9える「困るッスよー、今はえる回なんスから」

(アダルトグッズだこれ⁉)


 えるがおじさんに案内したのは、大人のおもちゃの自販機だった。


「あわわ……」


 ショーケースに並ぶいかがわしい品の数々に、思わず腰を抜かす。そんなおじさんの反応を、えるはニヤニヤしながら観察していた。


「どうしましたー? 先輩。ほしいのありましたー?」

「お、おまこれ……。は、犯罪」

「いや犯罪ではないッスよ⁉ 普通に合法ッスから!」


 ピュアなおじさんの動揺は激しかった。さすがのえるもびを入れる。


「す、すいません……。驚く先輩がかわいくて、つい」


 それを受けて、おじさんも多少落ち着きを取り戻す。性の乱れに憤慨した。


「まったく。日本はどうなっとるんだ」

「自分も自分かもしれないッスけど、先輩も先輩ッスよね」


 バスローブ姿でしゃがみ込むえる。バイブやローターを興味津々に眺めた。


「意外とデザインかわいいのが多いッスね」

「確かに……。よく見ると、それほど怖くないかも」


 商品は女性用のものが多かった。ピンク色のソフトなものや、化粧品に擬態したものまである。宝石をねだる彼女のように、えるは買って買ってとアピールした。


「どれかプレゼントしてくださいよー」

「それでいいのかお前は……」

「漫画の資料用と実用用で、二つお願いしますね?」

「一つもやらねえよ」


 その時、どこからか謎の音が鳴り響いた。低くうなるようなモーター音だった。


 ブイーン……。


「? 何の音だ?」


 そう言った直後、おじさんは肩に振動を感じた。


「ひゃうっ⁉」


 思わず変な声を出してしまう。


「な、何だ⁉」


 振り向くと、いつの間にか回り込んだえるが、おじさんの肩に何かを当てていた。モーター音の発生源は電マだった。


「お、おい何してんだ⁉」

「何ってマッサージッスよ、無料で使えるのもあったんで。枕元に置いてありました」

「で、でもこれって……!」


 いかがわしいことに使うものでは……? そう思ったが、恥ずかしくて言い出せなかった。その羞恥心を敏感に感じ取って、調子に乗ったえるはからかう。


「『これって……』、何スか? 先輩もしかして、いやらしいこと想像しちゃってません?」

「だ、だって……」


 もじもじするおじさん。それを見て、満足そうな笑みを浮かべた。


「先ぱーい。これは『ッサージ器』ッスよー? これが本来の使い方なんス」

「あ……」


 表向きは、振動で凝りをほぐすこけし型の家電に過ぎない。ハンディマッサージャーとも呼ばれる。


「いやーん先輩のエッチー。むっつりスケベー」

「ち、ちが……。あの流れで当てられたら、誰だってそう思うだろ!」


 顔を真っ赤にして抗議する間も、えるは絶妙な刺激を与え続ける。


「実際どうッスか? 気持ちいい?」

「う……。まあ、正直」

「えへへ。先輩が自分のでよがってるッス」

「変な言い方するな!」


 老体の肩こりが解消されていく。口には出さなかったが、普通にマッサージ器として気に入ってしまった。


(あ~、いい気持ちになってきた……。んー)


 体が徐々に火照ほてっていく。声が漏れそうなのを我慢していると、えるは不意に電マを当てるのをやめてしまった。別の興味に移ったようだ。


「おっ、手錠がありますよ。姉ちゃんを描く時の資料に――」

「あ、あれ? ……やめちゃうのか?」

「え? はい」


 おじさんの物欲しそうな目を、しかしえるは見逃さなかった。いったん手錠から離れ、嬉々としておじさんをもてあそんだ。


「先ぱーい、もしかして……。気に入っちゃいました?」

「は、はあ⁉ んなわけねえし!」

「目が泳いでるッスよー? 言っときますけど、自分はもう当ててあげないッスからね」

「い、いいよ? 別に。やっと解放されたよ」

「したいなら一人でやっててください」

「す、するわけねえだろ」


 そう言いつつも、一度覚えた快感には抗えなかった。つい電マに手が伸びてしまう。


「で、でもまあ? せっかくの機会だし? 元取っとかなきゃな」

「ふ~ん? 元をねえ」


 おじさんは再び電源を入れた。


 ブイーン……。


 自ら肩に当てる。声を漏らさないよう頑張っていた。


(んっ……。や、やっぱり、これ……。気持ちいい……!)


