エピ三実「お、お母さんが世界チャンピオンに!」

 『小ラーメン』麺少なめにニンニク普通の三実。対するはシノは、『大ラーメン』にニンニクヤサイマシアブラ。


 倍以上の重量ハンデにつけ込んで、三実は極太麺をすすり上げる。


(うん!)


 ごわごわした独特の麺は、濃厚な豚骨醤油によく絡んだ。


(ガツンとくるね。この濃さだよ!)


 背脂たっぷりの乳化スープからは、豚の甘さがダイレクトに伝わってくる。そのこってり感に、コシの強い麺が負けていない。


(うおォン! 三実はまるで人間火力発電所だ!)


 夢中になってハフハフがっついた。


(イケリーマンは……?)


 隣の男装シノを横目でうかがう。三実はギョッとした。


(や、山がなくなってる⁉)


 巨大な丼の上に築かれたドームが消えていた。モヤシの隙間から麺にも取りかかったシノは、既に全体の半分まで食べ終わっていた。


(でも……)


 山の頂点にあったアブラ――背脂ペーストは使い切っていた。一方で、ヤサイは最初の3分の1ほど残っている。三実は内心でほくそ笑んだ。


(しめしめ。これでもう『流動性の暴力ナイアガラ・フォールズ』は使えまい)


 文字通りの潤滑油として機能していたアブラがもうない。咀嚼そしゃくに時間をとられるシャキシャキヤサイ――モヤシとキャベツが、シノをペースダウンさせるのは目に見えていた。


「……」


 父のスーツに身を包んだシノは、少しだけネクタイを緩めた。ヤサイではなく、麺に箸を入れる。


(う?)


 左手に持ったレンゲも突っ込ませるのを見て、三実の心はざわついた。


(ま、まさか……)


 シノの長い腕に力が入る。


「よっ」


 器の底から極太麺を持ち上げた。上にあったヤサイは下へ潜り込み、位置が反転する。


(こ、これは――)


 その芸当を目の当たりにして、三実は思わず腰を浮かした。


(て、天地返し⁉)


 二郎に行ったら誰もがやりたくなる、麺とヤサイを入れ替える大技。ヤサイをスープでクタらせつつ、麺が伸びるのを防ぐ――意外と実用的な技だ。


(三実もやろうとしたことあるけど……)


 重たい麺を持ち上げるのは想像以上に難しく、上手く決まったためしがなかった。それをシノは、実に鮮やかにやってのけた。


(麺がどんどん吸い込まれていく⁉)


 表面に出てきたワシワシ麺を、シノは一心不乱に進めていく。スピードを維持しながらも味わっているようで、時折無言で頷いていた。


(く~、麺が重い!)


 天地返しをしなかった三実の麺は、汁を吸ってさらに太くなっていた。


あぶらも吸ってる。おいしいけど強敵だよ~っ)


 一方のシノは、底にたまった超こってりスープをヤサイで中和していた。程よくクタクタになったことで、咀嚼ブレーキもかからない。


(な、なんて頭脳的なプレー。このお兄さん、天才かも)


 自称天才博士のプライドが黙っていなかった。


(三実だって、あの一兄いちにいと渡り合った猛者もさなんだから!)


 兄妹3人でスシローに行った時のことを思い出す。気前のいい一星のおごりとあって、三実とおじさんは皿を積み上げていった。


 結果、三実は21皿。一星の22皿に一歩及ばなかったものの、一般平均の倍近くを平らげた。ちなみに、おじさんは7皿だった。


(よし、ゴールが見えてきたよ)


 残りは麺のみ。お椀に移せば2杯分ほどの量だろう。


(最難関のブタは最初にいただいたからね。お兄さんは……?)


 三実は驚きに目を見張った。シノは麺やヤサイを既に終わらせ、最後のお楽しみに突入していた。


(こ、この終盤でブタを⁉)


 脂ぽってりボリューミーな豚肉を、シノは大事に取っておいていたのだ。まるでケーキのイチゴをそうするかのように。


(ぶっ、ブヒぃ~!)


 その余裕に三実は震えた。あまりにもレベルが違いすぎる。


(この三実が、お兄さんの前ではまるで赤子……。ば、バブー……)


 シノのフィニッシュをうつろな目で眺めることしかできなかった。


「ふう」


 シノはあっという間に完食した。満足そうな顔で口を拭く。圧倒された三実は内心で態度をひるがえした。


(み、認めよう。ポッと出とか言っちゃったけど、なかなか骨があるじゃあないか)


 上から目線で再評価する。その三実の耳に、信じがたい独り言が飛び込んできた。


「……マシマシでもよかったか」


 シノにとっては何気ない呟きだったが、三実は凍りついた。


(う、うそ……。今のより、もっと……?)


 隣のシノを見つめたまま、金縛りにあったように動けなくなる。その視線に気づいて、シノも三実を見つめ返した。


(や、やばい。バカにされる……?)


 回転の早さが求められる『二郎』で、量の少ない自分の方が遅かった。それをとがめられるのではないかと、小さな体で身を硬くする――。


(え?)


 だが、シノは三実を侮辱しなかった。


 ピッ。


 同好の士をたたえるように、親指を上に向けて立てた。そのイケメンぶりに、三実は危うくときめきそうになった。


(り、リーマン……!)


 こちらもサムズアップして返した。言葉はいらない。アブラという潤滑油がここでも機能していた。


「ふふ」


 シノは優しくほほえむ。一段高いところに丼を上げ、カウンターを拭いた。


「ごちそうさまでした」


 ひと言添えて店を後にした。


(あ、あれ? 今の声って……)


 男性にしては高いような気がした。


(でも、あんなすごい量の二郎、女の子が完食できるかなぁ? それに……)


 シノのスリムな体型を思い出す。


(おっぱいもなかったしね!)


 気のせいだと思い直して、改めて残りの麺をすすった。


(さあ、ラストスパート。『マシマシの君』を見習って、無心でかきこんでいくよ~っ!)


 早食い対決には敗れたが、三実の心は爽やかだった。大好きな二郎を堪能する三実が、店の外から飛んできた殺気に気づくことはなかった。






『第3章 妹はマッドサイエンティスト⁉』     -完ー

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