11縁「招待状って何⁉ アタシもらってない!」

「え、える……」

「先輩……」


 ベッドの上で、えるはおじさんに覆いかぶさる。つやっぽい唇を近づけた、その時だった。


「うっ⁉」


 おじさんは苦痛に顔をゆがめた。


(な、何だ?)


 体の様子がおかしかった。不自然に息が切れる。


「どうしました先輩」

「なんか、体が変だ……。この感じは」


 ラブホテルに入る前――夜道で具合が悪くなった時と同じだった。


「ぶり返したみたいだ……。あー……。クラクラする」

「だ、大丈夫ッスか?」


 おじさんの額に手をあてる。熱はほとんどないようだった。


「大丈夫だ、寝てればよくなる。体は変だけど、やっぱり極端な頭痛とかはない」

「ほんとッスか?」

「ただなんか、眠くなってきたな……。おかしいな、三実の薬飲んでるのに」


 たった1錠で目がギンギンに冴える――メガギンギンのことだった。眠気覚ましを服用したはずだったが、どうやら正しい効果は得られていないようだった。


「……悪いえる、ちょっとだけ寝てもいいか? そしたらよくなるから」

「それはもちろんッス。ゆっくり休んでください」

「すまん。じゃあ、ちょっと……」


 おじさんは目を閉じた。すぐに寝息を立てる。呼吸も落ち着いた。


「……寝ちゃった」


 行為は中断されてしまったが、よくなってもらうのが一番だった。赤ん坊のようにすやすや眠るおじさんを見て、えるは愛おしそうに目を細める。


「……考えてみたら、目つむってもらえばどけたんだ」


 お互いパニックに陥ってしまい、そんなことにも気づかなかった。いつまでも上に乗っているわけにもいかなかった。


「先ぱーい? 寝てますよね?」


 へんじがない。ただのしかばねのように眠りについたのを確認して、体を離そうとする。


「おろ?」


 その時、自分の内ももの辺りに、何かがあたっているのに気づいた。


「何? 先輩の財布かな」


 おじさんのズボンのポケット辺りを、そのまま内ももでいじってみる。


「? 財布にしては……」


 硬い。位置も、ポケットからは少しズレているようだ。ちょうどおじさんの股間の辺りだった。


「それに確か……」


 ガストを出る時、おじさんが財布を取り出したのは、ジャケットの内ポケットからだったはずだ。


「うーん???」


 であれば、この物体はいったい何なのか――。


 えるはそっと体をどけた。ほどけたバスローブの紐を結び直す。仰向けに横たわるおじさんを、改めて観察すると……。


「な゙っ⁉」


 思わず二度見した。おじさんの股間は、メガサイズに膨張していた。その正体を掴むことができず、えるは激しく動揺した。


「な、何これ⁉ 先輩何入れてるの⁉ なんでこんなところに?」


 次々に疑問が生じる。が、納得いく答えは浮かばなかった。


「……苦しくないのかな」


 寝苦しくならないように、取り除けるものならそうしようと考えた。得体のしれない何かに、スーツの上から、人差し指でチョンと触れてみた。


「……」


 その瞬間、えるは本能で理解してしまった。


「こ、これ……」


 おじさんのズボンに何かが入っているのではなく、それはおじさんそのものであった。えるはカァーッと赤面した。


「う、嘘⁉ これ……。先輩なの⁉」


 スーツ越しとはいえ初めて見る実物のそれは、想像よりもはるかにたくましかった。いけないことと分かっていても凝視してしまう。


「いくらなんでも……。大きすぎない?」


 ガストで習った棒きれとは違っていた。今にもズボンを突き破ろうとしている。


「ま、まるで……」


 ゴクリと生唾を飲み込んだ。


「まるでメガサイズのギンギン――『メガギンギン』じゃんか!」


 三実の実験はやはり失敗していた。眠気覚ましではなく、超強力な精力剤を作り出してしまったのだ。


 そうとも知らずに、えるは目の前の怪物に釘づけになる。


「し、知らなかった……。先輩が、伝説のスーパーサイヤ人だったなんて」


 おじさんが覚醒した戦闘民族となったのは、むろんメガギンギンを服用したからにほかならない。今の状態がスーパーサイヤ人だとしたら、普段は調子のいい時でヤムチャ程度の戦闘力しかなかった。


「これが……」


 バスローブ越しに、えるは自分の股の辺りを押さえた。おじさんに当てられたのか、えるの体も熱っぽかった。


「ここに……」


 じっとりと汗をかく。何を想像したのか、しばらく沈黙した。


「いやいやいや無理無理っ! 絶対入らないって!」


 妄想をかき消すようにブンブンと手を振る。大声を上げても、おじさんが目を覚ます気配はなかった。


「でも……」


 ベッドの脇にしゃがみ込む。自分の胸に手をあてて考えた。


「……あのゆかり先輩を相手取って、自分が勝てるはずない」


 少なくともえるはそう思っていた。えるにとって、縁は明るくかわいい憧れの先輩だった。本人にそう伝えたことはなかったが。


「先輩は付き合ってるの否定したけど……。だからって、あたしが選ばれる保証なんてないんだし……」


 室内をキョロキョロ見回した。当然だが、ムード漂う異空間には二人以外誰もいない。非日常の空気も手伝って、よこしまな考えが鎌首をもたげる――。


「……」


 瞬きも忘れて、おじさんの股間を食い入るように見つめた。自分の息づかいが荒くなるのにも気づかない。


「先のことなんて分からないなら……」


 ベッドに手をついて再び乗り上がった。


「……いいよね。恋人いないって言ってたし」


 おじさんが交際経験ゼロなのは確認済みである。彼の内ももを、そっと手で撫でた。


「後輩だけど、ひと足先にしちゃっても……」


 途中で起きられてはいけないので、頬をペシペシ叩いて確かめる。何度はたいても反応はなかった。


「……いい子で寝てるな」


 えるは一度上体を起こして深呼吸した。自分自身に言い聞かせる。


「……これは単なる取材。エロ漫画家として成長するための」


 色々な意味でひと皮剥けそうな気がした。えるはなおも言い訳をやめない。


「せ、先輩がいけないんだから。こんなの見せびらかして、何も感じないわけないじゃんか」


 バスローブの紐を解く。再び前のめりになって、ズボンのベルトに手をかけた。


「……ごめんね先輩。あたし、悪い子だよね。でも……」


 下ろした髪がおじさんに触れる。それを耳にかけて、甘い声で囁いた。


「……大好きだよ、先輩」


 おじさんの貞操が危なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る