■月星歴一五四一年七月④〈謁見〉【やっと主人公の名前判明】

 城に着くと、左右に分かれて立っていた門番が、エブルの帰還に綺麗に同調した挨拶で出迎えた。


 城玄関の大扉を開くと、そこにも女官や侍従と思われる者達が十人程が整列していた。

 左右に連なっていた全員が一斉に頭を下げた。


 同じ角度。同じタイミング。

 その動きには乱れが無く、だが揃いすぎていた。


 エブルと、二人の左右を固めている者以外の兵は正面玄関を抜けた辺りから姿が見えなくなっていた。

 取り上げられた荷物もいなくなった兵が持って行ってしまった。


 エブルは兵を率いてはいても、訓練を受けている様には見えなかった。文官と言ったほうが通用しそうなほど細い腕に細い身体付きをしている。


 青年なら簡単に制することができるだろう。


 少女側にいる茶髪の兵士も身体ばかり大きいだけで、熟練しているようには見えない。


 だが、青年側にいる黒髪の兵士は違う。


 ひょうひょうと従っている体でいる男だが、剣を持たずに少女を守りながらでは青年でも相手にしたくはない。


 通された謁見の間はがらんとした印象を受けた。

 天井の高い広い室内には誰も居ない。


 正面は、数段高くなった床に目を引く緋色の絨毯が敷き詰められており、中央には一目で玉座と分かる石造りの立派な椅子がしつらえてあった。


 背もたれにはやや古風な装いの女性が彫られており、これはこの部屋まで来る間にも何体か目にした彫像と同一人物を示していると思われる。


 台座の奥、左後方には重そうな扉戸がある。『王』の出入り口であろう。

 ここから現れ、ここへ消え、決して段の下へおりることはないのか。


 そんなことを青年がぼんやり考えていると、不意に奥の扉が開いた。


 王のお出ましである。


 王は二人の人物を引き連れて現れた。


 一人は老人と言っても差し支えない年代の銀髪の小柄な男性。

 宰相かあるいは書記官だろうかという、明らかに文官といった佇まいで玉座の後ろにそっと控える。


 もう一人は身体の線がはっきり出る、踊り子のような衣装を身にまとった女性だった。

 妃ではないのだろう、王座の脇に足を組んで座る。


 エブルと同色の白金の髪を持ち、顔立ちもどこか似ていた。


 姉、あるいは年上の親戚といったところだろうか。

 氷青アイスブルーの瞳を持つなかなか美しい娘ではあるが、間違っても清楚という言葉は似合わない。

 見るからに気の強そうな顔つきをしている。


「礼をとらんか」


 茶髪の兵士が二人をにらみつけた。


「イヤだね。敬ういわれのない者に敬意を示す気はない」


 青年はそう言って、立ったままこの国の王とやらをまっすぐに見据えた。


 玉座に着いた人物は笑い、兵を制すと言った。


「道理だな。だが、余はこの竜護星の王だ。この国に入った以上、ここのルールに従うというのも道理ではあるまいか?」


 やけに時代がかった話し方。

 作り物の様な顔で、作り物の様な口調で紡がれる声は、どこか芝居がかって見えた。


「一介の旅人と統治者とが同格に話すことなど笑止である」


 萌葱色の瞳が冷ややかに青年を見下ろしていた。


「統治者、か……」

 軽蔑を露にした青年。

とはなんたる者か。たるお前に解るわけもなければ、そう語る資格もありはしない」

「ほぅ。余は支配者か」


 青年の言葉に王は怒るでもなく、むしろ満足そうな笑みを浮かべた。


「して、その根拠は?」

「この状況を見てもそうさ。ただ街を歩いていた我々を連行させるという行為、その尋問にあんた自身が自ら出てくるのは、権力の駆使及び見せつけのなにものでもない」


 青年はわざわざ答え、更に意見を述べた。


「街を見たってそうだ。せっかくの施設も封鎖し、真に統治者といえる者は、まず民のことを考えるもんだ」


 見守る少女は気が気ではない顔をしていた。 

 青年がこうも挑発するがらしくないのを解っている。


 曲がったことを嫌う性質たちではあったが、同時に表立った行動及び、接触はなるべくさける方だった。

 普段の青年は平和を好む。


「おもしろいことを言う男だ。名は何という?」

「人に名を尋ねるときは、自分から名乗るのが礼儀ってもんだ」

 また、青年は反発で応じた。


 いくらそれが青年の故郷、月星での教えであっても、この場において貫くこともない。


