□■月星歴一五四三年十一月⑰〈種明かし〉
□ヴァルム→◼️アトラス
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「それにしても、よく引き受けたね」
会議室への廊下を進みながら、戸惑い気味にヴァルムは囁いた。
「『俺』が表に立つよりは良い」
「……じゃあ、絶対勝たないとね」
「あたりまえだ。こんな巫山戯た手を使ってくる連中に容赦なんかしない」
だが、戦局は生き物だ。絶対は無い。
「万が一があったなら、率いていたのは俺だと本当のことを言えば良いだけだ」
地に落ちるのは自分の名前だけだと、アトラスは本気で言うから性質が悪い。
「大抵は手柄が欲しくて躍起になるってものなのに、この王子様と来たら……」
ヴァルムは頭を抱えて溜息をついた。
◼️◼️◼️
ヴァルムと共に会議室に入ると、既に全員揃っていた。
『アウルムが復帰し、アトラスは来られず、たが愛用の剣が届けられた。アウルムはそれを手に陣頭指揮を採る』という途中経過は、各副官によって各部署に伝達済みという。
アトラスは五大公の顔を見廻した。
一番遠くに座るカームは難しい顔をしている。
その手前のノルテも微妙な顔。
スールとオルトは砦の図面を前に心ここに非ず。こちらのことは気になっていない。
「ネウルス、もういいか?」
アトラスはアウルムの真似をやめて声をかけた。
アウルムを装うなら、少し声のトーンを抑えて「もう、良いだろうか?」となる。
「充分です。大体把握できました」
これまで一言も話さなかったタウロが「腹筋と表情筋が限界でした」と盛大に息を吐いた。
「この距離でも、俺と兄の顔をよく知る叔父上方には見破られたようだな」
「やはりアトラス様でしたか」
カームの顔が納得に変わる。
「病み上がりとはいえ、どうも違和感が拭えず」と、ノルテ。
一方、スールとオルトは状況が飲み込めない顔。
「王の御顔をこの距離でまじまじと見る機会のある者はそう居ません。部下もですが、敵方には充分通用すると思います」
一番手前に座るヴェストは頷いている。
「行けそうか?」
「充分な出来だと思いますよ、隊長」
「なかなかの演技力です」
「さすがご兄弟。よく似ています」
タウロの隣のウィル、ノイも追従する。
「スール殿、オルト殿、叔父上方、驚かせて申し訳ない。これが今回の作戦という訳だ」
アトラスが困った様に微笑する。
「本当に、アトラス様なのですか?」
「では陛下は?」
当然の質問。
モースの微妙な顔がよぎるが、努めて追い出す。
「あちらさんの要求期日迄の復帰は、残念ながら間に合わない」
「だからといって、随分なことを思いつくものですね」
王を騙るとはと、批判的な色がノルテの口調に混じる。
「ネウルスの案だ」
ノルテが息子に目を向けるが、ネウルスはヴァルムを示した。
「言い出したのはヴァルムです」
「ちょ、ちょっとネウルス、誤解を生むような言い方をしないでくれ」
ヴァルムはネウルスを睨みながら弁明する。
「陛下が襲撃された日、ネウルスと僕は陛下に呼び出された。アトラスに来て貰わねばならないと状況だが、どの立場でなら自分に代わって指揮を摂ってくれるだろうと悩まれていたんだ」
まさに前日、同じことを問いかけたアトラスは、怒っていたとはいえ心苦しい。
「そこでヴァルムが言ったのですよ。一層のことアウルム様としてやってもらえば良いと」
「そう。冗談でね。それをネウルスが真に受けるものだから、陛下が乗り気になってしまって」
「あ〜に〜う〜え〜」
アトラスはこめかみを押さえた。
変なところで茶目っ気のある人だが、こんな時に発揮しないで欲しい。
アウルムに呼び出された二人の、その父親達は一様に複雑な顔をしている。
他の面々も気の毒そうな視線をアトラスに向けていた。
「経緯はまあいい。引き受けたからにはやる」
気を取り直して、アトラスは前日いなかった四人に向き直った。
「昨日の朝方、私の方にも襲撃者が来ました。実行役、見届け役は全員倒しましたが、別に監視役がいたらしいとのこと。指示された通り、竜護星には『アトラスは怪我をして動けないらしい』体を装って貰っています。鳥よりも竜の方が早い。情報はまだあちらには届いていないでしょう」
「陛下への奇襲が成功したのはあちらも知っています。ここでアトラス様が出てきても『やはり』にしかなりませんが、『陛下』が出てきたなら『まさか』という意表を突けるということですな」
オルトが一連の意図を要約した。
「ご理解いただけたようで結構。では、この茶番をさっさと終わらせよう」
アトラスはアウルムの仮面を付けて、物騒に笑った。
人物紹介はこちら↓
https://kakuyomu.jp/works/16818093076585311687/episodes/16818093079405183440
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