■月星歴一五四三年五月⑤〈後ろ盾〉

 竜護星首都アセラの街に入る際、再び屋根無しの馬車に乗り換えた。


 竜護星に滞在していた半年と三ヶ月、街には頻繁に出向いていた為、アトラスの顔を知る者もいくらかいる。

 食堂の若女将の顔もしっかり確認出来た。


 街自体は歓迎の空気だったが城はそうとも言えない。


 正門前の車回しには大勢の有力者が集まっていた。


 体制の立て直しにアトラスが助力した半年間を素直に認められる者たちは、今後の期待をこめた歓迎の意を示していた。


 アトラスの人員選抜に漏れた者や、レイナへの求婚を申し出ていた者たちはあからさまに面白くない顔をしている。


 人間関係は帳面だけでは割り切れない分、どうしてもめんどくさい。


 どんな顔で馬車を降りるべきか、刹那迷う。


 笑顔を振りまく雰囲気では無い。しおらしくしているのも違う。高圧的ではいけない。


 王の伴侶である以上、アトラスは彼等の上司となる。良好な関係を築いて協力して貰わねばならない。


 くだらない自尊心で業務が滞るのは御免被りたい。


 月星であれば「我がタビスの声を聞け」その一言で片が付く。

 禁じ手だが恋しくもなる。いつでも使えるが使わないのと、使おうにも使えないのは結果は同じでも腹積もりが違う。



 後続の馬車から降りたジル・ド・ネルト・ファルタンの姿に、ぎょっとする空気が満ちた。


 竜護星随一の大都市ファタル領主がアセラに赴くことはまず無い。

 大抵の場合、息子を名代に立てて済ませてしまう。こうやって人前に姿を現すこと自体が稀である。


 その大領主が自らアトラスとレイナの乗る馬車に近づき扉を開けた。


「主役が進んで下さらないと、臣下が後に続けませんよ」


 ジルはアトラスの、ライはレイナの降車を手伝う。

 それはファルタンが臣下としてアトラスに従う意思表示。


 空気が変わった。


 これがファルタンが後ろ盾になるという意味。


 アトラスの被る仮面も決まった。


 一同を見回し、余裕の風格を魅せつける。

 レイナの手を取り、何も怖いものはないという顔で勝手知ったる廊下を進んでいく。


 向かうは謁見の間。


 聖堂の無いこの国では、椅子の配置を変えて、どんな儀式もここで執り行われる。


 開かれた扉の中、真っ直ぐに敷かれた真紅の絨毯の先にはモースの姿があった。


 モースは玉座に被らない位置を保って、壇上で待っていた。



 一歩中に入り、そこで二人は歩みを止める。


 後ろに付いて来た者達が、左右に分かれて二人の脇から部屋に入り、席に着いていく。


 最後の一人が着席し、扉が閉められた。


【人物紹介】

https://kakuyomu.jp/works/16818093076585311687/episodes/16818093078876074057

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