2おじ「それが、何がいいのか分からなくてな」
小さくなっても頭脳は同じな名探偵を思わせるタイトルメロディーが、
震えるおじさんをよそに、小波は自身の顔にピッと親指を立てて自己紹介した。
「僕は女子高生探偵、
どこかで聞いたことのあるようなフレーズが続く。
「幼馴染で同級生の
初めて聞いた気のしないセリフに、おじさんはなぜか胃が痛くなった。理由は分からなかったが、色々な方面に土下座したい衝動に駆られた。
「お、おいやめてくれ! もう自己紹介はいい!」
「なぜだ! これをやらないと、本編が始まらないじゃないか!」
「本編って何だよ⁉」
「まあ確かに、この導入こそ本編という意見も一理あるな」
「言ってないよそんなこと!」
少女は黒縁メガネをクイと上げた。店の照明が、上手い具合にレンズで反射する。
「自分の胸に
「な、何をだよ」
「反対するフリをして、本当は気になっているんじゃないのか? 黒ずくめが遊園地で、どんな取引をしていたのか」
「う……」
実は図星だった。
「た、確かに……。気にならないと言えば嘘になるが」
満足そうに、小波はフフンと胸を張った。
「そうだろうそうだろう! このイントロから逃れることなど、観客には不可能なのだよ」
「観客って、俺のことだよな? 映画館みたいな言い方してるが」
不安を抱きつつも、おじさんはワクワク感に負けた。スクリーンに食いつく子供のように、気づけば小波に吸い寄せられてしまった。
「なんで取引場所が遊園地なんだ? 黒ずくめなんて物騒な出で立ちの男が」
抑えがたい好奇心をぶつけていた。
「黒ずくめというか、まあただの学ランだな」
「学ラン? でも制服で遊園地って変だろ」
「どうやら修学旅行生だったようだ。3日目の自由行動とかであるだろう?」
「ああ、そういう」
「彼らはアトラクションからはずれた裏陰で、おもむろにゴソゴソし出したんだ」
小波はかぶっている探偵帽のつばをつまんだ。
「取引を見るのに夢中になっていた僕は、背後にいた幼馴染が消え去ったのに気づかなかった!」
幼馴染の突然の失踪――。
「まさか、誘拐されたんじゃ……」
緊張が走る。
「いや。後で訊いたら、普通にジェットコースターに乗っていたらしい」
「ええ⁉ いやまあ、もちろん無事でよかったけど……」
なんとなく腑に落ちなかった。
「ジェットコースターの方でも、何か事件があったらしいんだがな。僕は詳しく知らないんだ」
「そうか。なんとなくだが、とんでもない大事件な気がするな」
「とんでもないって、殺人事件とかか? まさか、ジェットコースターでそんな」
「そ、そうだよな。楽しい遊園地でそんなことが起きれば、さぞかしセンセーショナルだろうなと思ったけど」
本筋へ戻って質問する。
「いったい何の取引だったんだ?」
「それが、物陰から見ていたからよく分からなかったんだ。だが、妙に周りの目を気にしながら、下品な笑みを浮かべていたぞ」
顎に手をやって思い出す。
「あれはそう、書物を覗き込んでいたな」
「書物?」
「書物というか雑誌だな。週刊誌くらいの」
機密文書か何かだろうか。
「遠目に何か見えなかったか?」
「雑誌のほとんどのページには、どうやら写真が載っていたようだ」
「写真? どんな?」
「そういえば、やけに肌色が目立つ写真が多かったな。はっきりとは見えなかったが」
「肌色……」
おじさんはちょっと考え込んだ。
「……ええと、修学旅行生って言ったか? その学ラン男たちは」
「そうだ。見た目からして中学生だと思われる」
「学ランってことは男子だよな?」
「ああ。女子は一人もいなかったな」
なんとなく察してしまった。口には出さずに想像する。
(たぶんだけど……。旅行気分で浮かれた男子中学生が、隠れてエロ本読んでただけじゃないか?)
「何だ? 何か気づいたのか?」
「い、いや別に!」
女の子に伝えるのははばかられた。おじさんの態度に疑問を抱きつつも、小波は続けた。
「? そうか。そこで僕は突入したんだ」
目の前に黒ずくめがいるかのように、ビシッと指を突きつける。
「貴様らそこで何をしている! とな。やつらときたら、こちらが驚くほどの慌てっぷりだったぞ」
「そうだろうな」
「む? 知ったような口振りだな」
「ま、まあなんとなくな」
何か隠しているようなおじさんに、小波は小さく首を傾げた。
「……まあいい。蜘蛛の子を散らすように逃げていく彼らを、僕は追いかけようとした」
突如始まった逃走劇に、おじさんは胸を躍らせた。
「おお。かっこいい」
「が、コケて逃げられてしまった」
逃走劇は2秒で終わった。恥ずかしそうに探偵帽をかく小波。
「あ、あの時は少々寝不足でな……。推理小説が面白すぎて」
「そ、そうか。ケガとかなかったか?」
「それは大丈夫だ」
気を取り直して話を続ける。
「僕が転んでいると、ちょうど幼馴染が戻ってきた」
「ああ、ジェットコースターの」
「もう遅くなる時間だったのでな。フラフラの僕を見かねて、空は僕の家まで付き添ってくれたんだ」
幼馴染は空という名前らしい。
「彼女は世話焼きでな。よく眠れるからと、無理矢理ホットミルクを飲ませようとしてきたんだ」
「ああ、そんな効果あるって聞くな」
「あいつは空手をやっているのだが、骨折対策で牛乳をよく飲むんだ。一方の僕は苦手だった」
幼馴染、空手……。おじさんはまたソワソワしたが、小波はお構いなしに囁く。
「僕はその女にホットミルクを飲まされ……。目が覚めたら――」
「さ、覚めたら……?」
前のめりになるおじさんに、小波は言い放った。
「――朝になっていた!」
おじさんはつんのめった。
「だから何だよ! 体に異変とかあるんじゃないのか⁉」
「いやー、ぐっすり眠れたなあの日は。以来すっかり牛乳好きになってしまった」
満足したのか、スマホをいじって例のBGMを止めてしまう。
「僕の自己紹介は以上だ。どうだ? 僕がどんな人間か分かっただろう」
「確かによく分かったよ。主にその残念さ加減が」
「む、ご挨拶だな。いったいこの僕のどこが残念だというのか」
おじさんが小波に自己紹介を
「今の話、どこに『探偵部』が出てくるんだよ?」
「あ」
クールな外見に似合わない声が漏れた。
「な、なんと! 僕ともあろうものが、本題を忘れてしまうとは!」
間の抜けている小波に、おじさんは呆れよりも心配が募ってくる。幼馴染が世話焼きなのも頷けた。
小波は気を取り直して声を張った。
「説明しよう! 探偵部というのは」
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