■月星歴一五四三年十一月⑳〈旗〉

 翌朝、けたたましく鳴り響く伝達笛の音に誰もが叩き起こされた。


「旗が上がったぞ!月星旗だ!!」

 叫び声が飛び交う。


 天幕から出て、砦の上にはためく旗の色をその目で見ても、何が起きたのか頭に入って来ない。そんな顔でネウルスと五大公の内の三人は本陣に駆け込んだ。


 本陣には、既に『王』が居て、満足気に朝日に翻る月星旗を見ていた。

 傍らでヴェストが複雑な顔をしている。


「おはよう、諸君。見ての通りだ。これにて終了、だな」

 『王』は振り返って、にやりと笑った。


 砦の上の月星旗は橙楓星側からも当然確認されている。砦が月星側に奪取されたとを認識したはずだ。


「どんな手を使ったのです?」

 ネウルスがやっとの思いで声を絞り出した。


「なに、下から入れないなら上から入ればいいだけだ。宵闇に紛れてタウロ達に砦の上だけを制圧してもらった。夜は最低限の見張りしか居ないしな」


 手段に思い立ったのはノルテ。

「竜を使ったのですね」

「そうだ」

「まずくないですか?」

 スールが漏らしたのは、『王』を偽装した意味がなくならないかという問い。


「ブライト氏に協力頂いた。竜を呼んだのは彼だ。ヴェスト殿が立ち合っている」

 振られたヴェストが疲れた声で答える。


「ブライト氏が呼んだ竜を使役し、荷を一つ砦の上に運んでもらいました」


 公文書にはそう書かれる。ヴェストが証人である。


 今、月星に竜を操れる者は『ブライト氏』しか『いない』。ならば、竜に乗っていたのが誰かということ迄はわざわざ書くは必要はない。


 ヴェストは確かに言った。

 月星の国旗を掲げることが勝利条件だと。


「良いだろう?最短かつ無血勝利だ」


「下は制圧させなくてよいのですか?」

「必要無い。中の連中はどのみち詰みだ」

ノルテの問いに、王は断言した。


 砦は月星側にしか扉がない。

 橙楓星側は、だから壁をよじ登って侵入してきた。

 本陣との連絡手段も上からの合図でやりとりしていたのが確認されている。

 物資や人員の補給も砦の上から縄等を使って行われていただろう。


 だか、その上部を月星側奪還した。

 砦の上には弓の名手が二人控えている。近づく者は撃ち落とせる。また、石などを落としても良い。


 逆に、上からの襲撃の心配が無くなった現在、月星側は憂いなく扉に近付ける。

 取り囲んだと言い換えても良い。


 砦に籠もっている橙楓星側の者達は補給を断たれ、上下から挟まれて逃げ場を失った。


 タウロ達が下も制圧することは不可能ではなかろうが、無駄に血を流すことも無い。 

 牽制するだけで充分である。


 オストが深々と溜息をついた。


「釈然としませんが、お見事です」


「よくもまあ、こんな作戦を思いつきましたね」

 ノルテも呆れ顔で呟いた。


 スールに至っては、肩をふるわせて笑ってしまっている。

「色々考えたのが莫迦みたいじゃないですか!」


 そんなことを話しているうちに、本陣の周りにはわらわらと夜襲に参加しなかった者たちが集まってきていた。


 『王』は高々に宣言する。


「旗は上がった。月星の勝利だ。早く橙楓星に降伏勧告をして砦を明け渡してもらえ。でないとタウロ達があそこから降りられない」


 『王』が指差す砦の上には、こちらに向かって手を振る、十人近い人影があった。


人物紹介はこちら↓

https://kakuyomu.jp/works/16818093076585311687/episodes/16818093079405183440


ーーーーーーーーーーーーーー

【補足】

本来は旗を立てたから制圧した、では無く制圧したから旗を立てるもの。

結果的には制圧したのとほぼ同義になりましたが、アトラスがしたことはズルです 笑。


しかし橙楓星の本陣も、砦の反対側、少し離れているところから旗を見ているので、砦が制圧と認識しました。

「降伏勧告をして砦を明け渡してもらえ」の

「降伏勧告をして」は

「今月中に奪還できたら月星の勝ち」という条件を満たしたのだから、さっさと敗北を認めろ、と。

「砦を明け渡してもらえ」は

抵抗せずに明け渡してでていくなら砦の連中を見逃すと言うことです。


 戦えば被害はどうしてもでます。被害を最小限にしたいアトラスらしいやり方です。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る