10リカ「どうもすみません。ご迷惑おかけしました」
「アタシだって、まだまだ女子高生には負けないんだから!」
おじさんの記憶を取り戻すためのぱふぱふ。だったのだが、いつの間にか縁は、とにかく股間を膨らませようと必死だった。
「見てなさい。ケイの時よりもおっきくしてあげるわよっ!」
高校時代のクラスメイトにも対抗意識を燃やす。おじさんの股間にビシッと指を突きつけた。
「はてな、ケイさんとは? それに、見ろとおっしゃいましても……」
椅子に座らされたおじさんの目は、一星のアイマスクで覆われていた。
「別にアンタに宣言したワケじゃないわよ」
このままでは女としてのプライドが黙っていなかった。ピチピチの23歳。自分はまだまだやれる、むしろこれからだと、自分自身に証明したかったのだ。
「よーし……」
スーツのジャケットを脱いで、フェミニンなスキッパーシャツだけになる。自分の胸に手を当てた。
「だ、大丈夫よ縁、落ち着いて……。はあ、はあ」
自らにそう言い聞かせるも、呼吸は荒く乱れた。こんなことをするのは初めてだった。
「こ、こんなのお遊び程度のことよ。しっかりするの、もう大人じゃないの」
自分の胸を、シャツ越しに両手で寄せるようにして持つ。縁のサイズはDカップ。ぱふぱふするのには十分な大きさだった。
「そ、そうよ。イッくんだって、出張とかいって変な視察してたし……。これくらいどうってことないわ」
それは縁の勘違いなのだが、訂正する者は誰もいなかった。何も知らないおじさんとの距離をじりじり詰めていく。
「い、いくわよ、二郎……」
視界をシャットアウトされつつも、おじさんはただならぬ気配を感じて震えた。
「な、何ですかな? 何やら、怪しい気配がするのですが」
「あ、
「ええ……。こう、背筋がゾクゾクしますぞ」
予想外の反応に縁は戸惑ったが、徐々に心持ちが変わっていった。
「そ、そうなんだ……」
ただの腐れ縁同士だと思っていただけに、おじさんの言葉は印象深いものに感じられた。
「私で、二郎がそんな風に……」
内心悪くない気分だった。密かな愉悦を胸に抱く。
「へへ……。なんだ、かわいいとこあるじゃんアンタ」
「心外ですねえ。才気あふれる若社長に向かってかわいいだのと」
「ま、イッくんには遠く及ばないけどねー」
「イックンさん? また別の人物が出てきましたな」
双子の兄をも忘れてしまったおじさんを、縁は心配そうな目で見つめた。
「……ねえ二郎、本当に大丈夫なの? ずっとこのままってことないわよね?」
「記憶喪失のことですか? さてな、私にも分かりませんねえ」
幼稚園から大学まで、ずっと一緒だった幼馴染との思い出がよみがえる。
「みんな忘れちゃったの? 運動会も修学旅行も……。二人してケイに怒られたことも?」
「うう……」
うめき声を漏らすだけの彼に、縁の胸は痛んだ。目にはうっすらと涙さえ浮かんでいた。
「――アタシのことも……?」
おじさんは必死に思い出そうとしている様子だったが、妹のはた迷惑な科学力に屈してしまう。もやがかかったように記憶が曖昧だった。
「……ここまで出かかっているのです。ですが……」
「そう……」
それは悲しいことだったが、おじさんを責めるわけにもいかなかった。
「……たぶん、アンタが悪いワケじゃないんでしょ? だったら、そんな風に苦しまなくていいの。一番辛いのは、二郎だもんね……」
「……クサカベさん? もしかして、あなた今……」
子供同然の彼を、これ以上心配させてはいけない――。縁はシャツの袖で目を擦った。気丈にもとぼけてみせる。
「な、何のこと? あー、なんか風邪っぽいかも! 鼻声になっちゃう」
「……」
アイマスクはしていたが、おそらく真面目な顔でおじさんは言った。声は静かだったが、その言葉には強い意志がこもっていた。
「……私の記憶を戻すために、クサカベさんが泣くことありません」
「え……?」
縁の目には一瞬、まっすぐな瞳が見えたような気がした。幼馴染の涙を感じ取って、おじさんははっきりと言い切った。
「女の子を泣かすやつは最低です。私は、あなたに泣いてほしくない!」
「!」
不意に見せたその男らしさに、思わず言葉が出なくなった。
「苦しまなくていい? それはあなたの方です。私のことは、私自身で何とかしてみせます」
「な、何とかって……?」
「そ、それは……」
格好つけたはよかったが、具体的な方法を問われると途端に詰まった。ごまかすように
「ご、ゴホン! と、とにかく、何とかは何とかです!」
急に子供っぽくなったおじさんを見て、縁は優しく微笑んだ。張っていた緊張の糸が切れたようだった。
「もう、何よそれ……。せっかくいいこと言ったのに、結局締まらないんだから」
「い、いえ、私は本当に」
「バカね。無理してカッコつけちゃってさ……」
愛おしそうな眼差しで見つめた。普段は決して向けない視線だったが、アイマスクをした今の彼に見られることはない。
「……うん、ありがとう。けっこう嬉しかった、かな」
素直にそう思えた。自分の胸元に目を落とす。震える指を言い聞かせながら、シャツのボタンをゆっくりと外していった。
「く、クサカベさん……?」
「……安心して。もう、泣いたりしないから」
胸元がはだける。きれいな鎖骨が露出して、かわいらしいデザインの下着が覗いた。
「……」
露わになった柔肌に視線を落とすと、俄然恥ずかしさがこみ上げてくる。顔はたちまち真っ赤になった。
「うう……」
羞恥心に声を漏らす。見えていないと分かっていても、幼馴染の前ではいっそう緊張感が高まった。
「だ、大丈夫ですか?」
「へ、平気!」
強がってみせたが、声は上擦ってしまった。おじさんが待ったをかけないうちに、改めて自分の胸を両側から持ち上げた。
「よ、よし……」
ごくりと固唾を呑む。呼吸を整えようと頑張ったが、いくら待っても落ち着きそうになかった。
「ごめんね二郎……。嫌かもしれないけど、すぐに終わるからね……?」
「は、はい……」
ゆっくりと近づいていく。おじさんの顔が、今にも触れそうな距離に迫っていた。
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