□月星暦一五四一年七月③〈首都〉【主人公の名前がまだまだ出てこない】

□少女

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 竜護星首都アセラの街は、多くの都市がそうであるように周りは城壁で囲まれていた。


 緩やかな傾斜地に開かれていて、政治の基盤であり、役所であり、統治者たる王族の住居でもある『城』が奥の一番高い場所に位置している。


 周囲は深い森に囲まれている上に、北面には険しい渓谷が走っている為、外部からの侵入はしにくい場所にこの街はあるといえる。


 街自体も地形を活かして構成されていた。


 傾斜を利用して全体は大きく四段に分かれており、城を基点に公共施設が中央部に配置されている。


 公共施設とは、劇場に図書館、公衆浴場や広場といったものをさし、それらは必ずどこかしらが屋根付きの列柱廊を持ってつながれていた。


 全てが分離しながら連動している。

 出入り口も四方にいくつも配置されており、周りに建つ民家からも利用しやすいようにされている。


 日常生活を重視した、計画的な都市設計に基づいた街の作りがしてあった。


 街路も人の専用ものと、馬や馬車用のものと分かれており、基本的には碁盤の目状に配置されている。


 この形態は、公平さを意識したものであり、市民の中に差は少ないと一般的には考えられる。


 充実した街のはずだった。

 民も、どんなに平和な生活を送っているのかと想像できるはずであった。


 だが実際には、その機能は十分に活かされてはいない状態にあり、ただの来訪者すらも残念な気持ちにさせてしまう。


 せっかくの施設もごく一部しか使われていないようだった。

 全体的に、『退廃した』という形容詞が似合ってしまうくらい荒んだ印象を受ける。


 人影もほとんどなく、たまに見かける顔も暗く沈み、疲れきっているように見えた。


 

「どうしてここは、こんなにもひどい状態にあるの?」


 半ば程まで歩いてきて、少女が初めて述べた言葉だった。


 見ていられない。


 そんな心中がはっきりと判る顔で呟いた。


 この五年、青年の故郷でもある月星で拾われた少女は、以来青年と共に様々な街を見てきた。


 もちろん場所によって受ける印象は多々あったが、どの街も、特に首都と呼ばれるところには人々が行き交い、活気に満ちていたと共通していえる。


「おそらく、統治者が私腹を肥やすことに目覚めちまったんだろうよ」


 青年の口調には、苦々しさがあった。

 形の良い眉を嫌悪に歪ませ、自身のことのように怒りを持っている。


「こうなれば、そいつは統治者なんて言えないわな。暴君、あるいは支配者と言った方が相応しい」


 青年の不快感は街の有り様だけに向けられたものではない。


 入る際に、やけに高い通行税をとられたというのも大いなる不満ではあったが、何よりも気に障るのは『誰かにのぞかれているような感覚』でだろう。


 街に入ったときから、その感覚は二人につきまとっていた。


 尾行等は無いが見張られている。隠そうという気もないあからさまな気配。


「どうしたい?」


 尋ねられて少女は一番の高台に建つ城を見やった。


「私、ここの……空気?なんて言って言いのか判らないけど、イヤな感じ……」


 行かなきゃいけない。

 そんな気がすると言ってここへ来たのは少女自身だ。


 何かが待っているような期待にも似たものを感じたから行くことを決めた。


 だが、行きたくないという生理的な嫌悪感もまた事実だった。


 迷う。

 相反する選択肢に悩む。

 何かを見落としているような苛立ちも加わり、答えが更に出しにくい。


「どうしよう……」


 溜息をもらして少女は頭を抱えた。

 指の間から掻き上げた紅味がかった明るい色の髪がこぼれ落ちる。


 青年が少女の肩をたたいた。


「なに?」

「良かったな。考える手間を省いてくれるってさ」


 青年は少女の後方を顎でしゃくった。


 あきらかに『兵士』といえる装いの男達が二人を囲むように近付いてくる。


「何よ、あれは?」

「俺らが気に入らないそうだ」


 そう言いながら、青年は少女を自分の背後にやった。


 その手は外套の上からさりげなく腰部の剣に当てている。

 平均的なものよりも拳一つ分ほど長めで、青紫色に染められた皮が巻かれた鞘に収まっている。

 柄の部分にも同色の皮が金の施された金属に巻いてあったが、比べるとこちらはやや色があせていた。

 十年来彼と共にあり、どんなものより手になじむ剣だと聞く。


「私たち、何かした?」

「俺はてっきりお前の首に賞金でもかかっているのかと思ったがな」


 軽口をたたきながらも青年の眼は笑っていない。


 青年の視線は相手の動きを追い、場合によっては、いつでも飛び出せる体制を整えている。


「お騒がせして申し訳ありません」


 切り出したのは、二人を囲む『兵』達の後ろから現れた男だった。


 歳は青年と同じくらいだろう、二十代初頭と思われる。


 やや黄色みを帯びた若葉色の瞳を持ち、色白の額には白金色の髪がかかる。


 白の似合う男だった。

 もし、女として生まれついていたのなら、清楚という言葉が合っていただろう。


「私はエブル・ブライトと申します。あなた方を城に連れてくるよう命じられました」


 丁寧な言葉遣いに柔らかい物腰は、良家の生まれであることをうかがわせた。


「お手数でしょうがご同行願います。主君が会いたがっておられます」

「断るとは思っていないようだな」


 青年が不快感を隠そうともせずに応じた。


 どんなに穏やかな口調で話されても、はじめから兵で囲っておくという有無を言わせないやり方が気にくわないと判る顔。


「どうせ抵抗しても連れていく気だろうに」

「主君の命令ですから」


 エブルの口調に困り果てた響きがまじる。


 やりたくてやっているわけではない。


 そんな内心がうかがえた。

 大人し気な外面そのままに、穏やかな性質をなのだろう。


 言われたとおりにこなすことで、平穏を見いだすのが精一杯のように見受けられる。


「いいさ。連行されてやるよ」

 口を開きかけた少女を制して青年は従う意向を示した。


「ただし、城に着くまでに、せいぜいもっともな名分を考えときな」


【一章 登場人物紹介】

https://kakuyomu.jp/works/16818093076585311687/episodes/16818093076599827456

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