2新音「あらあら、わたくしに何か……。まふっ⁉」
キーン コーン カーン コーン。
放課後になった教室。三実は白衣からスマホを取り出した。部活前とあって、ピンクのピッグテールはまだ爆発していない。
「……」
ある生徒の空席を見やった。メッセンジャーアプリを起動してメッセージを入力する。
『今日学校来なかったな。大丈夫かー?』
すると、相手からの返信はすぐに来た。
『大丈夫や。ちょっと風邪引いただけ』
欠席した生徒は、どうやら体調不良で寝込んでいたらしい。それを受けて、三実は意外な思いがした。
『風邪? 珍しいな』
『ついマッパのまま寝落ちしてもうてな』
『ついでマッパのまま寝落ちするか???』
『体操服借りっぱやのに、学校行けんくてごめんな?』
『それは別にいいけど……』
全裸で寝落ちしたことといい、休んだクラスメイトのことが色々な意味で心配になってくる。
『起きてて大丈夫なのかー?』
『平気や。今すぐにでも練習したいくらい』
『それはダメでしょ』
『何や、三実も同じこと言うなあ』
『?』
関西弁の少女は事情を説明する。
『実はピンの仕事もらったんやけど』
『ピンて。お笑い芸人みたいになっとるがなー』
『何ていうんやろ。一人の仕事って意味な』
『おーけー。よかったじゃん。頑張んなよ』
仕事をもらったという同級生を鼓舞したが、彼女からの返事は歯切れが悪かった。
『それがなあ、どうも無理そうでな』
『無理って、できないってこと?』
『うーん。場所も場所やし、今回はやめといた方がええかもしれん』
体調を崩してしまったことで、辞退せざるを得ない状況になっているらしい。
『あんたが風邪くらいでー?』
少女のことをよく知る三実には意外だった。が、どうやら彼女自身の意志で断念するわけではないようだった。
『そうやのうて、偉い人らに止められたわ。うつるからって』
事務所の人間からストップをかけられたのだった。納得した三実は親友をいたわってやる。
『たまにはゆっくり休めよ。いのちだいじに』
『嫌やそんなん。ガンガンいこうぜ』
本人はあくまでやる気満々のようだった。その姿勢に感心しつつも、無理をしないよう釘を刺しておく。
『死に急ぐなよカン! 棺桶引きずる身にもなれ!』
『いやまあ死なんけどな。ただなあ』
カンと呼ばれた少女――
『公演の方は絶対休まん。ほかのメンバーに風邪うつしてでも出たるわ』
並々ならぬ熱意を感じて、三実は思わず感嘆の声を口で漏らした。
「へえ」
友達の活動は、ずっと前から応援していた。それだけに感慨深いものがある。
「カンらしいや」
再びスマホを操作する。少しじーんと来てしまったことを悟られぬよう、あえておちゃらけた文言で返した。
『相変わらず真面目だなー。そんなんじゃハゲるぞ?』
『ピチピチの15歳に何てこと言うんや。三実よりウチの方が長いわ』
不毛なやり取りをしていても仕方がないので、公演の方に話題を移した。
『新曲やるんだっけ』
『お? よう知っとったな』
『べ、別にあんたのことを逐一気にかけてるわけじゃないんだからねっ⁉』
『なんや幼馴染ごっこか。新曲はそうやけど』
三実が熱心に応援していることを、当の八重子はよく分かっていないようだ。ツンデレ台詞は華麗にスルーして、曲についての不安を打ち明けた。
『風邪で高い声が出んくてな。まあそのうち治るとは思うけど』
『本当に大丈夫? さすがに休んだら?』
『ええー? でもウチが休んだら、たぶん代打
『頑固だなー。熱は?』
『たいしたことない。声だけ』
科学部に所属している三実はしばし考えた。親友のピンチに、科学者として何かしてやれないだろうか――。
『仕方ないなあ。高い声が出る薬作ってやんよ』
自信たっぷりにそう打ち込んだ。が、八重子からのリアクションは期待通りのものではなかった。
