第6話 ざまぁはありまあす!!!
「先輩、牢屋の飯って本当に臭いんですか?」
かつての仲間、ラズ・レイラインは鉄格子を挟んでニコニコと好夫を見ていた。
「不味い」
無愛想に答える好夫は木のスプーンを口に運んでいた。口の中にほんのり豆の味が広がる。臭いことはないがとにかく味が薄い。好夫は「完成された料理に調味料を足すチート」さえあればと考えていた。チート依存からの復帰は遠い。
「先輩が会いに来てくれるなんて嬉しいなぁ」
顔をしかめながらスープをすする好夫をラズは楽しそうに見つめていた。
──相変わらずよくわからんやつだ。
好夫は自分を先輩と呼ぶ目の前のハンサム野郎が考えていることをわかった試しがない。いつもニコニコとどこかから金を調達してきて、大きな戦いの前には偉そうに好夫や勇者に指示を出した。
好夫がラズについて唯一知ってることといえば、もともと商会のボンボンで、今では正式な二代目としてでっかい商会のボンボン社長になってるということぐらいか。いいなぁ、ボンボン。俺も「不良所得がもらえるチート」さえあれば。
好夫の考えには色々と語弊はあったが、ラズが金持ちであることはおおむね間違っていない。
「さてはお金ですか?」
「ごふっ!げふっ!」
刃物のような図星をつく言葉に好夫の鼻からスープが吹き出た。好夫が口ですすった時より豆の風味がよく感じられた。
「……ど、どうして?」
「そりゃ先輩、かつての魔王討伐のエースが荷物持ちの僕を訪ねる理由なんてそれぐらいでしょう」
にべもない。
確かに好夫がこのミネルバを訪れたのはラズに会うためだ。そこに淡い期待を抱かなかったわけじゃない。当面の金を工面しないことにはピンク色の悪魔に地雷撤去のような職場へ送り込まれてしまうのだから。
しかし、好夫には素直にラズを訪ねることを躊躇する理由があった。それは、
「でしゃばるなよ。荷物持ち風情が」
ラズの言葉にビクっと好夫の肩が跳ねた。硬直した手から木のスプーンが落ちて、床を滑っていった。
「邪魔だよ大人しくアイテムでも数えてろ」
ビクビクっとまた肩が跳ねる。俯く好夫の顔には脂汗が滲み、もともとの人相の悪さと相待って決定的な証拠を突きつけられた犯罪者のようになっていた。
「そんな荷物持ちの僕に、あの好夫さんが、お金の無心なんて……そんなわけないですよねぇ? 魔王すら一蹴した好夫さんがたかだか荷物持ち風情に金の無心なんて」
そう、かつて最高で最強だった頃、好夫はノリに乗っていたのだ。調子に。
「いくら僕がミネルバを代表する商会の代表だとしても、さすがに……ねぇ?」
──い、息が苦しい……
好夫はつい胸を抑えた。好夫はいまラズの背後にある輝しいキャリアに押しつぶされそうだった。
圧倒的な社会的地位のマウントは好夫のHPをガリガリ削り、防衛本能からか口からか細い悲鳴のような笑いを漏れさせた。
「い、いやぁ〜、ラズさんと違ってボクは戦うしか脳がありませんから〜! あのときは、商会の跡取り息子さんに何かあってはいけないと、わ、ワタクシ考えまして〜……!」
苦しすぎる言い訳だった。そして完全降伏だった。かつての世界で学生だった頃には味わったことのない社会的格差がそこにはあった。
「あ、靴でも舐めましょうかベロベロベロ」
魔王軍を恐怖のどん底に陥れた英雄はもういない。ここにいるのはプライドを犬に食わせた男だけだ。というか犬だ。
目の前で行われる醜態を見てもラズはニコニコと表情を崩さない。温度を宿さない瞳が好夫の心を震わせた。ついに這いつくばって好夫が芸をはじめた頃、ようやくラズが口を開く。
「お手! おか……」
「先輩、ここから出たいですか?」
「はい! 出たいです! わん!」
魔王がいたら、助走をつけて殴りそうな光景だった。
「うーん……悩むなぁ。この楽しい時間をもう少し続けたい気もするんですけど」
心の底から惜しいと思っているのかラズは悩ましげな声を出した。
「でも、ま、そろそろ出してあげますか。さすがに街の牢屋をいつまでも私用で占拠するわけにはいきませんからね」
──助かったわん。
チンチンの一歩手前まで来ていた好夫は土下座のような姿勢で息を吐く。
そもそも好夫はミネルバに入る際、門番に名前を告げただけでとっ捕まっている。「あ、借金してると捕まるんだ」と虐げられることに慣れた好夫を責めるのは少し酷だろう。全てはラズの手筈だった。
牢屋の扉が開く頃になってようやく言葉の意味を理解した好夫は「ボンボンをボコボコにできるチート」を願った。
「あ、ちなみに王都の周辺だと本当に捕まりますからね。先輩、懸賞金かかってますし」
──え、そうなの?
ラズはさらっと衝撃の事実を好夫に伝えた。
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