9況子『決まったー! れい選手、TKO勝ちです!』
少し時を戻して、学校帰りの三実。ブレザーの上に白衣を纏っている。
(今日は自分ご褒美の『二郎』だよっ!)
『ゲンキナール』を作ったお祝いに、大好きなラーメン二郎の店に来ていた。
(遅くなったからお腹すいたなぁ~)
二郎系はどこもボリューム満点。『小ラーメン』でさえ、他店の並盛2杯分はある。ベストコンディションの空腹状態だったが、麺は少なめでオーダーした。
(う?)
カウンターの隣の席には、スーツ姿の客が座っていた。
(わあ、イケメンサラリーマンだ)
その正体は、父のスーツに身を包んだ女子高生――青木シノだった。量の多い注文も、成人男性に成りすませば通ることは学習済み。一度帰宅して着替えてきたのだ。
(きれいな顔してるなぁ)
じっと見ていると、視線に気づいたシノと目が合う。お互い面識はなかったが、どちらからともなく会釈した。
(おっといけない。三実には
頭を横に振って二つ結びを揺らす。邪念を払ったところで、店主に声をかけられた。
「『小ラーメン』麺少なめの方、ニンニク入れますか?」
無料トッピングの有無や量を問われる――いわゆる『コール』だ。二郎に何度か通ったことのある三実でも、コールの際は未だに緊張した。
「に、ニンニクでお願いします……」
店主が頷くのを見てほっとする。謎の達成感を覚えた。
続いてお隣のシノが問われる。
「『大ラーメン』の方、ニンニク入れますか?」
シノのスッキリした体型を、三実は横目で盗み見た。
(細いのに『大』かー)
店にもよるが、二郎のメニューは『小』と『大』が基本。『大ラーメン』は他店の大盛2杯以上――麺だけでも1kg弱ある。
女子高生だとバレないよう、シノは低いトーンで答えた。
「ニンニクヤサイマシアブラでお願いします」
『大』からのトッピング増量に、三実は耳を疑った。
『マシ』はすなわち『増し』。つまりシノは、みじん切りの生ニンニクとヤサイ(
(だ、大丈夫かなぁこの人……)
懸念を抱いたのは店主も同じだったようだ。チラッとシノを
(初心者なんじゃないの~? お残しは許しまへんで~?)
(う、重い……)
麺を少なめにしてなお、細腕をプルわせるボリュームがあった。
背脂の浮いた濃厚スープに、見るからにごわごわした太麵。2枚の『ブタ』はただのチャーシューとは一線を画しており、存在感抜群なうえにプルプルだ。
ヤサイはデフォルト設定だったが、それでもスーパーのモヤシ半袋以上はある。そこに添えられた刻みニンニクの風味が、湯気に乗って鼻腔を刺激した。
(こ、この匂いだけでよだれが……。もう辛抱たまらんっ!)
がっつこうとしたその時、シノの『大』が着丼した。その異様なシルエットに、三実はいつかのおじさんのように驚愕する。
(なんだこの……圧倒的量はっ……!)
通常より大きな器に入った麺の上に、ヤサイがてんこ盛りになっていた。今にも崩れてしまいそうだ。
頂点にはアブラ――味のついた背脂ペーストが、熱気で溶けて輝いている。もちろん、ブタや増量ニンニクもインパクト大だ。
推定ではあったが、その総重量は2kg弱。言うまでもなく、丼の重さは含めない。
(あわわ……)
横で恐怖する三実をよそに、シノは両手を合わせていただきますをした。ヤサイに箸を入れるシノの表情を、三実は見逃さなかった。
(わ、笑った?)
ひるむどころか、シノはウッキウキだった。左手のレンゲも駆使して、ヤサイの山を器用に切り取る。本気で食と向き合うため真剣な顔に戻ると、夢中で食事を始めた。
(早い!)
熱さ耐性Aクラスのシノは、最小限のフーフーで手を休めなかった。アブラの流動性を利用して、本来飲めないはずのシャキシャキヤサイを飲み込んでいく。
(こ、これはもしや……)
三実は手に汗を握って興奮した。
(
どこで技名を聞き知ったかは不明だったが、心の中で叫んだ。初めて見る生の必殺技に、しばし見惚れてしまう。
(はっ、いけない)
大好物を前にフリーズしている自分に気づく。店の回転を妨げない意味でも、スピーディーにいただくべきだった。
「いただきます」
初手はブタと毎回決めている。トロトロの脂身は文字通りヘビーなため、後回しにすると強敵になる恐れがあるのだ。
(ぬおっ!)
感動に目を見開いた。
(う、うまい!)
赤身の部分までホロホロとほどける。まるで角煮とチャーシューのいいとこ取りをしたようだった。
(むちむち豊満なダイナマイトバディが、お口の中でポロリしてるよ!)
ひと噛みするごとに、豚の甘味が口いっぱいに広がって溢れる。ジューシーな肉汁で溺れそうだった。
(ここですかさずヤサイを……)
モヤシやキャベツは、甘い
(さらに、レンゲでヤサイに汁をかける!)
豚骨ベースの醤油スープで味を付ける。
(うん、うまい。これだけでもいいけど――)
コールで足したニンニクを、箸の先にチョンとつけた。
(こってりスープに、ニンニクの辛味が利いて……)
ハフハフいいながら口へ運ぶ。ひと癖もふた癖もある食材たちが、奇跡的なバランスで調和した。
(こ、これだよこれ! 何度食べてもやみつきになっちゃうよぉ~!)
背徳的な快感があった。カロリーのことなど気にしてはいけない。
(よーし、このまま)
無心で没頭しようとする。その前に、真横のシノをチラ見した。
(うっ⁉)
あの大量のヤサイが、なんともう半分以上なくなっていた。
(き、消えた⁉ 違う、食べたんだ!)
シノはただひたすらに、目の前の背徳モンスターと向き合っていた。その姿を間近で見て、三実のハートに火が
(こうしちゃいられない。こんなポッと出(?)のリーマンに、負けるわけにいかないよっ!)
勝手に対抗心を燃やして、一心不乱にがっついた。
突如始まった早食い対決。三実がジロリアンヌの意地を見せるのか。それとも、倍以上の重量ハンデをシノが覆すのか――。戦いの火ブタが切られた。
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