『……』
わざわざ三点リーダーで沈黙してみせてから、マッドサイエンティストの提案に強く反発した。
『い、嫌や! 三実の作る薬ってめちゃくちゃやん!』
二人は小6からの付き合い。突拍子もない発明品の数々を、八重子はよく知っていた。露骨に否定された三実はたまらず反論する。
『失礼な! この前だって眠気覚まし作ったら、こなこなに泣いて喜ばれたんだから!』
『メガギンギン』が想定外の効果をもたらしたことは、三実も
『こなこなさんって、
『迷惑じゃないもん! 博士博士って慕われてるんだから!』
『ウソくさー。そんなやつおるわけないやんアホらし』
ぐぬぬと歯噛みする三実。渋る八重子に譲歩した。
『じゃあ誰かで治験してから渡すよ。それならいいでしょ?』
『自分で試すという選択肢はないんか』
『だって、またこんな髪になったら嫌だもん』
薬が正しく作れたかどうか、昔は自分の体で試していた。が、期待通りの効果が得られず、ある時ピンク髪になってしまったのだ。
『髪はやっぱり黒がいいよ』
大好きなおじさんと違う髪色になってから、他人をモルモットにするようになったのだった。自称天才博士のはた迷惑な過去である。
『ええやんピンク。かわいい』
三実は気に病んでいたが、八重子の目には魅力的に映っているようだった。
『なら飲む? あの時の薬は余ってるから』
『そう言われたら嫌やな』
『何だよ何だよー! もう薬作ってやんないかんな!』
『別にええよ』
『そんなこと言うなよー! 作りたいんだよー!』
『ブレへんなあ三実は。結局自分が作りたいだけやんか』
誰で薬を試したものか――。教室を見渡して被検体を探した。一人の男子生徒に目を留める。
『キュートでいいや。行ってくる!』
『もうやめたれや。絶対断るやろアイツ』
『科学はトライアンドエラーなんだよ!』
同級生に駆け寄って交渉する。が、肩を落とした三実はすぐスマホに戻った。
『『絶対嫌アル!』だって」
『無理ないやろ。同情するでホンマ』
『なんでー。かわいいじゃんチャイナ』
『じゃああの時のドレッシング使うか?』
『そう言われたら嫌だね』
『身勝手極まりないな』
腕を組んでうーむと考える。代わりの被検体は――。
『
『先生のお兄さんやっけ?』
『うん。カンは会ったことないか』
おじさんが嫌う
『なんか心苦しいわ。今のうちに謝っといた方がええかな』
『ダイジョーブ。科学ノ進歩ニ犠牲ハツキモノデース』
『犠牲って言うてるやん。絶対大丈夫やないやろ』
『公演って週末だっけ? 日曜?』
『そうやけど……』
『じゃあ今日作って、明日の朝一兄に飲ませるよ。成功したらカンにも渡すね』
『ええんかなこれ……。とんでもない犯罪を見過ごしてる気分や』
友の不安は無視して、善は急げとばかりにスマホをしまう。
「よーし」
風邪で高音が出ない八重子のために、白衣を
*
「う~、思ったより苦戦したなあ。また爆発しちったよ」
実験の火力で、頭のピッグテールはもさもさになっていた。余った白衣の袖で汗を
「でも、その甲斐あってバッチリ成功したね」
作った本人はそう確信しているようだった。たった今生成したばかりの錠剤を手にする。
「まるで1オクターブ飛ぶように上がるはずだよ。この……」
自信満々に掲げて、発明した薬の名を叫んだ。
「三実ちゃん製薬『オクトーブ』を飲めば!」
ドヤ顔で薄い胸を張ってみせる。フフンと得意げな様子だった。
「このまま渡しちゃってもいいんだけど……」
八重子との約束を思い出す。まずは治験しなければならない。
「しょうがないからテストしてやるか」
薬を小瓶に入れて、マッドサイエンティストはご機嫌なスキップで学校を後にするのだった。
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