの男性を狂わせ、民族特有の褐色の肌もその魅力をより引き立たせている。ただサラ本人にその自覚はなく、全自動鼻の下伸ばし機として無自覚に活動していた。


 当然、商会内の人気も凄まじく『サラちゃんを守る会』という派閥と『サラちゃんにたかる悪い虫を叩き殺す会』という過激派閥が日夜派閥トップの座をかけて戦いを繰り広げている。


「なんか思わず叩きたくなっちゃうもんねぇ、わかるわかる」


「っす……」


 自分が二つの派閥に睨まれているとは露知らず、好夫は童貞のお手本のような返しをする。内心では「おまえは人を好きになると頭を叩くのか」とか「暴力系ヒロイン乙」とか色々考えていたが、チートを失ってからリスク管理が出来るようになった好夫は口には出さない。とはいえ、理由はそれだけではなく。


 そもそもサラは好夫よりも二つか三つ下の年齢にも関わらず、商業都市を代表するレイライン商会で働く才女なのだ。チートをなくして以来、知的な才覚にはすっかり弱くなっている好夫では目を見て話すことすらできないい。


──容姿よりも社会的地位が気になる男、それが好夫だった。


「それに好夫さんは商会のマスコットですからぁ」


 サラが舌足らずに話した後、うふふと笑った。下を向いて手を合わせる姿は元の世界の鈴蘭に似ていた。


 現在、好夫の首には『ヨシオです。可愛がってください』と書かれた木札がぶら下がっている。もちろんラズの仕業だった。「魔王討伐の立役者がマスコットの商会。イメージアップですね」とはラズの弁だ。好夫はただ面白がっているだけだと確信している。


 牢屋から出された後、結局金銭的事情を白状した好夫はラズから商会の仕事をもらえることになった。記念すべき最初の仕事は商会内で晒し者になることだった。ハイ、ウレシイデス。ラズにそう答えた時、好夫はまた一つ大切な何かを失ってしまったような気がしてたが背に腹はかえられなかった。


 ──それからも、来客に挨拶をして同僚に叩かれる日々は続いた。


 もともと冒険者稼業で雑なコミュニケーションに慣れている好夫は商会の面々ともそれなりに馴染んでいった。契約により木札を外すことは出来なかったが、夜は同僚と酒場に繰り出すことも多々あった。


「いいかぁ、好夫〜! サラちゃんはなぁ、現世に舞い降りた女神なんだよぉ〜!?」


 酔っ払った男の話す内容は大体こんなものだ。異世界でも変わらない。


「女神ぃ〜? おい、あのクソババァがなんだって〜? 女神なんて更年期拗らせてるだけのメンヘラじゃねぇか! 痛々しいっつーの。んなことより俺のチート返せばかやろぉー」


 女神という言葉が好夫の琴線に触れた。親切なサラと比べることすらおこがましいと好夫は思った。更に言葉を続けようとしたところで隣テーブルから腕が伸びてくる。 


「てめぇ、女神さまを悪く言うんじゃねぇ!」 


 女神の信徒は多い。多くの人間は魔族の脅威から人間を救ったのは女神だと信じていた。好夫の異名の一つである「女神の使徒」はある意味そういうことだ。まぁ好夫にチートを授けたのは女神だから当たっているといえば当たっているのだが。とはいえ、好夫が女神に感謝しているかどうかは別問題だ。


「んだと? なんどでもいったらぁ! 女神はメンヘラのクソババァ!」


「おい、みんな〜! このにいちゃん、女神さまの悪口いってんぞぉ〜?」


「許せねぇ〜、めちゃ許せねぇよぉ〜!」


「しめねぇと、わかんねぇみたいだなぁ」


 わらわらと店中の酔っ払いが集まってくる。気がつけば酔っ払いに好夫は囲まれていた。囲んでいる中に一緒に飲みにきた筈の商会の人間がいるのは何の冗談なのだろう。


「……おいまて話せばわかる。やめろ、、おい、椅子ははんそ……へぶっ!!!」








 ──天罰です


 どこかで女性の声が聞こえた気がした。

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