「アトラス、いい加減に……」


 少女の口調に哀願が含まれた。


 その声に、王の薄い金髪のかかる白い顔に動揺の色が表れたことに少女は気付いていない。


「アトラスと、言ったか?」


 王は玉座から立ち上がった。

 絨毯と同色の緋色の外套を引きずり、段を降りる。


 異例の行為にエブルと段に腰掛けていた女性は驚きを隠せない。

 黒髪の兵士も初めて動揺を見せた。


 いくら武器類は入り口で取り上げているとはいえ、こうも挑戦的な態度の者でも害はないと考えるのか、王は青年の正面に立った。


「月星のアトラスか?」


 今度は青年が眉をしかめる番だった。


 青灰色そらいろの瞳で王をにらみつける。


 歳は青年と同じくらいだろうか。


 背はやや高いが、全体的に細身で、長く腰まで垂らされた髪は淡い金色。

 象牙色の肌に刻まれた顔つきもどこか繊細な感じを受ける。

 だが、萌葱色の瞳だけはこの容姿に不似合いなほど強く、血に飢えた野獣をも思わせる禍々しいが伺い知れた。


 過去に見たことのない顔のはずだ。


「お前は誰だ?」


 青年は問い返した。


 この行為は、青年が自分が『アトラス』という名であることの肯定を意味する。


「余はレオニス。竜護星国王レオニス」


 それは、宣言にも似た返答だった。

 レオニスはいたずらをたくらんで喜ぶ子供のような目をアトラスに向ける。


「それにしても、アトラス。アトラスとはね……」


 何が言いたいのか愉しそうに繰り返すレオニスの次の言葉を、アトラスは苛立ちを持って待った。


 レオニスはゆっくりと、勿体つけて言葉を紡ぐ。


「道理で血の匂いがするわけだな、アトラスよ。何人殺した?」

「な、んだと……?」


 アトラスを取り巻く空気が変わった。

 顔が強張るのを自覚した。

 道中、少女にさえ見せたことは無い。

 押し殺してはいるが、心中に渦巻くものは怒りとしか呼べない。


 あおる様に高々とレオニスは笑う。


「お前のような者に平和を語る資格があるとは思えんわ」

「……貴様、何を知っている?」

 精一杯、自分を押さえて青年は問う。


 だがレオニスは答えず、エブルを傍らに呼んだ。


「この男を捕らえておけ。余を不愉快にさせた上に、謀反の疑いがある」


 この対処が不合理なのは、まともな人間の目には明らかである。


「ちょっと!」

「やめとけ」


 抗議しかける少女をアトラスは制した。


「だって……」

「最初からそのつもりなのさ。大した名目もなしにヒトを陥れ、勝ち誇るのを快感としているような奴だ」

「名分は有るぞ。お前達は城下で不穏な動きをし、民を不安がらせた」


 二人は単に町並みを見る為に歩き回っていたにほかならない。


 馬鹿らしくて、不安がらせているのはどっちだ、と言う気も起きなかった。


 少女はアトラスを見つめた。


 アトラスが何を考えているのか、少女には読めていない。

 だが、故意に挑発したことくらいはさすがに気づいている。


「どうするの?」

「おとなしく、捕まってはやるさ」


 アトラスはもう冷静に立ち戻っていた。


 さりげなく、少女の震える手を取り軽く叩いた。心配するなと、不安げな少女への合図。


 アトラスは気付いていた。


 レオニスはアトラスと対話をしながらも、視線はさりげなく少女を追いかけ、その存在を気にかけていた。


「本当によろしいのですか?」


 二人の脇ではエブルが再度確認を得ていた。


 気の進まないエブルの顔。

 申し訳なさそうにアトラスを見上げる。


「仕方ないよなぁ。お前さん、主にあるじは逆らえないんだろ?」

 アトラスの皮肉に顔を真っ赤にしながら、エブルは黒髪の兵士に彼を連れていくよう指示した。


 少女の方は、玉座の脇に座っていた女が連れていくように命じられた。


「ペルラ、そのむすめの身なりを整えてやるがいい。そんな男のような格好は見たくない」

「かしこまりました」


 そう、承諾しながらも少女を呼びつけるペルラの声は、この上なく不機嫌な音を纏っていた。


【一章 登場人物紹介】

https://kakuyomu.jp/works/16818093076585311687/episodes/16818093076599827456

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