■月星歴一五四三年十一月⑱〈投石機〉
翌未明にアンバルを出立した、その日の昼近く。
五大公の内、四人と各隊長格、ネウルスと共に『王』は戦場になっているハンデル郊外に到着した。
首都の守りはカームに任せてきている。
応急的に作られた土塁の上の本陣に、見せつけるように『王』は姿を晒した。
砦に籠もっている為、橙楓星側がどう反応しているのかは見えにくい。ただ、上に構える弓隊の動きが慌ただしくなったのは見てとれた。
少なくとも『王』の姿は認識されただろう。
アウルムが毒矢に倒れたのは兵達には知られている。日中の城内での凶行だった為、目撃者が多かった。
卑劣さへの怒り、王の負傷への不安、毒への恐怖に進まない攻略へのもどかしさ。
不安定な空気が漂う月星陣営だったが、『王』の復帰に沸いた。
先に伝達はしてあっても、実際に姿を見るのと話に聞くのとでは大違いである。
戦端は開かれてはいる。
だが、睨み合っているに過ぎないともいえた。
橙楓星陣営は籠城を決め込んでいた。
近づけば、砦の上から矢が降ってくるが、積極的に攻撃を仕掛けては来ない。
毒など実際には無いのかも知れない。だが実例がある以上、あるかも知れないと、どうしても怯んでしまう。
戦意、戦力を削ぐには上手いやり方ではある。
今回は剣を振るうなと、アトラスはネウルスから釘を刺されている。剣筋で見破られるから、指揮に徹しろと言われていた。
用意されていた投石機は数機あったが、時間も無かった為簡易的なものだった。
移動可能なもので、単純に人力で引っ張って飛ばす型である。
戦場を駆ける方に人材を割く必要がない為、交代で作業にあたる。
人の重さ程の石を大きな匙の上に乗せ、大人数で引っ張って投げる。場所を調整しては乗せて投げるを繰り返す。
単純に飛ばす石の大きさが一様では無い為、同じ場所に当たらない。
何度か同じ場所に当たりはしたが、壁を壊すまでには至らない。
精度を優先すると威力が足らない。威力を優先するとどこに飛ぶか見当がつかないといったところか。
「なかなか、月星の建造物は堅固だな」
『王』が言うと、ノルテは複雑な顔をした。
「褒めているんだ」
「私が造ったわけでは無いので返答に困ります」
ノルテは苦笑する。
砦自体は新しいものでは無い。内戦前からすでに国境を睨んでいたのかも知れない。補強がされたとしたら、それをしたのはジェイド派の手による。
月星の東側にある、街ハンデル。以前はジェイド派が治めていた地である。
半日程調整を重ねつつ、試行錯誤を繰り返したが望んだ成果は得られなかった。
『王』は早々にこの作戦を諦めた。休憩を言い渡し、指揮官は本陣に集められた。
「同じ大きさ、重さの投石物を用意できなければ、同じ場所に当て続けるのは難しいということだ」
「申し訳ありません」
弾道計算をしていたスール、物資調達を担ったオストが謝罪する。
「謝る要素はどこにもないぞ。投石機に改良の余地があるということだ。今後の課題が判って良かったじゃないか」
徒労に終わらせない言い方で、『王』は労を労った。
臣下たちは目を瞠る。
前王アセルスなら絶対に怒鳴り散らしていた。
「そもそも私が言いだした無茶だしな」
そんな言葉で笑いを誘いさえする。
タウロすら驚いていた。
アトラスは弓月隊を隊長として率いていた身とはいえ、当時は王からの命を遂行するのが精一杯だった。
だが、戦況は何も変わらない。振り出しである。
「どうしますか?やはり、数で押しますか?」
ヴェストが問う。
「大盾を上に向けて固まって行けば、扉までは辿り着けるでしょう」
「黙って扉を壊させてくれるとは到底思えませんけどね」
ヴェストの言葉にタウロがつぶやく。
「扉を火矢で狙うというのは?」
ノイの案にオストが首を振った。
堅牢な石造りの壁でも、戸口は木材で作られている。扉は燃えにくい硬い木材を使用の上、さらに塗料で強化されている。
季節は晩秋。枯れて乾燥した草に移って街まで燃え広がる可能性を考慮すると避けたい。
ああでもないこうでもないと議論する声を黙って聞いていた『王』だが、やがて徐に口を開いた。
「この件、私に預けてくれないか?」
「何か案があるのですか?」
ネウルスが問うが、『王』は曖昧に笑っただけで答えない。
「今日は皆も結果が出ずに疲れただろう。もう休むように伝えなさい」
ヴェスト、タウロ、ウィル、ノイには残るように言って『王』はその場を解散させた。
人物紹介はこちら↓
https://kakuyomu.jp/works/16818093076585311687/episodes/16818093079405183440
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