■月星暦一五四一年七月②〈二人の旅人〉【主人公の名前がまだ出てこない】

 一定の高さを保ちながら、竜は斜面をなぞる様に進む。


 飛ぶとはいえ、上限はそう高くは無い。

 それでも、人の目線を遥かに凌ぐ高度からだと地平線はまるい。


 先人が国を星に例えた理由が解るというものだ。

 自分たちが立つその大地自体が球を描いていると言ったところで、誰も信じないだろう。


 青々と被い茂る緑は果てを知らず、勢い良く流れる渓流の上流には、かなりの水量を蓄えた湖が伺える。そんな自然に恵まれた条件の中にアセラの街は存在した。


 一見のどかそうな風景である。

 近付く秋の気配に、刈入れの準備が進められている。


 だがそれとは裏腹に何かがおかしい。


 不穏な空気は、竜護星国土に踏み入れた時から感じてはいたが、それを決定的なものとしたのは首都アセラの街を眼にした瞬間であった。


 竜の背から見たのだから、かなりの距離がまだあったはずだ。

 全体像を眺めたにすぎないのに、この街は根拠もなく回避したいような衝動を起こさせた。


 周囲の風景とは不似合いな何かがあった。


 漠然と、だが確かな異質感。


 それは決して気持ちのいいものではなく、触れたくはない禍々しいもの。


 青年にとって必要なのは少女の要望だったが、今回ばかりはその規則ルールを破りたい。それが彼の本音だった。


 しかし青年は、その旨を伝えることを避けた。


 例え言ったとしても少女は行くと言うだろう。

 一度自分で決めたことは曲げない。そういう娘だ。


 だから何も言わずに今回も、いつものように傍らについていてやり、出来る限りの補助をしてやればいい。


 青年は、そっと腰に下げた剣に触れた。

 今回は必要になるかもしれない。


 そんな、確信にも似た予感があった。


   ※


「そろそろ行くか?」


 少女は呼びかけに応えた。


 竜を街の一番下手、城門のある方へ向かわせる。

 そこからやや離れた木々の間に二人は降りた。


 距離をおいて降りるのは、竜に怯える者への配慮ではあるが、街へはあくまでも徒歩による旅人だというふうに入ることにしている。


 平静を装い、いつものように少女を促す青年だったが、何かに見られているような居心地の悪さに似た悪寒を拭いきれずにいた。


 そんな青年の心中を知ってか、少女もらしくないほど無口をきめこんでいる。


 そんなおり、懐かしい風の到来に心騒がす者がいたことなど、今の二人が知るよしは無い。


【一章 登場人物紹介】

https://kakuyomu.jp/works/16818093076585311687/episodes/16818093076599827456

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