■月星歴一五四ニ年一月⑥〈図書館〉
数日後、アトラスの姿は月星にあった。
『ユリウスの剣を探す』
そんな夢物語を正直に話して納得させられるわけが無いため、アセラの城を無断で抜け出してきた。
竜護星の書庫を漁ったが、目ぼしい資料は見つけることが出来ず、更に情報を得ようとするなら、思い当たる場所は一つしかない。
月星首都アンバル。
ここには蔵書数世界一を誇る図書館がある。
首都に入るためには、通用門で訪問目的を告げ、身分を検めなければならない。
しかし、無断で国を出た身としては、正面から行くわけには行かない。
だが、かつて知った街である。あるまじきことだが、抜け穴位は把握していた。
人混みに紛れて、往来を抜ける。
図書館は街人にも公開されている。しかし、竜護星の蔵書で見つからなかったものが一般書架にあるはずは無い。
アトラスは直接、司書の一人に声をかけた。禁書庫の閲覧には館長の許可が要る。
館長のリベル・クニーガーは穏和な雰囲気の老人である。
家督を息子に譲り、宮仕えは引退した。元来剣より読書を好む性格で、書物への情熱が高じて、自らの志願により余生を館長として納まっている。
「あなた様は……」
アトラスを見るなり、彼は叩頭でもしそうな勢いで頭を下げた。
「静かに。騒ぎにはしたくない」
「解っておりますとも。お忍びでございますね」
館長は勝手に解釈する。
通常の手続きを無視し、アトラスを奥の禁書庫へと通した。
「何かお手伝いは?」
「一人で調べたい。しばらく誰も近付かせないでくれるかな?」
「人払いをさせます」
こうして、アトラスは進入に成功した。
邪魔されることなく調べ物に没頭し、目的の情報を見つけることができた。
「今日、私が来たことは内密にして欲しいのだが」
「解っておりますとも。お忍びでございますものね」
完全に人違いをしていると解っていたが黙っておく。
無断出入国に詐称罪が加わってしまった。
「申し訳ないが、これを、後で城に届けて欲しい」
アトラスは、資料の一部を預けて、図書館を後にする。
自分を知っている者が多いこの街に長居は無用。
アトラスはその足で街を出た。
※※※
その夜、図書館の館長は自ら登城した。
図書館に資料を要請することは多々あるが、大抵は数いる司書が運ぶため、館長本人が出向くことは稀だった。
リベルは仲介を通さず、直接の謁見を申し出た。
王に謁見し、持参した資料を直接渡すことを頑なに主張する。
「日中、頼まれたものをお届けにあがりました」
「陛下は一日中、執務室にいらしたが」
応えたのは、側近のネウルス・ノワ・クザン。
国王の父方の従兄弟にあたる彼は、自他共に認める王の右腕である。その役目は護衛と補佐を兼ね、基本、仕事中は片時も離れない。
「解っております。お忍びでございますもの」
小さな秘密を共有した子供のように、館長は王に微笑みかける。
「しかし、陛下。念の入った変装でございました。一瞬分かりませんでしたよ」
「……見破られては意味も無いがな」
怪訝に思いながらも、王は話を合わせた。ネウルスも倣う。
「そんなに完璧な変装なら、私も見とうございました」
「ええ。髪の色まで変えての旅姿でしたから、すれ違っても、まさか陛下とは思わないでしょう」
王の蜂蜜色の髪を見ながら館長はしきりに頷く。
ネウルスが顔色を変えたが、王は視線だけで制した。館長は気付かない。
王が労って館長を帰すと、ネウルスが王を伺い見る。
「陛下に似た男といえば……」
王は結論を出すのは避け、受け取った資料を開いた。
中には、別々の頁に二枚紙が挟んである。
「密書でしょうか。炙り出しとか?」
ネウルスは透かして見るが、何も書かれた様子は無い。
「それはただの栞の様だ」
資料の方に目を通して、王は言った。
紙は『タビス』の頁と『魔物』の頁に挟まれていた。
「やはり、アトラス様がこの街にいるのですか」
今にでも飛び出していきそうなネウルスを王は制した。
「もう、無理だよ」
日中に現れて、わざわざ夜に登城を指示したのなら、もういるわけがない。
「しかし……」
「あれが無事ならそれで良い」
六年も行方知れずの男が城下にいたのだ。
当時、彼の捜索指揮をとっていたネウルスとしては、このままで済ます訳にはいかない。
「……目撃情報を取ります。足取りが掴める様でしたら、捜索隊を再編成します」
「任せるよ」
王としては、アトラスが寄越した文書の方が気がかりだった。
「厄介ごとに巻き込まれていなければ良いが」
つぶやき、王は資料に目を落とす。『魔物』とは、穏やかではない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます