□月星歴一五四ニ年七月①〈不満〉

【□ハイネ】

ーーーーーーーーーーーーーー「陛下。レイナ様っ。何処にいらっしゃるのです?」

 城内を駆け回る足音の多くは、この呼び声を伴っていた。


 慌ただしさにかき回されているのは、ファタルから緊急の文で、竜護星統治者への取り次ぎを求めて異国の王女が訪れたという報告が入ったからだ。


「全く何処へいらっしゃっているのか」

「ちょっと目を離すとすぐにいなくなってしまわれる」


 聞こえていないと思っているのだろう。不平を述べる女官達の声が廊下に響く。


 いい加減に、自分たちの王の性格ぐらい把握しなよと、ハイネは思いながら女王がいるであろう場所に向かおうとしていた。


「やっぱりあの方がいらっしゃらないとねぇ。うまく手綱がとれないのよ」

「もう半年になるわよ?見捨ててしまわれたのかしら。実は遠い異国のお偉い方かもしれないのでしょ?」

「ああ、だから。ここを立て直す為に発揮された手腕はすごかったんですって……?」


 自分たちの探し方の悪さを棚に上げ、今度は制御する側の責任というのか?知ったかぶりの噂話。

 しかも、『彼』を引き合いに出すことに気分が悪い。


「レイナ、探すんじゃなかったの?」

 思わず、ハイネは女官達の元まで行ってしまった。

 聞き流すには、あまりにも腹立たしい。


「あ、あら、ハイネさま。レイナ様ご存じありません?」

 ハイネは視線に軽蔑を思いきり込める。

 女官達に助け船を出してやる気はない。


「理解してる?時間がないんだよ。本来なら出迎えにこちらから行くべき方なんだから」

 それだけの相手を待たせている。

 暗に込めるとハイネは踵を返した。

 背後で若い女官二人の足音がバタバタと遠ざかる。


 解っていた。

 腹立ち紛れに彼女達には無駄骨を折らせているだけなのだ。

 レイナは十中八九彼が行こうとしている場所にいる。


 レイナは暇があれば湖に足を延ばす。

 特に公園の奥、樹海の中の湖畔は子供の頃からのお気に入りの場所だった。

 樹海は迷うと危険だからと当時は禁止されてはいたが、大人の目を盗んでよく行ったものである。

 ただ、気になるのはその回数が最近やけに多いのだ。

 正確に言えば、この、半年近く。 『あの男』が何も告げずに出て行って以来。


ーー面白くない


 ハイネは駆け出した。

 腹が立つのは『彼』のせい。

 すべて、『彼』が絡んでいる。


 一年前、記憶を喪っていたレイナを連れて竜王星に突然現れた男、アトラス。

 その頃、魔物に憑かれ出来うる限りの暴君ぶりを発揮していたレオニスをレイナに倒させ、王位に就かせた。 


 ここまではいい。

 問題はその後だ。


 ただ、レイナを拾って連れてきたというだけで城内に一室与えられ、この国に留まっただけでなく国の建て直しにまで口を出す始末。


 確かに、すべきことを簡潔にまとめ、順序立てて、的確に指示していったその手際の良さは認めよう。


 まともな思考と安易な正義感を振りかざしたおかげで、重臣達の多くはレオニスによって処刑され、残っていなかった。

 誰かが代わりに知恵を絞り出さねばならない状況にあったのは確かだったのだから、その役をたまたまアトラスが担っただけだ。


 だが、だからどこかのお偉いさんだというのは莫迦らしい推測としかハイネには思えない。

 当のアトラスだって、笑い出すのではないか。


 もっとも、気にくわないのは、アトラスが自分のことを言わないことだった。


 大体、うさん臭いではないか。

 なぜ、国の基礎構造なんか知っている?

 政治の中枢に詳しい者が側にいたなんて言い訳がどうして通用する?   

 そういうものは政務を担う極一部の者しか知らない筈ではないのか?


 ハイネは城の裏庭を抜け、通用門の方から樹海に入った。


 むせ返るほどの緑の中に、踏み分けられた、獣道ほどの場所を縫うように駆けていく。

 湖の畔に案の定、レイナはいた。


 土が流れて地面の上に露出した広葉樹の根の上に腰を下ろし、湖面に顔を向けている。

 周りにはたくさんの水鳥が集まってきていたが、レイナの眼中にはない。


 湖すら写ってはいないだろう。何も、見てはいないのだ。


 ハイネの気配に水鳥達が一斉に飛び立った。

 やっと顔を上げたレイナの顔に、刹那浮かんだのは期待。そして、落胆だった。


「何だ、ハイネなの」

 あからさまにがっかりした表情にまた胃の奥がうずく。

 だがハイネはこらえた。


「帰ろう。城は君を捜して大騒ぎだよ」

「私はいつも監視されていなければならないわけ?」

「竜護星国主レイナ・ヴォレ・アシェレスタに訪問者だ」

「たいそうな名前だわね」

「それが、君の名だろう?」


 今は王のみが使えるアシェレスタの名と肩書きに、しなければならない仕事があるとハイネは強調。

 だが、レイナは不服を露に眉をひそめた。行きたくないと瞳が語る。


「レイナ!」

「アストレアって呼んでよ」

 女王は言った。


ーーそう、その名を呼ばれたい。この名を付けてくれた、その人の声で呼ばれたい。


 レイナの呟きに、ハイネの頭はどんどん冷えて行く。


「無理言うなよ」

「そうよ、無理よ。アトラスはいない。半年近くも帰ってこない」


 レイナの訴えを、ハイネはいやに冷めた心持ちで聞いていた。

 また、アトラスだ。

 どいつもこいつも、口を開けばアトラスだ。

 もう、聞いてられない。


「何で、誰もがあんな奴を無条件で信頼できるんだ?」

 ハイネは堪えきれずに怒鳴っていた。

「あんな、隠し事ばかりの自分勝手な奴、疑ってかかれよっ!」

「ハイネ?」


 突然怒られ、きょとんとするレイナ。

 何か悪いことを言っただろうかという顔。

 だが、ハイネは怒鳴り散らすのをやめない。


「ひょっとしたら、どこかの間者かもしれないじゃないか。そうさ、ただの人間がどうして政治に関してあそこまで口が出せる?」

「何?アトラスのことを言っているの?」

 ハイネは『アトラス』の名にびくりと反応した。

 思い出したように レイナの顔を見つめる。


「レイナ、行くよ!」

 ハイネは強引にレイナの腕を掴んだ。

「今はすべきことを考えろよ。統治者としての努めを果たせよ。君だって、承認した上でその任に就いたんだろ?!」

 繕うようにつなげた言葉はどこか空々しい。


ーー本当に、帰ってこなければいい。


ハイネは、昏い瞳で空を仰いだ。

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