■月星歴一五四ニ年七月⑬〈決意〉

 翌朝、アトラスが目を覚ました時には、レイナの姿は部屋には無かった。


 昨夜のことは夢だったのかとさえ思ったが、乱れた寝具にほのかにぬくもりが残っていた。


 ほんの少し前までレイナが確かに居た実感に、気恥ずかしながらも穏やかな自分にアトラスは気づいていた。


 長い話をした。

 初めて見せてしまった弱みに、レイナは優しかった。


 寝室に場所を移してぶつけ合った気持ちの毅さに戸惑いつつも、互いに心の在処を知った。

 見慣れていたはずの人物の意外な一面に気づいたのは、アトラスも同様だった。


 月灯かりに浮かぶ横顔の、長い睫毛を見つめているうちに眠ってしまったようだ。


 身支度を終えて廊下への扉を開けると、にこやかなライの顔がアトラスを出迎えた。


「おはようございます、殿下」

「……ここで何をしている?」

「重要なお客様ですので、私が自ら警護をいたしておりました」


 にっこりと、意味あり気にライは微笑している。

「その分ですと、じっくり『』が出来たようですね」

「お前の差し金か……」

「私は警護していただけです。男女間の諍いは、じっくり話し合った方が良いですからね」


 繰り返すライを睨めつけて、アトラスは溜息をついた。

 実際に入れ知恵したのは奥方の方だろうが、厄介な相手に借りを作った気がする。


「陛下もすっきりしたお顔で、誰にも見咎められずに、自室に戻られましたよ」


 深々と溜息を吐くアトラス。

 だが、纏う空気が柔らかい。


「ライ」


 呼びかける声音に真摯なものが混じる。

「俺は月星に帰る。そして然るべき地位と力を取り戻してくる」


 アトラスが言外に込めた決意を、察しの良いライは取り違えたりはしない。


「ならば、この報せは丁度いいかも知れませんね」

 口元の笑みを消してライは告げた。


「月星から、また使者が到着したそうです」

 ファタルからの早馬での報せだった。

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