□月星歴一五四三年十一月㉑〈竜血薬〉
【□モース】
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帰城したアトラスを早々にモースは呼び出した。
アウルムが回復していない事を知らせると、アトラスは目に見えて狼狽した。
「あの薬は使ったのだろう?」
「使いました」
「毒や外傷にはよく効く薬と聞いているが?」
動揺しているアトラスに、モースは謝罪することしか出来ない。
「申し訳ありませんが、竜血薬は、そこまで万能では無いのです」
「どういうことです?」
「何も判らなかった昔はそう見えた、ということでしょう」
怪我をして感染症がおきなければ生存率は上がる。病に罹っても押し退けられる身体ならば生き残ることができる。
昔はそれこそ魔法のような薬に見えたことだろう。
「実際は、身体が持つ抵抗力を底上げし、自己治癒力を高める位の効果しかありません」
「何?抵抗力と自己……?」
聞き慣れない言葉にアトラスは戸惑いを隠せない。
「外部から入った毒を跳ね除けると言えば判りますか?自己治癒力は人間が元来持っている、怪我や病気を薬に頼らず治そうとする機能です。あの薬はそれらを底上げする、言わば強力な滋養強壮薬のようなものです」
説明するモースも、やるせなかった。
「ですから、直ぐであれば有効でした。私が診たときには既に大分体力が落ちている状態だったので、劇的な効果は顕れませんでした」
「そんな……。兄は助からないのか?」
「お命は助かるでしょう。ですが、だいぶ内蔵に負担がかかってしまいました。後遺症が出てしまうと思われます」
アトラスの顔が判りやすく蒼ざめた。
「……それは、治らない、のか?」
「人の持つ手法では完全に治すことはできません」
「な、んで……?」
モースの説明で理由は理解しているであろうアトラスの口からは、それでも問いかけの言葉が出た。
頭が事実を受け止めるのを拒否しているのだろう。
「俺の怪我には効いたのに」
「いいえ。最終的にアトラス様をお救いしたのはユリウスです」
「何を言っている……?」
突然出てきた名前に、アトラスは理解できないという顔をする。
「ユリウスが人智を超えた御力で、自己回復が見込めるところまで治してくれたから、貴方様は生きてらっしゃいます」
モースはレイナの手前、黙っていた事を正直に話した。
あの時はアトラスの体力に賭けるしか無い程までに、失血が多かった。処置はしたものの、医者としては恥ずべきことだが、モースに出来る手は尽きていた。
「なんで、ユリウス?」
「ハイネがあなたになにかしているのを目撃したそうです。言葉も交わしたと」
モース自身も、ハイネから実際にユリウスに会った話を聞いていなければ、アトラスが突然の話が出来るまでの回復を見せたことに首をひねっただろう。
それ程までに、アトラス傷の具合は悪かったのだ。
「……それが本当なら、俺はユリウスに四度会っていることになる」
「そんなに?」
モースは剣を受け取った時の話しか聞いていない。
「一度目は道を示された。その先にはレイナがいた」
アトラスは経緯をとつとつと語る。
「二度目がそれだ。そうだ。あの時、多分あいつの夢を見たんだ。起きろと言われた気がする」
アトラスは顔を上げ、その意味を求めるようにモースを見た。
「三度目は魔物の再来と剣の存在を示唆した学者がそうだったのだと思う。そして四度目に剣を渡された」
モースは頷いた。
ハイネにユリウスの話を聞いた夜の疑問が晴れた気がした。
「アトラス様、アウルム様がこのまま回復されなければ、政務に支障をきたします。さすれば貴方を次の王にという声があがるでしょう」
「モース、それは……」
アトラスが口を挟むの許さずモースは続ける。
「ですが、ユリウスはそれを望んでいません」
確信を持って、モースは断言した。
ユリウスが四度もアトラスの前に現れたことが証明していよう。
「ユリウスは貴方が月星に縛られることを良しとしていません」
ユリウスはアトラスに何度も姿を現し、そうまでして剣を預けた。
その剣を用いてアトラスにさせたいことがあるからとしか考えられない。
アトラスが月星の王になってしまったら、おいそれと動けなくなってしまう。それはユリウスの望むことでは無いはずだ。
「まさか⋯⋯?」
「私はそう思っていますよ」
モースは真剣な顔で言い切った。
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一章〈忠臣 前〉で
なぜ、今になってユリウスが現れたのか?と、モースは疑問に思っていました。
アトラスに剣をユリウスが与えたということは、剣を用いてアトラスにさせたいことがあるということ。しかし、月星王ともなればおいそれと動ける立場ではなくなります。だからアトラスが月星に縛られることを良しとしないとモースは判断しました。
人物紹介はこちら↓
https://kakuyomu.jp/works/16818093076585311687/episodes/16818093079405183440
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