 いいところを探りながらよがっていた。すっかり快楽に堕ちたおじさんを、えるは意地悪くなじる。


「自分で当てて感じちゃうなんて……。変態ッスね、先輩」

「ち、違うし! ただのマッサージだし! んっ」

「声出ちゃってますよー? 我慢がまん」

「んん……っ!」


 おじさんが一人遊びしている横で、えるは再び手錠に食いついた。


「部屋選ぶとき、SMルームってのもあったんスよねー。そっちにしとけばよかったかな」


 エロ漫画家の血が騒いでいるようだ。


「トイレとバスルームがガラス張りのやつもあったッスよ? ベッドから丸見えになってるやつ。次来た時はそれにしましょうよ」

「つ、次なんて……んっ。ない……!」


 吐息を漏らしながらおじさんは問う。


「というか、部屋って自分で選べるものなのか? んっ」

「え? ええ。この部屋はとりあえず、中の上くらいのにしましたけど……」


 えるはいぶかしんだ。おじさんの発言から読み取れる文脈を考えると――。


「……先輩、ラブホ来るの初めてだったんスか?」

「そりゃそうだろ、こんなとこ」


 冴えないおじさんには当然の事実だったが、一方のえるは驚いた風だった。意外そうな表情で目を見開く。


「そ、そうなんスか? 自分てっきり……。ゆかり先輩と行ったことあるのかと」


 急に幼馴染の名を出されて、おじさんも驚いた。


「ゆ、縁? なんであいつが出てくるんだ」

「なんでって……。え? だって、付き合ってるんじゃないんスか?」

「誰が?」

「先輩が。縁先輩と」


 えるの言ったことを、おじさんはしばらく理解できずにいた。やがて言葉の意味を察すると、血相を変えて全力で否定した。


「いやいやいやないないないない! あり得ねえよあいつとなんて!」

「ええっ⁉ そうなの?」

「だってただの腐れ縁だもん。たまたま一緒になることが多いってだけだ」

「そ、そうだったんスね……」


 二人が付き合っていなかったと知って、えるはほっとした。


「てことは……」


 小さな声でボソッとつぶやいた独り言は、おじさんには聞こえなかった。


「あ、あたしにも……。チャンスくらいはあるってこと……?」

「? 何か言ったか?」

「な、何でもないッス!」


 おじさんの女性関係に、改めて探りを入れる。ストレートにいてははぐらかされる恐れがあったため、あえて遠回りで確かめようとした。


「へ、部屋は自分たちで選べるようになってるんスよー? 幼稚園で習わなかったんスかー?」


 チェックイン時に部屋を選ぶシステムを、本当はえるも今日初めて知ったところだった。おじさんと同じく初ラブホテルであった。


「そ、そうなのか」


 胸がドキドキするのを隠しながら、えるは何でもない風を装って言った。


「先輩そんなんじゃ……。将来女の子と付き合った時困りますよー?」


 さあ、どう出る――。ひと言も聞き漏らすまいと答えを待った。


「そ、そうかな」

「!」


 おじさんが否定しないのを、えるははっきりと認めた。『おじさんは女の子と付き合ったことがない』――。そう確信した。


「そ、そうッスよ。先輩ももう24なんスから、ちゃんとしなきゃダメッスよ?」

「う……。ちゃ、ちゃんとというと?」

「いい人見つけなきゃダメってことッス。た、例えば……」


 胸に手をあてて、必死に鼓動を落ち着けようとした。緊張に震えながら、潤んだ瞳でおじさんを見つめた。


「例えば……。じ、自分とか、どうッスか……?」

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