□月星歴一五四一年七月⑤〈少年〉【□は他者サイド】
□少年
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敷き詰められた厚い絨毯は、やさしいベージュだったが、今の少年には気を滅入らせる色に見えた。
中の上といえる寝心地の、重く大きな寝台に、それが十台は入るこの部屋には必要最低限の設備は付けられていた。
揃えられた衣類は彼のサイズに合わされ、ただ日々を過ごす為なら申し分ない。
これだけなら文句はなかった。
要素がこれだけならこの待遇は良いといえるだろう。
少年は憂鬱な眼差しで、自分では開けられない扉を、そして窓にはめられた鉄格子を見やった。
これが、待遇を良いといえない理由だ。
この部屋の中でだけの生活は、五年目に突入する。
四回の誕生日を経て、少年は来月に十七を数える。
背が伸びた。
顔つきも変わった。
いつでも鏡に映るのは、青白く疲れ果てた顔であり、前よりも卑屈そうな印象を与える。
日に当たらない生活は、必然的に色白の肌を作り出し、少年の顔をより不健康そうに見せていた。
口数は減り、笑うことを忘れてしまったように思われる。
少年は外部と接触するすべを持たなかった。
毎日食事を運んでくる者も、その他の用事―例えば洗濯物を集めにくる者や掃除を担う者は、ただ機械的に仕事を片づけるだけである。
少年にただ判るのは、事態が何も変わっていないというだけであった。
退屈だけが日々を支配する。
許されるのは、読書だけ。
差し入れられる書物を知識として蓄えるに過ぎない。
毎日が、日夜を問わず悪夢だった。
谷間を通る風が、遠くから聞こえる竜の声が、少年には泣き叫ぶ女の声に聞こえる。
それは、悲しみに沈んだ母の最期の叫び、その無残な瞬間を思い出させた。
『ハイネ。ハイネ……』
まただ。
ハイネの母、カルゼフォーネの声が、耳によみがえる。
両手を縛られた母の姿。
長く豊富な鳶色の髪は乱れ、ほつれていた。苔色の瞳は涙で濁り、腫れ上がっていた。
ハイネは眼を閉じ頭を抱えるが、過去の残像はなかなか消えてくれはしない。
「分かっている。分かっているよ、母さん。いいつけ通り、僕は耐えている。彼女を待っている」
『そうよ。あの方が戻ってくるのを待つの。待つのよ……』
残像は去った。
ハイネはそっと目を開けてみる。
何事もない。
あるはずもない。
だがハイネは、変化のないことにほっと溜息をつく。
気が狂いそうだった。
人と隔離され、来る日も来る日も同じ空間で、ただ時が過ぎるのを待つだけの日々は、虚しさと、息苦しさを醸し出す。
ハイネは顔を上げ、汗ばんだ手を握りしめた。
母譲りの苔色の瞳が写したのは、鉄格子の向こうに広がる青い空。
「レイナ ……」
ハイネは待ちわびるその人の名を、かすれた声で呟いていた。
【一章 登場人物紹介】
https://kakuyomu.jp/works/16818093076585311687/episodes/16818093076599827456
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